双子だから
その言葉に、隻は思わず顔を
「響基」
「ご、ごめん。けど……ほかにそうとしか言えなかったんだ」
「この人型をそれぞれ、君のおじいさん、お父さん、そして君たちとしよう。この石は、相次郎殿が君たち子孫に遺した鍵と思ってくれればいい」
四枚の紙のうち、一番上から三段に分けて、一枚、一枚、二枚。
その頂点、相次郎の紙に、鍵代わりの石が置かれた。浄香が苛立たしげに鼻を鳴らしている。
『あの道楽は、子孫に自分と同じ視界を見せることを
「そうでしょう。恐らく彼は一般人の女性と入籍し、子供が産まれる時にある細工をしたのではないでしょうか。何らかの形で子供に、さらにその子供にまで、幻生の世界を見えないようにするための鍵を」
子供の紙――隻と隼の父親、幸明の紙の上に、石が置かれた。
「この鍵は、命が一つ産まれるごとに一つ分け与えられる。一度に沢山の鍵を作り出しても――そうですね。生物学になりますが、子宮内の卵子と結びつく精子はおおよそ一つ。二つもの鍵を同時に子供が持つことはまず少ないでしょう」
だから、石は一つ。
確かめるようにコツンと紙を突いた石は、硬い音を響かせていた。
「鍵と言っても元々は呪術。術をかけた後、対象が増えたとしても、術そのものを分けるのはとても難しい。その前提を覚えておいてほしい。その鍵を持ってお父さんが産まれ、呪術を精子に一つ一つ、気づかないうちに
隻と隼の紙が一度、重ねられた。
「君たちは一卵性双生児だ。元々は同じ受精卵であったものが、あるきっかけで二つに分かれ、別々の命として誕生した。それは理解できるね?」
「――はい」
隼と隻が同時に頷いた。透鳴が僅かに微笑んで、石に目を落とす。
「鍵は確かに君たちにも入った。産まれ出るまでに二つの命に別れ、双子となった君たち両方を守る鍵は一つだけ。では命が二つに分かれたなら、鍵も分裂させられるかというと、実はそうではない」
目を見開いた。
石はひとつしかないのに、隻と隼の紙をそれぞれ離して置いた途端に、鍵である石は片方にしか行かなかったのだ。
「わかったね。元々、『生まれてくるその子一人を
「だから隼だけ……ずっと色々と、言われてた……?」
祖父と、孫の片割れにしか見えない世界のことは、誰にも言ってはいけないし、見えたとしても見なかった振りをしろと。
ただ、それだけを強く。
響基もいつきも、萌や悟子でさえも黙り込んだまま。万理と千理は、納得が行かない顔で俯いているばかりで。
じゃあ、祖父が夢で言っていたのは……
護る鍵を持たない隼と、護るための知恵を持たない隻、どちらも――危険だからか……?
「これでまず、君たち双子のからくりが解けたとしよう。――そしてそれを成しえるとしても、まず幻術のような暗示が一番身近であると同時に、効率的だ。そして相次郎殿は君たちも知っての通り、幻術も、幻生のことも詳しかった。霊能力者であるだけなら、普通は知ることのない範囲までね」
そして話は戻って――
相次郎が、どうしてそこまで霊感があることを、拒むことになったのか。
季忌命のこともあっただろう。子孫の身の安全もあっただろう。
けれどそれだけなら、あの祖父の見ざる言わざる聞かざる≠何度も子供たちに言えばよかったはずだ。ひっきりなしに言うからこそボケているとしか感じなかったのも事実ではあるが、何かが引っかかる。
「君たちは、幻生の始まりは知っているかな?」
「……神――エキドナを真似て創り上げた、実体つきの幻――幻生の母体が、危険だからって、別の幻術使いが殺そうとして、エキドナと子供たちが人間を裏切って逃げ出して、戦いが始まった……」
「そう。そして」
「エキドナを作った幻術使いも逃走。魔が差したとも言われているし、未練があったとも言われている。でしょ」
千理が
「エキドナもそうだが、幻生の中には人間を嫌ったコミュニティの中にいたにもかかわらず、人間を好いて交わった幻生もいる。そして
隼が絶句したまま、固まっていた。
結李羽が隣でそっと腕に手を置いてくる。
「……じゃあ、俺たちには、幻生の血が入ってるかもしれないっていうんですか」
祖父も。隼も。父までも。
透鳴は静かに頷き、万理が
「確かめる術はある。隼君、君の血を採血させてくれればね」
「総長!」
「もちろん調べるかどうかは君たちに任せるよ。それに一つ。必ず忘れないことだ」
すっ。
静かに持ち上げられた指は、ぴたりと隻の眉間を射止めるように静止した。
「君は今まで、自分のことを確かに呼んでいたね。人間だと」
目を見開く。
「そして、隣のお嬢さんの体に、何がいるのかも知っているのだろう? ――君は、君たちは彼女に、なんと言ったのかな」
結李羽の手に力が篭った。
透鳴は微笑み、「そういうことだ」と笑ってくる。
「決してその時の言葉も覚えも、忘れないことだ。君たちは今幻生ではない。人間だろう」
ぐっと喉が持ち上がる。熱くなったのは、喉も目も、手まで。
「――叶浪さん」
隼の呼びかけに、透鳴は確かに隻ではなく、隼へと目を向けた。
腕を差し出す隼の眼差しは本気だ。
「お願いします。わかるんなら知ってたほうがいいんですよね」
「隼さ――」
「そうだね。場合によっては君たちに防護策を採らせることも可能だ」
止めかけた響基はどうしようもないぐらい、苦い顔をしていて。
