「プール行きたい。泳ぎたい」
「水着ないだろ」
「じゃあ買う?」
……。
未來の真っ赤な顔がいたたまれず、男一同がそれぞれ好き勝手に視線を投げ出す。
翅の狙いが嫌というほど伝わった。
「何言ってるんです翅様!! こ、ここはほら、悟子君の宿題の為にも昆虫観察とか」
「ぼくもう中学生です!! ていうか受験生!!」
はっと固まる未來。翅が笑いこけ、秋穗と手を繋ぐいつきに脇腹を殴られて撃沈した。
「だいたいプールに行ったところで」
「あ、そうか。いつき泳げるか?」
「殺す気か」
そもそもプールで泳げる体でもなければ、そんな人間に泳いだ経験を聞くほうが野暮というものだ。冷めた顔をする青年に、質問者の響基は遠い顔で視線を逸らした。
秋穗が催促して、響基とも手を繋いでいる。
「じゃあ……海?」
「東京湾で遊ぶなんて凄い度胸だな」
いつきのセリフに千理がはっとした顔になったではないか。
「オレ遊んだことあった……!」
「お前論外」
「えっ、ちょひど!? でも今海浜の辺りとかは綺麗な場所とか」
「
「東京に謝って!?」
「はっ、そもそもの都は今も昔も京都だろうが」
出た。京都人の
なぜか東京援護側の千理が「でも今日本の首都東京ですよ!」と反発し、いつきと睨み合いをしている始末。翅は気に留める気がないのか、未來に「水着何着る?」と真顔で聞いて平手打ちを受けている始末。悟子が短すぎる溜息を吐き捨てた。
「変態」
隼は――プールや海岸付近のレジャー施設などを検索か。水着の単語を聞く度に足を弾ませる双子の片割れに、隻は容赦なく背中を蹴り飛ばした。
悟子が目の下にくまができかけた顔で、隻の隣にやってくる。
「もういっそ家でのんびりしませんか……?」
「僕もそのほうが安全に終わると思います。下心出す回数も減ると思いますよ、翅兄と隼さんの」
万理の鋭い睨みに、隼と翅が固まった。
結李羽は元気に笑い飛ばしているけれど。
「どっちでもいいと思うの。あたし家近いから水着あるよ?」
「ゆっ、結李羽さん!」
「お水遊び、する?」
「あ、秋穗ちゃんは
「えー、たまにはいいんじゃないかな? 未來ちゃんも着ちゃう? ビキニとかセパレートとか」
「遠慮します!!」
居た堪れない。響基も平静を保って精一杯の苦笑いをしてはいるものの、耳が赤い。
「はは……」
「……決定。家でのんびりする。暇になった時にプール以外で考えるぞ」
「えーっ!!」
「プール以外!!」
翅と結李羽と隼の猛抗議。それでも意思は曲げられない。未來があそこまで顔を真っ赤に「嫌」と言っているのに、強行してはかわいそうだ。いつきも遊べないし?基だって大声はこたえるだろう。
それにもし行ったとしても、結李羽が水着って――
「ああもう!!」
「隻、顔赤い」
「煩いお前に言われたくない!!」
「そういえば結局凛に再挑戦してない」
「ひとりでして来い!!」
一瞬本気で一人で行って、エキドナに魅了されて、未來に嫌われてしまえとすら思ったけれど、思い留まった。
どう転んでもここのバカップル、その程度では簡単に破局しなさそうだ。
ようやく首都問題を諦めたのか、いつきが「おいそこの双子」と声をかけてくる。
「話を戻すが、別にお前たちの例が珍しいわけじゃないからな。そういう人間はもうかなりの数だ。昔に比べて潜在能力が
「うえ、また話戻すんすかそこに。もうやめましょーよいつき兄ねちっこい」
いつきの拳が震える。震えるも言葉が出てこない。
翅が笑い転げた。未來へと笑顔で行く万理は、「三日間の夕食、みんなで食べに行くのはどうですか?」と提案して、彼女を翅から引き剥がしにかかっている。
未來、安堵して笑顔で乗っている。翅、しょげる。いつきがむかっ腹を立てた顔で黙りこくり、隼が苦笑いして「了解、教えてくれてどもども」とフォローを入れていた。
「外食な――悟子、何食べたい?」
「え? ……えっと、皆が食べたいものとかで」
「今日は悟子の好きなものでいいぞ。焼肉でこの間『肉』って叫んでた連中は満たされてるだろうし、そうめんの奪い合いで満足してる奴も多いし」
