Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第22話 03
*前しおり次#


 一九三五。作家竹中たけなか松國まつくに邪鬼じゃき他、霊獣らに喰われ死亡。
 息子、竹中たけなか相次郎そうじろう、行方不明。神隠しにったものと思われる。その他家族、被害者なし。
 処置、記憶操作。松國は小旅行中事故死、相次郎は家を飛び出した先で行方不明とす。

 霊獣は、幻生生物のかつての呼び名だ。竹中松國という作家が邪鬼に喰われた理由は記載されていない。
「……これ……隻の、おじいさんと……」
「実の曽祖父そうそふに当たる人の、最後の消息を記した文書だ。この時で既に、相次郎殿は亡くなっていたと誰しもが思っていたんだよ」
 けれど実際は、一体の鬼が匿っていた。
 その鬼に取り憑かれている結李羽は胸を押さえ、目を見開いている。
 透鳴は気づかない振りをしているのか、文書にそっと触れた。
「神隠しに遭って戻ってくる者はそうそういない。年月をるほどね。だから、二十年近く経って戻ってきた彼の記録を、ノーブルアイが記して報告してくださった時点で、本当は疑うべきだったんだろう。当時の幹部が代替わりをしていなければ、きっと気づけたかもしれないけどね」
 そのもう一つの報告書の件で、浄香の耳が不機嫌に寝た。

 一九五三。自称孤児、竹中相次郎、神隠しから帰還。後化けねずみに追われ、ノーブルアイがこれを滅す。
 以降接触なし。処置、記憶の混濁。竹中は霊視能力者である為、妖は常に見えているとのこと。記憶操作の処置の必要性無しと判断。

