シェル=シール

 -無彩スタのレリオス-

第04話 02
*前しおり次#

 前方、スケルトンの後ろに光が瞬いた。
 次の瞬間、光の刃に貫かれた骸骨は崩れてしまった。
「よくやりましたよ、レリオス! ――あれ、怪我してます?」
 言われて腹部を見ると、白い何かが突き刺さっている。
 考えたくもなかったが引き抜くと、同時に痛みで呻いた。
 あのスケルトンを砕いた際に武器になったのだろう、敵の左腕の骨だ。
「問題な」
「ないわけないっ! ちょっと見せて!」
 進もうとしていたレリオスは上着の襟首を引っ張られ、思わずしりもちをついた。それを見たウィシアが一瞬固まる。
「……そうだよね、アンドロイドなあたしの方が体重も力もあるんだもんね……複雑」
「だから重量を気にするならパーツを取り外せば」
酸の霧アシッドミスト≠ェほしいんなら今すぐ唱えてあげるけど」
 誰もそんな事言っていない。
 思った事を口にしただけだったのに、大体引っ張ったのはそっちで――。
 ルフが肩を竦めてやれやれと首を振っているのが見えた。
「レリオスはもう少し乙女心を知るべきですねぇ」
「お前も分かってないだろ」
「いえ、それでもレリオスよりは分かっていますよ」
 ぐうの音も出なかった。
 結局出血は割と少なかったために、簡単な応急手当てで済まされた。回復の天恵魔術を操れるのはルフだけだったというのと、〈天恵の魔石〉をどこに持っているか分からないレリオスに触れて傷を癒す事ができなかったのだ。ヴィオスは〈天恵の魔石〉の周囲で天恵魔術を使えないというのが見事に裏目に出てしまった結果だった。
 ルフ曰く、治癒系の天恵魔術はヴィオス族の特権だそうで。
 種族によって使える天恵魔術に偏りが生じてしまうのはレリオスも知ってはいたが、その種族だから他の天恵魔術が使えないというとそうでもないのも分かっている。
 ウィシア達アンドロイドは補助となるような天恵魔術が主になるが、ウィシアのように擬似的な感情を持つ魔的人工生命体マギスティックノーマンともなれば、人間が得意とする攻撃系の天恵魔術も、ヴィオス特有の回復系だって使える事もあるのだから。
 それでも、回復は現状ルフの特権となった事に違いはなかった。
 傷口は包帯で巻かれてあるし、たまに傷む程度なので先へと進む。またこの通路で挟み撃ちに遭えば、三人だけでは対応しづらいのは明白だ。
 曲がりくねった道はあちこちに袋小路が作られ、追っ手がどれほど来ても時間を稼げるには違いない造りをしている。少し角をつけるだけで奥に道があると感じてしまうからか、効率がいいと言えばそうなのだろう。
「もうすぐ地上ですよ。ようやっと湿っぽい空気とおさらばできます」
 一番喜んでいるのは他でもないルフだろうと、レリオスは思った。
 先ほどより地下になれたのか、こんな迷路も結構に興味が沸いていた。また探検して地図を作成したいとすら思えるようになったくらいだし、土のにおいだらけというのも、慣れれば楽しめるものなのかもしれない。
 ――問題は地上に出て、またキラー・ワスプに襲われたら洒落にならないという事か。
「……さっきのスケルトン、自然発生したものだと思う?」
「それはない。ホーントなどの霊的アンデッドならありえるが、ゾンビやスケルトンは天恵魔術の産物だ。可能性は低い」
 ウィシアが考えこんでいる。しばらくして首を傾げ、外の光を見つけると、今度は嬉しそうな声を上げる。
「一応静かに出てくださいねー、ボクら土埃つちぼこり万歳なんですから、アンデッドと間違われてもおかしくありませんよ」
「賑やかな方が安心されないかな?」
「……顔が土気色でなければ大丈夫だろう」
 ルフとウィシアが立ち止まって自分を見てきた。ついでに白い目を向けられる。
