Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第03話「翅、うずく」01
*前しおり次#

「母さん、よくこんなに握り飯作れたな……」
 白米は綺麗な俵型と三角形型の二種類が用意され、行楽用の弁当箱にぎっしり詰められた。十合分はあるだろう量に、隻が呆気にとられたのも束の間。隼が神妙な様子で頷いていた。
「三回炊き直したのを見たぜ。本気だったな、あれ」
「……親父。土産、ちゃんと渡しといてくれな」
「おー」
 車に押し込んでおいた土産は、お菓子の類から小物まで。レーデン本家からも、多生タオから持って行きなさいと渡されたものも思い出して、ほんの少しくすぐったかったような。
「――あ、それで思い出した。一応土産の中に入ってる奴で、札が何枚かあるんだけど。それ、念のための結界だって。俺の先輩がわざわざ準備してくれてたから、家の四方に張っておいてくれよ」
「へえ、凄いなお前の先輩。どうもって伝えといて」
 隼が驚いている。隻は笑い、千理もおにぎりを頬張りながら笑っている。
「政っちの結界強力っすからね。うちの結界、ほとんど政っちが作ってるんすよ。そんじょそこらの幻生はまず入れませんし、札貼ると札見えなくなるし。かなりのもんですから、暫く心霊現象に悩まされなくて済むと思いますよ」
「ありがとうございまーっす!!」
 どれだけ悩んでたんだよ隼。
 元気のいい挨拶に、隻は溜息が漏れる。父から「買い物はどうする?」と尋ねられ、必要なものを確認しに行く。
 翅もついてきて、にやりと笑われる。
「仲直りできてよかったなー」
「お蔭様かげさまでな。……けどやっぱり反り合わないだろ。注意しそうになるってのに、あいつ……」
 主に隼の礼儀のなさとか放免主義なところとか。そうやって苦い顔をしていると、翅は笑っている。
「注意で済んでるなら、前進してるよ」
「……そう……だな。あ、そうだ。天袋てんぶくろあそこな――掃除してないんだからアヤカリ使って下ろすなよ!」
 翅が舌打ちした。隻は目を据わらせたも、冷蔵庫が無事稼働しているかを確かめにいく。
 ふと翅が、隻の隣で思い出したように携帯を覗き込んだ。
「あー、そういえばメールしてなかったか。電話でいいかなー」
「あ、そうか。お前も東京出身だよな。家族に会いに行かなくていいのか?」
「それもそうなんだけどさ。あっちはたまに会ってたからまだいいとして……あ、もしもし? ごめん、急になんだけどさ。エキドナ、お前今どこいる?」
 ……。
 …………。
 ……………………。
 まばたき、五回。
「え……? 駅……ドナドナ……じゃないエキドナ!? はっ!?」
「いやー。東京に遊びに来たから久々に会ってまたお前に挑戦しようかと」
 何そのゲームクリア後の周回プレイでラスボス再挑戦するみたいなノリ。
「え、ダメ? やっぱり? ですよねー。俺ももううんざりだからいいよ。うん。ごめん。これが俺だから。……あ、じゃあ普通な再会がいい系? うんうんオッケー。じゃあ住所教えとく」
 おおおおおおおおおおおおい!!
「間違っても変な奴けしかけるなよ。……だからそれが心配で……え、いや待って未來みらいはこのこと知ってるから変に吹き込まないでお願いってあーくそ切りやがった!!」
「切りやがったじゃねえよ、何人んの住所ラスボスに教えてるんだよ!! しかもフレンドリーに! 現代の機器使って! 携帯で、電話で!?」
 通話終了された後で苛立っていたはずの翅は、見事にうろんげな顔で隻に「えー」。
 待て、それ俺が言いたい。
「いいじゃん。ほら、昨日の敵は今日の友って言うだろ。あいつと友達で悪いことないし、ほら。魔王と勇者が手を結ぶってかっこよくない?」
 勇者が世界征服たくらんでるのと同じノリだ。
 開いた口がふさがらないとはこのことだ。隻はのろのろとした溜息が漏れ、ゆらりと方向転換するなり居間に走り出す。
 びくりと怯えた悟子と響基にすぐ目が留まった。
「悟子、響基! 頼む一緒にスーパー付き合って!!」
「せ、隻さん大丈夫か!? そんなに掃除疲れてたか!?」
「響基、違うと思います……まさかまた翅がろくでもないことでも言いましたか?」
「言った! 言ったよ! あいつ勇者じゃなくてラスボスの仲間になりやがった!!」
「は?」
「実はエキドナがここに来るって」
 居間が静かになった。いつき含め。全員。綺麗に。
「はああああああああああああああっ!?」
 ピンポーン
 ピシャンと固まる一同。隼が固まり、けれど平然を装って「はーい」と朗らかに出て行く。隻ははっとした。
 待った、エキドナって確か魅了みりょう――男に対して誘惑すっごい奴じゃなかったっけ!?
「どちらさ――おー伊原いはら! おっひさー」
「お久しぶりでーす先輩! よかったーもう片付け終わって帰ったかと思いましたよ、元気そうですねー」
 隻はふっと笑みが零れた。
 瞬間。
 怒涛の疾走。玄関先で驚いた顔をする黒髪のそばかすだらけな後輩を捕捉。
 標的固定ロックオン
「伊原てめええええええええええええええええええええっ!!」
「うわうわうわ何先輩こええ待ってこええってえええええ!!」
 玄関を超え。
 道路へと勢いよく逃げた後輩を、隻はしばらく猛追もうついしたのだった。