「――あんたも報告書書くんだな」
『当たり前だ。それ以外筆を動かす気も起きん』
 尻尾が八つ当たりをするように膝を叩いてきた。未來が困惑したように「孤児……」と呟いている。悟子も戸惑うように浄香を見やった。
「十八年、ですよね? 相次郎さんが赤ちゃんの時に神隠しに遭ったなんて考えづらいし……それで、孤児……?」
「……じじいが浦島太郎状態だったって、そういうことかよ……」
 神隠しに遭うことで、肉体の年齢が止まってしまったのか、時間の感覚が変な場所にでも迷い込んだのか。
 どちらにせよ、体は少年の頃のままだったのだろう。だから享年きょうねんが六十前半頃となっていたのに、本人は八十近いと言ったのか。
『事実、私が初めてあの道楽と出会った時は、りは今で言う小学生ぐらいだったな』
 浄香の言葉に、透鳴が頷いた。
「あえてあなたは記載を避けましたね」
『フンッ。あれを千里の野に出た虎の扱いにしたところで、どうせひょいひょい逃げられるだけだ。書こうが書くまいが大差ない』
「……オレ原っぱじゃないんすけど」
『慣用句ぐらい学べ!!』
 千里の野に出た虎……千里の野に虎を放つ?
 そんなに危険な扱いを祖父が受けるのもなんだか微妙だ。浄香が言うように道楽としか思えないところもある。それは孫の……片方にだけきちんと受け継がれているのだから、当時を振り返らなくても十分わかる気はする。
 いつきがしばし黙り込み、隼が覗き込んで困惑した顔だ。
「とりあえず幻生……だっけ? そういうのにあれだけ関わってんのに、親父と隻には霊視能力がないなんておかしくないか? じいさん、関われるぐらい霊感強いんだろ?」
『そうだな。ねずみも余裕で蹴っ飛ばしていたぞ』
「……け鼠を?」
『化け鼠を』
 響基の耳を疑うような問いに、一言一句正確に突き返した浄香はこっくり頷いている。隻も隼も顔を逸らした。
「じゃあ化け猫は?」
『貴様表に顔を出せ』
「顔だけ出せってか」
『ああそうだ。綺麗に碁盤ごばんの目を三つほど引いてやろう』
 爪を覗かせて言う浄香に棒読みの笑いを響かせる翅。いつきに真顔でド突かれて撃沈。
「しかしこれはあくまでたまにある事例程度だろう。叶浪殿、何に鎌をかけた」
「鎌ではない、かな。一応事実として多少は調べただけだよ。レーデン――千理くんが報告してくれなかったから、ほかの子に調べてもらった時に気になる件が数点あってね」
 一つは、鴉天狗――に化けた、天理の幻生IBCスライムの動向。
 そのIBCスライムを操っていただろう永咲ながえざきの動きと、翅に殺されたがっていたという少女が一時期だけ手を組んでいたという情報。
 そして――
「あなたが報告していなかった、事故の件です」
 浄香がついに顔を背けた。
「事故?」
『私の体が吹き飛んだ件だ』
 目を見開いた隻たちに、透鳴が頷く。
「あなたは季忌命トキイミノミコトの件も、留華蘇陽の件も伏せた。そしてあまつさえ、竹中相次郎に再会したことも。ここまで調べるのには骨が折れましたよ。最近その神社に向かった者がいなければ辿れなかった」
『あの時に見張りをつけていたな』
 浄香が舌打ちし、翅と隻が困惑して互いを見合わせる。
 あの時――留華蘇陽に会った最初の頃だろうか。
「留華蘇陽が喋ったのか?」
『あれは気まぐれだ。人に話すこともあればそうでない時もある』
「ええ。だから彼女が話してくれた時に、彼の名が出て耳を疑いましたよ」
 聞き覚えのある、相次郎という名。詳しい名前を知らないかという問いに、彼女は竹中相次郎と答えたのだという。
 沙谷見ではなく、竹中と。
「彼に関する事件は既に数が手に余っていた。居場所をくしていた土地神とちがみかくまいもしていました。何より普通の人間でも霊能力者でもあそこまではできないほど、彼の行動はまるで幻生を理解しているかのようでしたよ」
「――えーっと、つまり?」
「そうだね――夕刻には外に出ず、必要があれば夜の闇夜に土地神の鴉を通じて情報を集めていた。子供が生まれてからは結界を作り上げ、家の守りの意味を理解した、自然な城壁を築き上げてすらいたんだ」
 透鳴は一区切りつけるように、紅茶を口に含んだ。千理もいつきも、響基まで気難しい顔をしている。
「一度や二度、ノーブルアイが接触した程度では説明がつかない。ましてや神隠しを施した鬼の仕業しわざだけとも言い辛い。彼に会う幻生のほとんどが彼に魅入みいっている。これだけのことを、どうしてただの霊能力者が成しえたのかな」
 ……知らない
 知ってもいない、知りたくもない。
 耳元で大きな音が鳴り響く。何度も定期的に押し寄せる波が、徐々に早くなっていく。
 透鳴は複雑そうに隻と隼を見やり、微笑んできた。
「安心しなさい。今までも考えられなかったわけじゃない」
「……確かに昔から事例はあります。が、それはあまりにも早計かと愚考しておりますが」
 萌の鋭い制止に、透鳴は「そうかな?」と静かに聞き返した。
「確かに、相次郎殿のご子息は見事に、霊視能力者でも幻生を見ることもない、完全な一般人だそうだね。もしご子息のお子様方に、腹の中の子の力を抑え込むよう、術をかけていたとしたら?」
「しかしほかのご兄弟がいらっしゃらない以上、比べようがないはずでは」
「――八占の兄、少し黙れ」
 いつきが止め、立場上目上に当たるからか萌は彼を睨むだけで終えた。響基が「怖れながら、俺も八占家のご子息に同感です」と頷いている。
「もし叶浪様の推測が正しいなら、隻が今まで一切幻生を見れなかった説明も、隼さんだけが幻生も霊視もできていたことがおかし――」
 言いかけた響基が硬直した。まさかと言いたげで、隻と隼を交互に見やっている。悔しそうにうつむいた響基は、小さく唇を戦慄わななかせた。
「……そ、っか……!」
「気づいてくれてありがとう」
 沈黙を取り払うような透鳴の言葉に、千理が不機嫌にそっぽを向いた。隼が困惑したまま響基へと目を向ける。
「何がどうなってそういう話だ?」
「――双子だからだよ。隼さんと、隻さんが」
 わかってしまった。
 わかってしまって、一番悔しがっているのは。
 答えを導き出した本人たちだった。


ルビ対応・加筆修正 2021/03/23


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