一九三五。作家
息子、
処置、記憶操作。松國は小旅行中事故死、相次郎は家を飛び出した先で行方不明とす。
霊獣は、幻生生物のかつての呼び名だ。竹中松國という作家が邪鬼に喰われた理由は記載されていない。
「……これ……隻の、おじいさんと……」
「実の
けれど実際は、一体の鬼が匿っていた。
その鬼に取り憑かれている結李羽は胸を押さえ、目を見開いている。
透鳴は気づかない振りをしているのか、文書にそっと触れた。
「神隠しに遭って戻ってくる者はそうそういない。年月を
そのもう一つの報告書の件で、浄香の耳が不機嫌に寝た。
一九五三。自称孤児、竹中相次郎、神隠しから帰還。後化け
以降接触なし。処置、記憶の混濁。竹中は霊視能力者である為、妖は常に見えているとのこと。記憶操作の処置の必要性無しと判断。
「――あんたも報告書書くんだな」
『当たり前だ。それ以外筆を動かす気も起きん』
尻尾が八つ当たりをするように膝を叩いてきた。未來が困惑したように「孤児……」と呟いている。悟子も戸惑うように浄香を見やった。
「十八年、ですよね? 相次郎さんが赤ちゃんの時に神隠しに遭ったなんて考えづらいし……それで、孤児……?」
「……じじいが浦島太郎状態だったって、そういうことかよ……」
神隠しに遭うことで、肉体の年齢が止まってしまったのか、時間の感覚が変な場所にでも迷い込んだのか。
どちらにせよ、体は少年の頃のままだったのだろう。だから
『事実、私が初めてあの道楽と出会った時は、
浄香の言葉に、透鳴が頷いた。
「あえてあなたは記載を避けましたね」
『フンッ。あれを千里の野に出た虎の扱いにしたところで、どうせひょいひょい逃げられるだけだ。書こうが書くまいが大差ない』
「……オレ原っぱじゃないんすけど」
『慣用句ぐらい学べ!!』
千里の野に出た虎……千里の野に虎を放つ?
そんなに危険な扱いを祖父が受けるのもなんだか微妙だ。浄香が言うように道楽としか思えないところもある。それは孫の……片方にだけきちんと受け継がれているのだから、当時を振り返らなくても十分わかる気はする。
いつきがしばし黙り込み、隼が覗き込んで困惑した顔だ。
「とりあえず幻生……だっけ? そういうのにあれだけ関わってんのに、親父と隻には霊視能力がないなんておかしくないか? じいさん、関われるぐらい霊感強いんだろ?」
『そうだな。
「……
『化け鼠を』
響基の耳を疑うような問いに、一言一句正確に突き返した浄香はこっくり頷いている。隻も隼も顔を逸らした。
「じゃあ化け猫は?」
『貴様表に顔を出せ』
「顔だけ出せってか」
『ああそうだ。綺麗に
爪を覗かせて言う浄香に棒読みの笑いを響かせる翅。いつきに真顔でド突かれて撃沈。
「しかしこれはあくまでたまにある事例程度だろう。叶浪殿、何に鎌をかけた」
「鎌ではない、かな。一応事実として多少は調べただけだよ。レーデン――千理くんが報告してくれなかったから、ほかの子に調べてもらった時に気になる件が数点あってね」
一つは、鴉天狗――に化けた、天理の幻生IBCスライムの動向。
そのIBCスライムを操っていただろう
そして――
「あなたが報告していなかった、事故の件です」
浄香がついに顔を背けた。
「事故?」
『私の体が吹き飛んだ件だ』
目を見開いた隻たちに、透鳴が頷く。
「あなたは
『あの時に見張りをつけていたな』
浄香が舌打ちし、翅と隻が困惑して互いを見合わせる。
あの時――留華蘇陽に会った最初の頃だろうか。
「留華蘇陽が喋ったのか?」
『あれは気まぐれだ。人に話すこともあればそうでない時もある』
「ええ。だから彼女が話してくれた時に、彼の名が出て耳を疑いましたよ」
聞き覚えのある、相次郎という名。詳しい名前を知らないかという問いに、彼女は竹中相次郎と答えたのだという。
沙谷見ではなく、竹中と。
「彼に関する事件は既に数が手に余っていた。居場所を
「――えーっと、つまり?」
「そうだね――夕刻には外に出ず、必要があれば夜の闇夜に土地神の鴉を通じて情報を集めていた。子供が生まれてからは結界を作り上げ、家の守りの意味を理解した、自然な城壁を築き上げてすらいたんだ」
透鳴は一区切りつけるように、紅茶を口に含んだ。千理もいつきも、響基まで気難しい顔をしている。
「一度や二度、ノーブルアイが接触した程度では説明がつかない。ましてや神隠しを施した鬼の
……知らない
知ってもいない、知りたくもない。
耳元で大きな音が鳴り響く。何度も定期的に押し寄せる波が、徐々に早くなっていく。
透鳴は複雑そうに隻と隼を見やり、微笑んできた。
「安心しなさい。今までも考えられなかったわけじゃない」
「……確かに昔から事例はあります。が、それはあまりにも早計かと愚考しておりますが」
萌の鋭い制止に、透鳴は「そうかな?」と静かに聞き返した。
「確かに、相次郎殿のご子息は見事に、霊視能力者でも幻生を見ることもない、完全な一般人だそうだね。もしご子息のお子様方に、腹の中の子の力を抑え込むよう、術をかけていたとしたら?」
「しかしほかのご兄弟がいらっしゃらない以上、比べようがないはずでは」
「――八占の兄、少し黙れ」
いつきが止め、立場上目上に当たるからか萌は彼を睨むだけで終えた。響基が「怖れながら、俺も八占家のご子息に同感です」と頷いている。
「もし叶浪様の推測が正しいなら、隻が今まで一切幻生を見れなかった説明も、隼さんだけが幻生も霊視もできていたことがおかし――」
言いかけた響基が硬直した。まさかと言いたげで、隻と隼を交互に見やっている。悔しそうに
「……そ、っか……!」
「気づいてくれてありがとう」
沈黙を取り払うような透鳴の言葉に、千理が不機嫌にそっぽを向いた。隼が困惑したまま響基へと目を向ける。
「何がどうなってそういう話だ?」
「――双子だからだよ。隼さんと、隻さんが」
わかってしまった。
わかってしまって、一番悔しがっているのは。
答えを導き出した本人たちだった。