Under Darker

 第2章極夜の間奏曲

第23話 03
*前しおり次#

 こちらに近づきながら頷く天理の隣には、海理まで。げっそり顔なことにいぶかしんだ一同の中で、呆然とするいつきが目を見開いている。
「天理……!? スライムじゃないよな?」
「よくいぶし覚えてたな。凄い凄い」
 IBCスライムに謝れ。
『そういやそのいぶしだけどよ。東京で散ってる分裂体回収できたか?』
「――あ」
 忘れていた一同の顔が青ざめる。天理が溜息をついて、足元に目をやっているではないか。
 ちまっこいコラーゲンたっぷりのゼリー質が、ぷるんぷるんと動いている。
「どんまい、いぶし」
「……その名前、どうにかしてやれ?」
「長いからねぇ……」
 IBCスライムが手の平サイズの小人になって憤慨ふんがいしている。どう見ても天理の幼い頃を縮小コピーしたような姿に、千理がいたたまれず顔をそむけている。
「兄……改名考えてやってほしいんすけど」
「スモークされてるみたいで、いいなって思ったんだけど……」
「それを変えてやれよ!! かわいそうだよいくらなんでも!!」
 舞那、笑顔でいつきの手を握っている。兄が疲れた顔で晴天を怨んでいるにもかかわらず。
「……なんで海理まで」
「海理さんが、お兄ちゃんたちが帰ってくる日程教えてくれたから!」
『ってか霊園に土足で来られた上に塩手に脅された』
「舞那あああああああああああああっ!!」
「てへっ♪」
 千理が顔を逸らしている。響基がじっと千理を見つめている。
 誰かに同じ手でも使ったのか。
「千理兄ちゃんが教えてくれたよ?」
『千理てめー面貸せ』
「ちっ、違うこれ華淋かりん姉がね!? ってかオレ悪霊相手に使えるからって緊急策教えただけっ、レベル防犯ブザーだからね!? そりゃ青慈せいじ兄ちゃんの時それやったけど」
「やったのか!! ってか防犯ブザーじゃなくて消火器だろ!」
『だろうな。別に塩ぐらいオレはへでもねーけど。海浪月かいろうげつで』
「ならなんで吐いたんだよ!!」
『いつきのカノジョ見れるって聞いたから』
「舞那ああああああああああああああっ!!」
「来ちゃ、だめ……?」
 ぴたりといつきの絶叫が途絶えた。
 これ以上赤くならないと全員が予想していたいつきの肌が、一気に茹蛸になる。
 大人しく感情もはっきりしていなさそうな、長い黒髪の女子がおずおずとやってくるではないか。
「お帰りなさい」
「……った……」
「ただいまっすよーお久ーレンちゃ――ぎゃあああああああ待ってっ、なんで!? いたっ、痛いいつき兄やめっ、いたあああああああああっ!!」
 蹴られた。
 これでもかとばかりに蹴られた。
 それでも満足できてないんだまだやらせろとばかりに蹴られた。
 終いには千理が蹲って泣き出し、いつきは息を切らし、肩を上下させてまで震えている。
 響基が顔を真っ青にしている。
「い、いつきが一発で済まないなんて……」
「ライネ出さなかっただけマシじゃね?」
 最終手段ライネ。いったいどんな設定なのか恐ろしすぎて想像ができない。
 煉・D・スヴェーンへと向き直ったいつきは、やはり顔が真っ赤だ。舞那のたくらみに満ちた笑顔に気づけないほどに。
「……た、ただいま……」
「お帰りなさい」
 ほんの少し笑顔を出した煉に、沸騰ふっとうすれすれのいつき。
 響基が穏やかに笑いながら「初々ういういしいなぁ」といえば、翅は心配そうな顔。まるでこれが二十代かというような、どこかに疑問を抱くような心配の表情で。
 煉は隻へと頭を下げてきた。ぽかんとする隻に、煉はやや俯く。
「この間は、ありがとうございました。事情はお伺い、しています。先日の恩義にむくいるべく、こちらも精一杯、お力添えをさせていただきます」
「あ……いや、別にそんな気にしなくても……むしろこっちこそすみません、押しつけたみたいになったな……」
 煉が首を振っている。
「大切な人を、預からせていただくのに、押しつけなんて、ない、から。私は、結界での守りしか、できないけど……だから、隻さんの、恩師の方を、護られたいというお気持ちに、私もこたえたい。だから、家の立場を挟む形を、とってしまって、申し訳なくて」
 そんなところまで考えてくれていただなんて。
 むしろこちらが謝るべきことのほうが大きいはずだというのに、少女がややぎこちない表情で、丁寧ていねいなお辞儀じぎをしてきて戸惑う。思わず「いや俺のほうこそ」と慌ててお辞儀を返してしまい、いつきが意外そうな顔。
 まるでお前にも戸惑うものがあるのかと言いたげな姿に、目が据わったが言及はしなかった。