「レリオス、自分の顔をちゃんと見て言ってくださいねー」
「……うん、この中で一番顔青いの、レリオスだよ」
 血が抜けたのだから当然だろう。
 ほんの少しだけ反論したかったが、スケルトンと戦って磨り減った神経がこれ以上の疲労を拒み、外へと出たがっている。
 二人を押して外に出れば、空はやや赤い色に包まれていた。
 きっと随分と長く休んでいたのだろう。居住区から外に出て二日目となった今、時間の感覚は地下にいたせいでほとんど曖昧だったが――。
「もうすぐ夜だね。出る時間失敗しちゃったかな」
「拠点まではあと百フィートほどですから、何とかなるでしょう」
「近いな」
 当時は抵抗ありましたけどねぇ。ルフは肩を竦めている。
「ほとんどの出口は拠点から離れた、森の広場にしていましたから。一つぐらい通じさせようという事になったんですよ。上役しか教えられませんでしたがね」
「どうして?」
「集中的に逃げる事を防ぐためか」
 ルフは頷く。ウィシアはよく分かっていないようで、首を傾げている。
「でも、安全な場所に逃がした方が――」
「その安全な場所に人が多く逃げていくのを見れば、別の拠点があると思うのは当然だろう。二次的な戦闘を増やさないために、教えられる対象が上役に限定されたんじゃないのか」
「あっ、そっか」
 金髪が慌てたように揺れている。時折桃色の目が自分の脇腹を不安そうに見てきているから、黙って前に頭を向かせた。
 森は様子を変えていた。
 自然区の手前側だった最初の休憩地点では、フギュレを代表とする広葉樹が生い茂っていた。代わりにここはといえば、幹が細く、節だらけの木々が生い茂っている。
 葉を手にとって、以前養育所で覚えさせられた図鑑の中から該当しそうな植物を思い出してみたが、どうもそれらに載っていない植物のようだ。
「あ、レリオスが触ってるそれ、眠り歌の木ですよ」
「眠り歌? 聞いた事がないぞ」
「そりゃあ、ボクが趣味で植えてましたから。二十年でこんなに大きくなるもんなんですねぇ」
 軽く自然のバランスを崩しかねない事をやらかしているルフに、ウィシアが複雑そうな顔をしたのが見えた。
 それにしたって眠り歌の木なんて、聞いた事がない。木が歌でも歌うのだろうか。
「まあ、とりあえずこの中ですよ。道はさすがに埋まりかけてますね。突っ切りますよー」
 道? そんなものどこにあった?
 地面を見下ろせば、小さな轍のような跡をようやっと見つけられた。
 慌てて頭を上げると、ルフはさっさと奥に進んでいこうとしている。ウィシアが枝や根に引っかかって、時々弱ったように立ち止まっている。
 枝葉を掻き分けて進めば、確かに眠り歌と称される理由が分かった。
 葉と枝が擦れ合う度、普通の木々とは違う穏やかな音が流れてくるのだ。先ほどまであまり吹いていなかった風が上空を流れる度、そのまま寝てしまいたくなる。
 茜色に染まりつつある空を見ているうち、ふと何かが光った。
「止まれ」
 矢だ。
 低い男の声に思わず体が硬直してしまい、レリオスは視線をあちこちに向けようとする。
「聞こえないのか、止まれ」
「……」
 従った。
 辺りを見回していたせいだろう。いつの間にかルフたちと離れてしまっている。
「お前は領主のものか」
「……」
「お前の心は領主のもとか」
「……」
 この時、なんと答えればいいのだろう。
 素直に返事をしてしまえば、自分はスタの領民で、それは領主のものだ。心だってルフたちの推測が正しければ、領主に奪われ、過去の完全な記憶はあそこにあるのかもしれない。やっぱり領主のもとにある。
 けれどそれを素直に言ってしまって、この場合どうなるのだろう。
「答えろ」