「ですが……」
「……確かに。彼らどちらも幻術の世界を知らなければ、私も目を
透鳴の口もやや重たく見えた。
「それに最近どうにも、幻生の子孫であることを隠され続けてきた者の所在が掴めなくなりつつある。今のうちに君たちだけでも防護策を知っていて損はないだろう」
悟子が耳を疑うように目を見開いている。いつきがやっと、視線を透鳴へと向けた。
「その策、阿苑とレーデンで叩き込むのは構わないな」
「もちろん。私もさすがに、じかに教えるだけのゆとりは持てそうにない。そちらが受け持ってくれるなら助かるよ」
「隼先輩のほうは、我々八占がお力添えいたします」
萌の鋭い主張に、隼が目を見開いているではないか。士も頷いている。
「そーだね。隼先輩まだ自立してないなら、家から近いほうがいいだろうしねー」
ぐっさりと来たのか、笑いながら顔を背けていく隼は動きがぎこちない。そういえばと、隻は隼を見やって
「お前就職活動大丈夫なのか? 今がやり時だろ?」
「……ふっ」
ふってなんだ、ふって。
士が真顔で隼をじっと見ている。そしてこちらもふっと溜息。
「やっぱり先輩、軽い性格があだになったんだねー」
「言うなっ、言うんじゃねえよ妹よ!」
「あれーおっかしいなー。あたし先輩の妹にも、妹分にもなった覚えないんだけど」
沈んだ。
翅が笑っていないのは、もしや誰かと士を重ねたりでもしたのだろうか。響基がもの凄くコメントしづらそうに固まっている。
悟子がしばし考え込み、隻を見上げた。
「ぼくもお手伝いします。ぼくも半分幻生ですから、もしかしたら役に立てるところがあるかも」
「――ありがとな」
頭を撫でると、気恥ずかしそうにしつつも笑顔を見せてくれた。顔が
万理の後ろにちょこんと座る秋穗を指した、彼女の指の先を
着物姿の少女が走り寄ってきて、隻の膝の上に
「お兄ちゃんたちも、みんなも、秋穗が守るの」
驚いて、言葉が出てこなくて。
隻の手を引き寄せて、しがみつくようにして笑う座敷童の少女は、結李羽の手も引っ張って隻の手の甲に重ねた。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんの幸せも、守るの」
「あき――」
「お兄ちゃんと、お姉ちゃんのらぶらぶも守るのっ!」
「秋穗―――――――――――――――っ!!」
途端に笑い転げる翅たちも、萌のげんなり顔も。ついでに言うなら幹部の威厳を持つべきの透鳴まで腹を抱えて笑っている姿も、未來のキラキラとした期待と感動溢れる瞳も。
それと――士の冷やかしも。
世界が全て、ガラリと変わって見えた。
「結果は二日後だってさ。いってぇ……注射なんて久々だよ」
「点滴の跡があったの、意外でした」
採血を手伝った万理の感想に、隼も隻も苦笑いが精一杯だ。帰る道がすら、路地を若者集団同然で歩きながら、未來もそういえばと頷いている。
「隻様も隼様も、よく点滴をされていたんですね」
「双子な分、未熟児で産まれてきたんだと。その関係で少し人より体が弱いんだとさ。――って言っても、バスケとか運動を継続してやってる時は、それほど
納得したように頷く一同。千理と万理が遠い顔をしているではないか。驚いた隼が「どうした?」と声をかければ、レーデン兄弟は「いや……」と上の空。
「
「……もしかして、下のきょうだいか?」
頷いたのは万理のほうで。「祐理と杏理も双子なんです」と苦笑している。
「二卵性ですけどね。他家に養子として保護してもらっていて、今僕らとは接触を禁じられているんです」
「え――」
「親父と海兄、殺されたでしょ」
千理が事もなげにこぼした。その後困ったように笑う背を、万理は心配そうな表情を向ける。
「そのせい。『レーデンはこれから滅亡するんじゃないのかー』なんて噂が立ち始めたし、おかんのほうも精神的に随分と参ってたんすよ。子育てもままならないし、家の守りも随分と危険って話になったんで、おじさんの意向で他家に養子に行かせたらしいんすよね。オレは一回も顔見たことないんすけど」
「え、でも家族なんだろ?」
「うん、家族。けどほら、万理の時もだったんすけど――杏理と祐理、まだ小さかったんで。幻術の世界を知らないように、オレとは特に会わないようにされてたんすよ。一番幻術学びまくってた歳近い奴だったもんで。海兄と天兄も、弟と妹が生まれたのは知ってても、自分たちで一線引いて会いに行ってないんすよね」
千理のあまりにも早い、幻術使いたちの世界への憧れと、技術の成長と。それに
「こいつは海理たちの手伝いをすると言い張って、小学生のうちはまだ禁じられている、夜間や仕事時間の出歩きをしようとよく屋敷を抜け出していたからな」
「うえ、なんでそこまで知ってるんすか」
「お前が家を抜け出した途端に海理から連絡が入れば、意味ぐらい察するだろ」
幻術使いの仕事すら、成人者もいるグループ編成でなければならないのに、呆れ果てるブラコンだ。
「――お前、昔から暴走してたんだな」
「うんそう」
「ひっでー!? ちょっ、翅はともかく響基までなんで!? なんなんすか皆揃って! オレ別に突っ走ってるだけで暴走は」
「してるから言われたんでしょう」
万理のとどめと来たら。笑い飛ばす一同に、隼が「さーてと」と携帯をいじっている。
「残り三日か。何やる?」