「海兄、天兄に残ってたこと言ってたんすか?」
『あ? ……ああ、そういや言ってなかったっけか』
「え? ……ああ、そういえば聞いてなかったっけ」
「おい!?」
 特に気にしていなかったようだ。今さらになって「そういえば久し振り」と互いに声を掛け合う姿には途方にくれかける。
 この兄弟、何かが抜けている。
 煉の相手はいつきが進んでやってくれるからいいとして、結李羽と未來の、いつきと煉を見るその爛々らんらんとした目をよそに向けようと悟子を持ち出して、失敗した。
「悟子くん、向こうは楽しかった?」
「はっ、はい! とっても!! 向こうで焼肉させていただいたり、みんなで枕投げしたりケーキ食べさせていただいたり、東京タワーや天文台に連れて行ってもらったり、宿題教えてもらったり色々と充実してました!!」
 途中、墓穴も聞こえた気がする。結李羽と未來の目がやはり輝いていた。どこもかしこも恋路が好きすぎか。
 響基と共に、隻はいたたまれず携帯を開いた。受話器に耳を当て、煩い連中から視線と体をそらす。
「――もしもし」
『もしもーし。なんだ? 珍しいなそっちからかけてくるって』
「切るぞ。今全員到着した。これからそれぞれ帰る……と思う。数日騒がしくして悪かったな」
 言えば、絶句したように静まり返る電話先。怪訝な顔で声を待っていれば、バサバサと羽音が聞こえた気がした。
「今じじいの家か?」
『……あ? あ、ああ』
「なんだよその間。鴉にもよろしく伝えといてくれよ。じゃ」
『え、早!?』
「早くて悪いかよ」
『……いや、いいや。お前がおれと長電話って言うのも想像つかなかった』
「そうだろうな以下同文。じゃ」
『おお。こっちこそありがとな、楽しかったぜー。じゃっ』
 驚いた顔で固まった瞬間、ぶつんと電話が切れた。
 ……。
「隻さーん、一度皆でレーデン行くらしいっすよ! 土産みやげ渡しぶらり旅行きましょー!」
 …………。
「お前見た目本当に変わらなかったんだな……」
「え、何。若いからっていてるの? うわあ見苦しい」
「誰が妬くか! てめえいつ復活したその口車!!」
『一昨日オレが遊びに行ってからこの調子だぜ』
「海理いいいいいいいいいいいいいいっ!!」
『ああ? 何人のせいにしてやがんだてめー。一々うるせーんだよキーキーわめきやがってチビザル』
「黙れ二百海里!!」
「日本の領海はおおよそ十二海里だよ。それ経済水域だから、空のほうは公空になるだろ。海理、許容範囲も狭ければ自分の上通られる時点で怒り爆発するんだから、領海面積しかないよ。そっか、海理って見た目も小さそうだけど中身もやっぱり小さかったんだね。さすが海理だね」
 ……………………。
 ……うん。
 なんかもう、いいや。
「て……てん」
『響基、いい』
「で、で、でも」
『いいっつってんだろ見え透いた挑発に易々やすやす乗ってんじゃねーよタコが』
 挑発という船に乗りに乗っているくせに、なお「乗っていない」と豪語できる海理に、むしろ凄いとすら思った。
 翅が先頭切って歩いていく。舞那が笑顔でついて行き、悟子を引っ張って行っている。
 いつきも呆れた溜息と共に響基の腕を引っ張って歩かせた。顔を真っ青に何度も振り返る響基はぎこちない。
 天理も千理に、まだ戻りきっていない表情で「さあ行こうかー」とのんびり声をかけ。千理まで、ややぎこちなく頷いて――
「せ、隻さん行きましょっか!」
「……俺に振るなよ」
 やめてやって。
 手の中の携帯を閉じてポケットに突っ込み、項垂うなだれたい頭をなんとか上げた。結李羽と未來、さらに万理と秋穗が隣に避難してきて、ああと海理と天理を見やった。
 相手が死んでようが、帰ってこようが。
 弟がどれだけ平和を望んでいようが、全く関係なく火花を散らすあの長男二男はおかしいと思う。
「……しばらく、うち騒がしいよな」
「そうですね……はぁぁ……」
 万理の心の底からの疲れた溜息に、背中を叩いて同情した隻。
 京都駅を振り返る。
 ――向こうでは、いろんなことがあった。
 隼とあれだけ長い時間一緒にいたのに、昔のような喧嘩に発展することは一切なかった。後輩の伊原に再会し、変化を教えられて。彼の弟の行方不明も知って、がむしゃらに動いた。
 隼と親しかった八占の兄妹からは、確かに止められたけれど、全員で怒られること覚悟に派手に暴れて、敵の正体を知って。
 そして、祖父の秘密にも近づいていって。
 苦しんだけれど、辛かったけれど。
 本当にそれだけだったのかと言えば、この面々を見やっているとそうには感じない。

