シェル=シール

 -無彩スタのレリオス-

第05話「記憶に残らぬ人」01
*前しおり次#

「改めて自己紹介させてくれよ。俺はタチイ・レーゲン。これでもこの拠点の現リーダーだ。と言っても、今じゃ俺ら家族しか住んじゃいないけどな」
 拠点はそれこそ、眠り歌の木々の間に存在していた。元々ここはルフの遊び場だったそうで、臨時の拠点として使われていたのだそうだ。
 おかげで木材を切り出して家を作る事もままならず、服もほとんど継ぎ接ぎだらけな彼らは、簡素なテントの中で暮らしてきたのだという。
 他には妻のセシリアと、娘のベルタ。この三人で、拠点にずっと住み続けてきたのだそうだ。
 そしてルフはと言えば、今年で十五になるというベルタを知っているようで、久々に話していたようだ。顔は苦笑気味だが。
「あー、やっぱり二十年は持ちませんでしたか、小屋」
「一昨年までは持ってたんだけどな。けど、柱が腐ってき始めて危険だったから逃げたよ」
 レリオスはといえば、ベルタに不思議そうに見られてずっとじっとしていた。
「……本当にレリオスさん?」
「そうだ」
「……昔と全然違うね」
「いつの話だ?」
「十年前よ! わたしまだ覚えてるんだからね、約束!」
 何の約束だろう。訳が分からずじっとしていたが、ルフが思い出したように、テントの床を拳で叩いている。
「ああっ、あれですね、あれ! いやぁ、ベルタもまだまだかわいいお年頃でしたか……っていうか月影閃ナイトブライト構えないで、それ死刑台ですって!」
 遺伝の結果だろうか。白金髪の髪を母親と同じように三つ編みに束ね、まだ束ねられるまでに伸びていない髪は全て垂らしたままな少女は、愛らしい顔に似合わず母親の輪刀を振り上げている。
 紫の目に鋭い殺気を宿して。
「ベルタ、あなた落ち着きなさい。久々に人に会えたからって……」
「……はあい。ったく、おじさん調子乗りすぎ。思い出したわよ十年前」
「は、はは……ベルタは力強くなりました、ね……」
 輪刀はすぐに下ろされた。心臓の辺りを押さえていたルフはやっと一息つけたようだ。
 そんなに怖いなら挑発しなければいいのに。
 そしてベルタはベルタで、父親の性格をきちんと受け継いだようだ。
「しかしよく生き延びれましたね。嬉しい限りですよ」
「ほとんどお前がくすねてた食いもんのおかげだな。見た時呆れたぜ」
「はっは、言ってくれますねぇ。あなたのおやつも頂いていましたよ」
「だろうな、固焼きパンが入ってた高圧縮カードリッジ見た時はぶっ潰したくなったよ」
 やっぱり十年前からいたずらは変わっていなかったようだ。レリオスはため息をつきつつ、ポーチの中にあった携帯飲料の蓋を開けると同時に、新たな疑問が沸く。
「飲料の確保は、どうしていたんだ」
「皆が出てきた地下拠点があるでしょ。あそこ以外にも水脈があるのよ。できるだけワスプたちが来ない場所を選んで汲みに行ってたの」
 レリオスの問いに、つんとしたベルタの答え。態度の意味を見出せず、レリオスは釈然としないまま水を飲む。
 そしてウィシアの視線に気が付いて見れば、彼女も何故かむっとしていた。そして目が合うと同時に慌てたように視線をそらしている。
「ベルタ、お前ルフの冗談を真に受けるなよ? 大体レリオスと結婚するだなんてまだ言い張る気か?」
 ぶっ。
 飲んでいた水を盛大に吹き出すレリオス。ベルタは顔を赤くし、ウィシアは自分の隣でさらにむっとしているし、ルフは生暖かい笑みを向けてくる。
「お父さん!」
「やっぱりそうでしたか……って言うか、よく覚えてましたねぇ、ベルタも……」
「だっ、だって小さい頃ぐらいしか、お父さんやお母さん以外の人と喋った覚えないんだもの! 覚えるに決まってるじゃない!」
「で、王子様像を勝手にレリオスで描いちゃってたのよ。ごめんなさいね、レリオス。せっかく忘れてたんでしょう?」