「あ、そうだ冷蔵庫におやつ入れてたんすよ、速く帰って食いましょうよ!」
「叶浪さんのところであれだけ
「ぼ、ぼくお肉とか洋食ならなんでも……」
「じゃあレストラン行くか?」
「いいんですか!?」
顔を輝かせる悟子に、響基が笑って頷いていた。嬉しそうに礼を言う少年に、万理もほっとしている。
隼がネット検索で丁度いい店があると教えてくれ、ひとまず家に帰って寛いでから、全員でそこに向かうことになった。
翅がとぼとぼついてくる。
「……別に、下心出したってよくない? 俺男だよ」
「TPO考えろ」
「Time and place and objective」
「発音よし!!」
「響基……」
やっぱり、収拾がつかなかった。
幕引き「天理、迎える」
千理たち曰く、翅の誕生日をもう一度祝い直したいという考えがあったそうだ。そして用意されたケーキのプレートはなぜか二枚。書かれてある見た隻はぶっと吹き出して笑ってしまっていた。
「……なんだこれ……!」
沙谷見家のみなさんありがとうございます!!
誰がそのメッセージを考えたのかすぐにわかって肩が震える。万理は冷めた顔で兄を見ている始末。
「ネーミングセンスもなければ手紙の書き方もわかってないなんて……」
「……て、手紙は関係ないでしょうよ」
「手紙を書き慣れていれば、こういう時の言葉の使い回しもきちんと出てくるものですから」
容赦ない弟に、千理は打ちひしがれながらケーキを切り分けている始末。隼と翅が笑い転げ、秋穗はケーキに目を輝かせている。
……座敷童は食べ物を食べなくてもよかったのではなかっただろうか。
別腹か。
「ケーキ、チョコケーキ!」
「おっ、秋穗ケーキ好き? ちょっと待ってくださいね、今回秋穗も頑張ってくれてたんすから一緒食べましょ」
「うんっ! お兄ちゃ、ありがとうっ」
天使の微笑みを懐かしむように見やった翅が、悟子に「お前もこんな時期あったんだよ」と、いつとも知れない話を持ちかけた。悟子に冷めた目で返されていた。
「ああそうですか」
後に続く言葉が透けて見えた。今は捻くれてるんですねわかります、と。
「やっぱり三ホールのほうがよかったかな」
「二つで限界でしょ、手荷物的にも。あ、みんなフルーツケーキとチョコケーキどっちー!? 最終手段じゃんけんっすよ、早いもん勝ち! あ、秋穗と悟子はオート優先コースね」
「どういうコースですか」
「ぼくはフルーツかな?」
「チョコ、チョコ!」
「俺もチョコ!」
「うーいりょうかーい。万理はフルーツっすよね? ほい」
「あ、ありがとうございます……なんでそういうところは……」
覚えているのかと言いたげにぼやく万理は、遠い顔で。響基が笑いながら、隻へと目を向けてくる。苦笑して「俺は余りでいい」と伝えれば、隼が元気よく手を上げて「どっちもフルーツで!」と主張。受け取った隻はじっと手の中のケーキを見下ろした。
昔もあった。隼が勝手に自分のケーキまで決めてしまったことが。好きなフルーツケーキなのは有り難いのだが……チョコの方が好きなことは、黙っておこう。もう残りも少ないし。
浄香が
『我らが食えるものがないではないか』
「かまぼこなら冷蔵庫にあるぞ。あとハム」
『
『ぼっちゃま私めにもお恵みを!!』
鴉と猫の不毛な食料戦争が始まった。結李羽と未來が恵みを渡したことで停戦した。
「全員行き渡った? じゃあ食いましょっか! 事件解決お疲れ様でした。んで、夏に誕生日迎えた皆おめでとさんです! かーんぱ」
「ジュースがない!!」
「あっ、忘れてた!! サイダーそっち!!」
「
「マジなんなわけ!? コップに氷入れてたくせに変なフェイントかけるな千理!」
「もう食べてる翅が一番言えません!! いただきますぐらいちゃんと言ってください!!」
「いふぁふぁひふぁーふ」
「口の中を
いつきに目をやった。渋面で頷かれた。
おかんだよな……。
おかんだ。
「はっぴばーすでーとぅーゆー!」
「まじ!?