 合言葉って知ってるか?

 なに、それ?

 相手が自分の知ってる奴だったり、味方かどうか確かめるための暗号の一つだな。例えば家のものを盗まれたくない時に、家に鍵をかけて外に出るだろう。その家は同じ鍵を持ってる奴にしか入れねぇ。それと同じこった

 ……なぞなぞ?

 ……当たらずとも、遠からずってとこだな

「……領主のものであり、もとであり、ものでなければ、もとでもない」
 しばし、沈黙が降りた。
 答えはまずかったのだろうか。
 矢尻が反射する赤い光の欠片から目を離せないままじっとしていると、後ろから小さく葉が揺れる音がして振り返った。
 矢尻が反射する赤い光の欠片から目を離せないままじっとしていると、後ろから小さく葉が揺れる音がして振り返った。
 刹那、足元に鈍い音が打ち込まれる。
「動くなと言ったはずだ」
 ――間違えた。
 密偵なら、鍵開けは基本中の基本だと誰かから教わった気がする。その暗号の鍵を開けられなかった以上、退路は絶たれた気がした。
「あっ、居ました居ました。レリオスー、誰と遊んでるんですかー?」
「これのどこが遊んでいるように見えるんだ!」
 思わず大きな声が出て、また矢が打ち込まれるかと身を強張らせたが――。
「レリオス!? そんな馬鹿な!?」
 ――俺の知り合いか?
 素っ頓狂な声が、矢が飛んできた方向から聞こえて来る。
「おおっ、その声はレーゲンじゃないですか! お久しぶりですねぇー、元気でした?」
「ルフか! こいつがレリオスだって? 本当なのか!?」
 前からも後ろからも、枝葉を掻き分けてくる音が近づいて来た。
 前からはルフとウィシアが戻ってきて、レリオスは一瞬だけ足の力が抜けそうになった。
 ルフはルフで、レリオスの足元の矢を見て目を丸くしていた。そして矢羽の先を追って呆れ顔を作って肩を竦める。
「あいっ変わらずの早とちりですねぇー、レリオスにもし当たってたら、アブルさんから大目玉食らっちゃってましたよ」
「――本物か、ルフ・レイドバック」
 後ろから声がする。おそらく女性だ。ルフはまさに嬉しそうに笑顔満開。
「ええっ、そっちこそ本物ですか、セシリア!? お二人ともまだご無事でしたか! しっかし相変わらず美人なのに、味方と分かるまでは冷たい声ですねー。彼氏さんが泣きますよー?」
「うるさい、お前こそ軽口が相変わらずすぎるぞ!」
「レーゲン」
 鋭く窘められ、レーゲンと呼ばれた男は黙ったようだ。レリオスは動くなと言われたままなので、後ろを見たくとも見る事ができない。
「それで、敬虔なる連れ星と尊き矢を放たれし乙女の御名を、貴様は抱いているというのか」
「懐かしいですねぇ」
 ルフが淋しそうに笑っている。信用されていないと分かっているのだろうか。
「ハギマとソフィア。光り輝く祈りとなりて、遠き空に標を残したもう」
「――久々、ね。ルフ」
 女性の声が柔らかくなった。ルフが妙に照れた笑いをしている。
「いやぁ、本当ですよ。十年ぶりでしょう? さて、レーゲンもいい加減出てきてくれませんかね? あなたはセシリアほどの達者な密偵ではないんですから」
「余計なお世話だクソルフ!」
 苛立ったように草木を掻き分ける音が聞こえ、レリオスはウィシアに苦笑されながら肩を叩かれた。もう大丈夫なのだろうか。そう思った瞬間に膝の力が抜けた。
「なんだ、俺の矢を見てビビッてたのか」
「違う」
 すぐに言い返したが、オールドブラウンの適当に切った程度の髪と、鋭い光を放つ紫の目に身が竦みそうになった。
「へえ、本当にレリオスか。久々だなぁ、元気だったか? 随分大きくなりやがって」
「あーっと、うっかりしてました。レーゲン、レリオスは記憶と感情を奪われてるんですよ」
「どういう事!?」
 すぐに反応したのはセシリアの方だった。振り返れば、彼女もまた自分の近くに来ていたらしい。森に溶け込みやすそうな淡い水色の髪を一つの三つ編みに束ね、翡翠色の目は大きくも凛としている。後ろの月の輪のような大きな輪刀りんとうと腰の刀が、あまりにも不釣合いだけれど。
「そのままの意味です。十年前のあの出来事に、レリオスも巻き込まれたんですよ」
「――そうか……やっぱりそうなったか」
「知ってたんですか?」
 ウィシアの問いに、レーゲンもセシリアも眉を潜めている。
「見たところ人間みたいだけど……アンドロイドか?」
「え、あ、はい。ウィシア・エメルと言います。型式はエレメンツ・ハールツMW―ST五二一六三です」
魔術戦闘型マギスティックウェポナー!? しかも魔的人工生命体マギスティックノーマンだなんて……! ルフ、よく一緒に行動させたわね」
「そんな言い方、お嬢さんの前でするべきですかね? これでもレリオスのかの――いやだから拳銃やめてぇぇぇぇぐふぅっ」
「お前うっさい!」
 いつものように叫んで殴って止められるルフを、レリオスは初めて見た。そしてひたすら地面を転げ回っては体を木の根や幹にぶつける彼は、やがて起き上がって話を続ける。
 打った方より、腹に来たパンチの方が応えていたようだ。
「ぉ、ぉぉぅ……と、とりあえずお嬢さんは味方ですよ。今までの行動を見ていても分かります。それと、ですね、レリオスの話もその他諸々についても、拠点でさせてはもらえませんか? なにぶん今のは本気で痛かったのですよ。これ冗談抜き」
「お前の言動は九九.九九九パーセント冗談の塊だろ!」
「そう、かなぁ……?」
「彼、いつもアブルさんとルフにいじめられていたのよ」
 セシリアが溜息をついて教えてくれるも、レリオスはむしろ気が重くなった気がした。
 自分の父の話を最初に聞く度に、いじめられたという言葉が付きまとうのはどうしてだろうと。


ルビ対応 2020/10/09



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