「あーもーお母さん!」
「……そもそも俺は十年前の記憶が……」
 言ってももう聞こえていないだろう。
 というか納得した。ルックスだけでもてていたというのは、おそらくだがこのベルタの事を言いたかったのだと。
「とっ、とにかく、レリオスさんはどうなの!?」
「……どうと言われても……」
 そもそも今ようやっと話が見えたのに、どうもこうもあるものか。
 ついでに言えばまだウィシアの機嫌が悪そうな理由も皆目付かないわけで。
 しかもこんな時の社交儀礼など養育所で習った覚えもないのに。
「……悪いが覚えていない」
 視線を逃がすので精一杯だった。
 少なくともベルタの表情が雷を受けたように固まっていたのも、ウィシアの表情が妙にぽかんとしたのも、どう転んだって嵐の前触れにしか見えないのだ。そうなるという事を養育所で習ったわけではないけれど。
「……そ、そう……」
「ああ」
「レリオス、砕いちゃっていいの?」
 珍しく場違いな発言をするウィシアを、レリオスはぎこちなく首を回してみるほかできない。彼女の声が妙に嬉しそうだったのも理由のひとつだけれど。
「……とりあえず、領主の館に乗り込む方法を外から探している。何でもいいから情報をくれないか」
 いい加減話を変えるしかなかった。
 ところがこれが案外いい効果だったようで、一同が真剣に考えてくれる。レリオスの内心の安堵に気づいていたのは、せいぜいベルタの両親ぐらいだろう。
「俺たちはこんな奥地にずっと居たからな……けど、領主の館に少しでも異変が起これば、自然区や街の地下に潜んでいた連中と手を組んで蜂起を起こす気ではいる」
「地下? ですがあそこはアンドロイドたちがうろついているでしょう」
 あら、珍しいわね。ベルタの母が驚いたような顔をする。
「あなたに話、回っていなかったの? てっきりアブルさんの一番弟子だから回ってるかと思ってたのに。館に、あなたやインブンさんのアンドロイド、どちらかが潜入して混乱を起こしたら、それに乗じて生き残っている義勇団ブレイバルメンバーで街を包囲するつもりだったのよ。と言っても、私たちの大部分は外に偵察に行けば、領主ディードのアンドロイドたちに消されてしまったけれど……それでも、二十人は残っているわ」
「そんなにまだ残っていてくれてたんですか!」
 ルフの声が嬉しそうだ。レリオスはふと引っかかるものが頭をよぎる。
 義勇団メンバーとして数えられていた自分がいる事が、あまりにも意外そうだったあの言葉。まるで生きている事がありえないとでも言いたそうだったのだ。
「……それなら、どうして俺の名前を聞いた時、あんなに驚いていたんだ?」
 途端にレーゲン夫妻は黙り込んでしまう。ベルタも不思議そうだ。
「驚いてたって、何で?」
「そりゃあ、あれだけ病弱なレリオスがこんなに元気いっぱいなら、誰だって驚くでしょう。記憶がないから分からないかもしれませんが、レリオスの病弱っぷりは義勇団メンバー全員の周知の事実でしたからねぇ。この低等種族ですら知ってるんですから」
 ――流したな。
 それが原因とは思えない。嘘はすぐに分かる。
 ルフの目が若干泳いでいたし、何よりレーゲン夫妻であれば、そんなの黙ったりせずに普通に言ってしまうと感じたのだ。
 けれど、レリオスは黙っておいた。
「それと、地下に潜んでいるというのは……」
「インブン爺さんのところの練習場だよ。あそこなら――」
 ルフもウィシアも苦虫を噛み潰したような顔になる。レリオスも胃が締め付けられた。
「……あそこは、もうばれている」
 レーゲン一家の顔色が変わった。
「爺は館に連行されている。その際に俺の〈天恵の魔石ヘブレス〉から魔力線が出ているのをウィシアが見付けた。〈魔石〉は地下の練習場だ。もう見付かっている可能性が高い」