「ねえひどくない!? なんなんすか久々の再会なのに! おれ今日バイトで近く来てただけなのに!」
「悪い。お前のタイミングがあんまりにも悪すぎて」
「謝る気ねえでしょさやせ先輩! いいよもうこのおーぼー! くっそう……」
 青年――隻と隼のバスケ部の後輩、伊原は見事に落ち込んでいる。その姿を見て千理に視線が集まる。
 隻は気まずげに「悪かったよ」ともう一度言うも、それはそれ、これはこれだ。翅がメールで「住所教えておいた」という最悪の一言を伝えてくれて殴り飛ばす。
 伊原が思い出したように、隼からジュースを受け取って礼を言いながら隻を見てきた。
「でもびっくりしましたよ、さやせ先輩も帰省してたんですね」
「あ? ああ。一応な。そっか、俺が京都行ってたの、お前には一応知らせたもんな」
「はい、聞いてます。まさか急に京都行くなんて思わなかったもんですから、受験勉強ガチで大変でした。ってか大学入っても大変なんですけど。現在進行形プラス未来永劫えいごう
「それは自己責任だろ」
「うんそうですけど酷い。ひどいよー先輩」
 いじける伊原に思わず笑いが漏れる。翅たちが意外そうに見てきた。
「隻さん、後輩付き合いいいんだなぁ」
「そうでもないだろ。先輩にはやたら世話係言われてたけど」
「いやー、先輩方とは中学からお世話になってますけど、バスケ強いしコーチしてもらうと上手いし、人当たりいいしやみ先輩と勉強とか根気強く教えてくれるさやせ先輩、すっごく尊敬してますよ」
 思った以上にめられて逆にこそばゆい。呼び名に首を傾げた翅たちに、伊原が思い出したように「ああ、えっと」と言いえている。
「しやみ先輩が隼先輩で、さやせ先輩が隻先輩なんですよ――あれ、そういえば皆さん先輩たちの友人ですよね?」
「ああ、こいつ以外全員お前の年下だけどな」
「えっ、ってことは保護者隻先輩!? うわあ可哀想かわいそうに」
「ほーおよく言ったなてめえ表顔出せ」
「ごめんなさい冗談! 冗談ですって!!」
 慌てて頭の上でガードの体勢を取る伊原。翅がニヤニヤ顔で千理に「ほーら行って来い、お前と同じ奴いるよ」と促して千理が無言で首を振っている。
 必死に。青ざめて。
「隻さんガチ容赦ようしゃねぇ……!」
「あ、そういえば隼先輩、さっききざしがそこにいましたよ」
「お、マジで!? お前呼んでこいよ付き合い悪いなー」
「いやー無理です、萌おれには鬼じゃないですか。付き合いも何も……」
「萌?」
 翅と響基が驚いた声で聞き返している。隻はぽかんとし、ふと思い出して「ああ」と返した。
「こいつの同期。俺らと同じバスケ部で、中学の時の後輩な。そいつがよく、隼と一緒に悪さして回ってたんだよ」
「はっはっはーなっつかしいなー。いや、な? 別に悪さだけじゃなくてちょっとまあその……まあ、うん。ステキな本貸したり一緒に人類の境地試したりはしたけどな」
 棒読みで笑う隼は顔を背けている。隻は目を据わらせ、翅と響基に振り返り――
 ぽかんとした。
 なんでだろう。凄く微妙そうな顔をされている。東京とはいえ翅とは中学が違ったはずだし、知っているなんて……同じ名前の読みの奴でも知り合いにいるのだろうか。きざしなんて読みは珍しそうなのに。
「あ、そうそうさやせ先輩。糸先いとセン、学校帰ってきたの知ってます?」
「はっ!? え、マジで!?」
 驚いて聞き返すと、伊原は苦笑いしつつ頷いている。目を見開く隻は、隼に笑われて思わずそっぽを向いて、結局笑みがほころんできた。
「糸先かぁー、あの先生、おれのこと鋭かったんだよなぁ」
「って、ことは隻さんの恩師の国語教師?」
「おーそうそう。なんだ、お前ら知ってたのか? おれらの卒業と一緒に別の中学に飛ばされて……あ、そっか。もう七年にもなるなら帰ってきて不思議じゃないな」
「おれ昨日会いました。夏休みは明日明後日と、土日挟んで月曜と火曜ぐらいまで学校勤務らしいですよ。先輩のこと気にしてましたし、会ってきたらどうです?」
 伊原に言われ、ぎこちなく頷く隻。「教えてくれてありがとな」と礼を言えば、伊原は嬉しそうに笑っている。
「いーえ! あーでもよかったー。まだ二人の喧嘩けんか続いてたら、おれ修羅場突入フラグだったなー。仲直りできてよかったですね!」
「……お前ちょっと余計」
 双子が苦い顔で、声がそろう。
 笑う声が響き、隻はほんの少しだけ照れたような笑みを浮かべた。




ルビ対応・加筆修正 2021/03/21


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