Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第22話 02
*前しおり次#



 夜が明けた。
 明けたけれど、目は重たくて開かない。
 それなのにぎしぎしとした振動が聞こえ、千理と万理と――響基が何やらささやき合っている。
「じゃあそういう手はずで」
「飛ばして帰ってきて潰したら針で縫い付けますよ」
「ちょっ、しませんってさすがに! じゃ、じゃあ行ってきます」
 周りが静かすぎて、逆に聞こえてしまった。
 どうせまた鍛錬か何かだろう。万理も出て行ってしまったようだし、響基は……琴の調節をしているようだ。
「まだ皆寝ててくれよ――隻、もしかして聞こえてた?」
「……んー……少し」
「……寝ぼけてる隻ってレアだ」
「俺のどこが限定商品だって……?」
「そう結び付けられる人そうそういないよ!?」
 うめいて体を起こそうとして――ぐったりした。
 なんだろう。頭がやたらと重たい。
 大体なんで夢の中で、見た覚えもない祖父と対面して会話なんて――
「隻? ――あれ? 大丈夫? 呼吸止まったよ?」
「……じじい……」
「はい? ――夢にでも出てきた?」
 不安そうに、まるで病人に心配するような声音にも頭が回らず、隻は頷く。
「つやっつやしたじじいと話してた」
「病院開いてたっけ!?」
「いや頭はおかしくな――響基いい加減にしろよ」
「いやだってね!?」
「隻のおじいさんアンチエイジング成功したんだ……」
「翅ああああああああっ!?」
うるさい静かにしろ眠れん!!」
 枕が響基の腹にクリーンヒット。
 思わず呻いてうずくまる姿がかわいそうだ。苛立っていたいつきは隻の枕をぶん捕るなり二度寝体勢に入った。既に目がえに冴えた隻は気にせず、伸びをした後上体を起こす。
「いつ起きたんだよ」
「いやー、ぼんやりしてたら隻さ――隻の限定商品化云々が聞こえてね」
「……忘れろ?」
 今ならわかる。いくら寝ぼけていてもやはりその発言はなかった。
 そしていつきは携帯のメールを確認して――はっと青ざめている。
「返しそびれた!!」
「……お前が爆破しろよ本当」
 翅が腹を抱えて笑いこけていた。布団を叩く音のせいで、驚いて起きた秋穂をなだめるのは隻の役回りになったけれど。
 それでも。
 悟子は健やかに眠ったまま起きる気配がなかったのだった。


「人の夢に現れるのは夢魔や、幽霊でもできることではあるんですけど……隻様のお祖父じい様、どうしてそんなに高度なことばかり知っていらっしゃったんでしょうね……!」
 有川さん、目が輝いてる。
 視線をらしつつやっとの思いで口を開いても、出てくるのは「俺が聞きたい」のみ。隼に至っては愕然がくぜんとした顔だ。
「つやっつやのじいさんなんて想像つかねぇ……! あれ、ってかじいさんどんな顔だっけ――ああそうそうこんな顔」
「……遺影いえい見に行く前にもっと別な思い出し方あっただろ」
 あの祖父が泣く姿は想像ができないが、言えることはある。親族としてもそれはない。
 千理がそそくさと冷蔵庫を借りて何かを突っ込んだのも聞きたいことはあったが、それとこれとは話が別だ。
 悟子が万理に「朝何かあったんですか?」と尋ねているも、隻が起きる頃に外出した万理はぽかんとしているだけ。むしろ何かあったのかと言いたげで、隻は苦い顔になる。
 未來がしばらく一人でぶつぶつと呟きながら考え込んでいるのを見ると、そっとしておいたほうがいいようだ。
『しかし、あの道楽が貴様の夢に入り込むなど……幽霊になるほどの未練があったようには見えんがな』
 浄香の指摘に、隻もだよなぁと途方に暮れかける。
 そんな未練があろうものなら、それこそ間違いなくその辺をぷかぷか浮かんでいそうだ。
 白尾ノ鴉がばさばさと肩に停まってきて、『そうでしょうかな?』と首を傾げてきた。
『人間の間では守護霊なる存在があるというではありませんか。守護霊であればほとんど人に認知されず、浮遊霊や地縛霊よりもより密接に人との時間を共有するのでは?』
「あー、守護霊だったら隼さんが見えてるんじゃないんすか?」
「いやいや全く。これっぽっちも。全然見えなかったぜ」
 ひらひらと手を振っている隼は見事な真顔。祖父の存在感は……いや、やめよう。
「やっぱり千理の総長に名前出されたから夢に出ただけ?」
「……あんなはっきり話ができてもかよ。留華蘇陽を呼んでたから、あの人絡みじゃないか? あと――桜の枝持って帰れとかどうとか」
 幻生にこれ以上関わるなという言葉までは、言えそうにもなかった。
 響基が何か言いたそうに口を開いたその瞬間、いきなりインターホンに呼び出されてしまい、隻は玄関へと向かう。
「はい――」
 引き戸を開けて。固まった。
 白髪の男性が目の前で笑っている。
「よかった。ここだったね」
「……えっと、その……」
 叶浪かななみ透鳴とうめい……。
 言葉に詰まる隻を意に介した様子はない。様子を見に来た翅と千理があからさまに「うっげぇ」と顔にも声にも出しても、男性は穏やかに笑むだけだ。
「安心しなさい。迎えに来ただけだ。家を教え忘れていたことを思い出してね。都合が合うなら、仕度をしてほしいのだが、構わないかな?」
 有無を言わせてくれるだけの気配がまず、なかった。