「そんなわけねえだろ!?」
「千理の発音悪すぎ!! 十点!!」
「それでも点数やるんだ……」
笑いばかりが響く。秋穗が口の周りをチョコレートまみれにして、万理が面倒を見る姿も微笑ましい。
メールが届いた。伊原から、弟が帰ってきたという報告のメールに、隻はほっとする。絶対泣いているだろうなという文面に、よかったなとメールを返した。
帰ってきた当初意識はなかったそうだが、深夜緊急病院に連れて行って命に別状がないとわかり、一晩中付き添っていたようだ。起きてすぐ始めて盛大に怒ったという日記じみた内容に、隻も、メールを見た隼も苦笑い。
伊原が激怒した瞬間なんて、それこそ中学時代、萌との喧嘩でもそんなに――あ。
「そういえば万理、悟子。夏休みいつまで?」
「言わないでください」
二重音声が現状を物語っていた。
帰りの新幹線は帰省ラッシュの波ではなく、上京ラッシュが酷かったようだ。やや空き気味の新幹線下りの席は、その場で取ることまでできてしまっていた。万が一に備えて、三日前ネット予約で早めに切符を手配していたのは一応正解だったようだ。
隼が「京都行きてー」と見送り口でぼやいたおかげで、近くから「暑いですよ」と八占兄妹がちゃっかり見送りにきていたことにも気づけたけれど。
新幹線の窓で手を振りながら、その後の全員が口を揃えて言ったこと。
「八占家ってツンデレなのかな」
賛同するばかりで、特に誰も突っ込まなかった。
白尾ノ鴉も、相次郎の家で最後に見送ってくれた。
隼がしばらくまだそこに残ると言ったので、ハムをいくつか東京駅で買って渡した隻に、翅が満足げな顔で「モンスターテイマーだ」と頷いていた。
否定要素が見当たらず、言葉に詰まった隻へと千理が真顔で
「新職でブリーダー開発します?」
「アホか」
静かにならない東京での出来事に、さしものいつきも京都駅の改札を出た辺りでも欠伸を連発だ。京都駅を出てすぐ、千理と翅が目を丸くする。
「あれ、
「こんにちは! みなさん長旅お疲れ様でした!」
笑顔を見せる少女に、悟子が顔を一気に
誰だっけ……誰かの妹だったような。ほとんど流して聞いていた名前だから覚えがなさ過ぎる。
「なんでここに……家はどうした?」
いつきか――――――――――――!
「うん、お願いしてきたよ。お迎え行ってくるねってちゃんと伝えたし大丈夫! 後ね後ね、一緒についてきてもらっちゃいました!」
いつきの顔が一気に沸騰した。大体それで意味がわかって――
舞那が笑顔で振り返り、手を振った先を見て全員が目を丸くする。
「お帰り」
「天兄!? 出歩いて大丈夫になったんすか!?」