 俺、京都に行ったことも、向こうであったこともこいつらに会ったことも、凄くよかったよ

 ああ、そうか。
 結李羽へ京都に行くと伝えたあの時、後悔しないと決めた未来に、もう来ていたんだ。
 願った先で、自分なりの答えを見つけられたから――ああ言えたんだ。
 何かを自分一人の力で成し遂げることができなくても。まだまだ力が弱くても。
 顔がくしゃりと歪む。結李羽に驚いた目を向けられて、隻は笑う。
「大丈夫だよ。なんだかんだ、楽しかったな」
「うん! 糸川先生にお会いできたしね」
「ああ」
 納得しないまま諦めくていいと結李羽に後押ししてもらえて、よかった。
 知らないままでいいと蓋をしなかったからこそ、ここにいられるのだから。
「レーデンに荷物置いた後どこ回るー?」
「阿苑は最後にしろ!」
「もう帰ってきてるってばれてるのにか……」
「大丈夫、あたしまだ連絡してないよ!」
「舞那!?」
「よーしトリプル超えたデートとそのお供たちでぶらり旅行くかーふぐっ!?」
「リア充爆破っ!!」
 千理の悲痛な声に、いつきが鼻で笑った。笑った瞬間天理に「そうだよねー純真じゅんしんな女の子ゲットしたいつきもリア充か」とぼやかれ、びしりと硬直している。煉が隣で首を傾げ、そでを引っ張っても動かない。
『千理、恨むんだったら自分のマゾっぷりを恨め』
「オレマゾじゃない!!」
「知ってる? マゾの人って皆そう言うんだよ」
「オレ痛いの嫌いなんすけど!? ちょっとなんなんすかその扱いっ、兄たちひでえ!!」
 思わず、笑いが漏れた。
 万理が生温かい顔で実の兄たちを据わった目で睨んでいる。
 結李羽が秋穗と手を繋ぎながら、未來へと楽しそうに笑いかけていた。
「賑やかだねっ」
「はい、とっても」
 賑やかだ。
 確かに、ある意味平和で、賑やかで、穏やかだ。
 ……賑やかを通り越して、騒音公害になりそうだった。


Under Darker ─極夜の間奏曲─  




ルビ対応・加筆修正 2021/03/23


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