「なんで総長まで……」
「君が見事勝手に解決してくれたスライムの事件含め、合成幻獣アニマルキメラからす天狗てんぐの成りすましの出没の件等、連絡が回ってきていないことも聞きたくてね」
「兄さん!!」
「待って!? ちゃんと連絡する気でしたよ、しばらくオレそういうメンタルじゃなかったでしょ!? ってか三年前のは報告書上げましたよ!?」
 それにしても、八人乗りのワゴンカーを笑いながら運転する男性が幹部だなんて、見えない。白髪一色なのは苦労しているんだなとしか思えないも、ワゴンカーを操る様は何かが違う。総長と呼ばれるぐらいの幹部なら、高級車でも乗り回していそうなイメージなのに。
 ……ワゴンカー……。
 到着した家もマンションで、見た目の家賃はやや高そうに感じられるのに、透鳴の部屋はいたって普通だ。拍子抜けしかけるも、千理はけろりとした顔で「お邪魔しまーす」と中に入っていく。
 3LDKの家は、若者であふれ返って一気に狭くなった。統一感のある白い部屋はシックな雰囲気とでも言おうか。
 同じ幻を狩る側の、それも上に立つ人間の家とは思えない。
「好きなところに座ってくれていいよ」
 そう言われる前に、千理が我家同然にソファに腰を下ろしていた。悟子と万理から冷めた目を向けられようとどこ吹く風だ。
 ついてきていた隼もおずおずとソファに座り、隻も結李羽と共にカーペットの上に腰を降ろした。ソファの空きにはいつきに座るよう促し、響基はソファのきしむ音が苦手なのか、カーペットに座っている。
「……屋敷に住まわれているわけじゃないんですね」
「え? 何言ってるんすか。ここのマンション、部屋の半数近くは叶浪家の所有っすよ」
 思わず固まる。インターホンが鳴らされ、スピーカーを通じて「どうぞ、入ってきてくれ」と返す透鳴は笑いをこらえている。
「叶浪家にも色々とあってね。元は確かに屋敷住まいだったが、東京大空襲もあって屋敷全てを復興するのは難しかったんだ。屋敷の一画の土地に本家を残して、あとはマンションなんかに散った。元々家系的にも医師をやっていた者が多かったおかげで、その辺の工面くめんは慣れたものさ」
 コーヒーと紅茶、オレンジジュースをそれぞれれた透鳴が盆に乗せて持ってきてくれた。配るのを結李羽や未來と手伝いつつ、感心された隻は思わずしどろもどろになる。
 いつきの時もそうだが、どうして驚かれなければいけないのだろう。
「君は偉いなあ」
「ど、どうも……」
「叶浪様、本日はお呼びいただき――あ? ふぐっ!?」
 きざしつかさだ。口上を忘れて不機嫌声を出した兄の横腹を肘鉄ひじてつで黙らせ、沈黙した萌の代わりに「お邪魔しまーす」と士がのんびりやってきた。
「こんにちはー。呼んでくださってありがとうございまーす」
「こんにちは。こちらこそ来てくれてありがとう。それじゃあ、今後の話をしようか」
 士にのんびりと手を上げて挨拶をしていた翅がぽかんとした。
「隻の恩師はスヴェーンが預かるって聞いたけど?」
「自分たちの処罰も、実家・八占の持ちとなるというのも伺っておりますが」
 萌の毅然とした口調と言葉遣いに、響基が目を輝かせて――翅に冷めた目を向けられた。透鳴は笑いを押さえ込んだ後、肩を震わせながら頷いている。
「ああ。間違いないよ」
「あんさんも笑いに弱いんすかちょっと」
「いやあ、若いというのはいいなあと」
「え? 失礼ですが、おいくつですか……?」
「三十後半、とだけ言っておこうか」
 苦笑された。それで白髪だなんて――そうあわれみそうになった隻は、コーヒーを飲もうとした透鳴の頭頂部に、一部黒髪があるのを見つけて目を丸くした。
 白髪隠さずにあえての脱色!?
「萌と士は確か、コーヒーだったね。どうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとーございまーす」
 きちんとした対応の隣で、間延びした受け応えだ。萌の頬が一瞬引きつり、隻は目を逸らした。
 萌の気持ちがよく、よーくわかる。
 隼も先ほど「ありがとうございまーす」と軽いノリだったおかげで。
 八占兄妹が好きな場所に座った辺りで、透鳴へと視線が注がれた。頷いた彼はプリントを一枚出してくる。
 ――報告書? 千理が苦いものを飲んだように呻いている。
「なんでこれ――って、書き込まれてあるじゃないすか。読んでいい系?」
「いいよ。というより、これは君たちにも関わりがある話だ」
 数枚につづられた始末書は、黄ばんでいた。
 年数が経っている内容は明らかに戦時中、ひいては戦後辺りの幻生討伐記録だ。抜粋された内容の中、動いたのは――対幻獣・聖獣の人間となっている。
 浄香が隻の足の上で唸った。
『所属が違うというのに、よく持ち出したな』
「苦労しましたよ」
 浄香の正体を知っているのか、男性は柔らかく、けれど複雑そうに笑っていた。報告内容に目を通しつつ、思わず言葉に詰まる。



ルビ対応・加筆修正 2021/03/23


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