 言うが早いか、タチイはすぐにテント内の弓矢一式を手に取る。ルフが慌てて立ち上がり、その腕を押さえる。
「今から乗り込むのは危険ですよ! インブンのおじいさんもリシェルさんも、おそらく捕まっているはずです!」
「だけどこのままじゃいつまで経っても動けねぇだろうが! 十年前と同じ事やりたいのか!」
「いいよ、ならわたしが行く」
 一同は固まった。
 言い出したのは他でもないベルタで、ウィシアですら声を出せずにいる。
「お父さんたちは連絡する必要があるでしょ。残っている人達に知らせないと、成功する確率低いんでしょ。ならわたしが行く」
「ちょっと待つですよ! ベルタ、あなたはまだ十五――」
「十五なら立派に戦えるでしょ! それにね、わたし散々ここで生活して、おじさんたちよりも腕に自信あるもの。大体壁も居ないのにどうやって戦うの? 密偵お得意様の敵の盲点を突きたくても、三人だけでどうやってそれをやるって言うのよ。相手はアンドロイドなら盲点探すだけ無駄じゃない!」
「……アンドロイドは万能じゃないよ」
 ウィシアが視線を逸らしつつ、呟くようにベルタに声をかける。
「あたしたちは主人マスターの命令に背けないし、あたしみたいに意思がなかったら、言われた事しかできないもの。盲点なんて、主人の頭脳そのものだよ」
「それでも行く」
「お願い、大切な命を無駄にしてほしくないの」
「レリオスさんはいいのに? 感情を持ったアンドロイドって矛盾ばっかりね」
「ベルタ」
 ルフの声が低くなったのを、初めて聞いた。
 いつもの間延びが一切消えて、声だけ確かに低く感じられた。
「アンドロイドにも人権は存在しますよ。ご両親から習っているでしょうに、そんな言葉遣いは、心を持っている相手に失礼じゃないですかね?」
「い、いいの、気にしないで」
 曖昧に微笑むウィシアが、いつもの笑みと違う気がする。レリオスは首を振った。
「少なくとも俺は今年で二十歳だ。実戦経験があるとはいえ、連れて行けるとは思えない」
 ベルタの表情が凍りついた。
 レリオスは言葉を選ぶという考えを、彼女に対しては捨てる事にした。
 それが、彼女のためになる気もする。
「実戦経験があるとはいえ、俺たちの誰ともチームを組んだ経験がないという事は、咄嗟の時の対応が遅れる可能性がある。俺たち自身が緊急で組んだチームだ。これ以上敗因を増やせば、今度こそ義勇団は崩壊するんじゃないのか」
「でもっ」
「ベルタ。レリオスはあなただけじゃなくて、ご両親の事も心配してるんだよ」
 ウィシアの声が柔らかい口調になっていた。
 下水道でルフに、「淋しい?」と問いかけた時のような。
 ベルタ自身は納得がいかないのだろう。ウィシアに敵対するような視線を向けている。
「ベルタは大切な一人娘なんでしょ? お父さんとお母さんが、ちゃんといるんだよ? あたしたちみたいに、兵器アンドロイドみたいに、作られてるわけじゃないんだよ。ベルタがもしあたしたちについてきて死んじゃったら、お父さんとお母さん、この戦いで勝てたとしても嬉しくないと思うな」
「作られたくせに、お父さんとお母さんの事分かったような口を――」
「作られても」
 拳が硬く握られる。
 自分の意思なのか、それとも脊髄が勝手にやっているのか、さっぱり分からないけれど。
「心があるものには、分かる事はある。下に見るような発言は止めろ。少なくともウィシアを下に見る時点で、このチームに必要ない」
 顔を歪めて口をつぐむ、白金髪の少女。逆にウィシアは、ほっとしたような、申し訳なさそうな顔で自分を見てきている。
 正しいのだろうか。自分が選んだ選択は。
 涙を目に溜める少女に声をかける事もせず、ウィシアの視線に答える事もせず。ただ、ベルタの、心からでなくてもいい了承を待つだけの自分は、正しいのだろうか。
 自分の中で、体温とは違う何かが沸々としているのを感じつつ、レリオスは黙って返答を待った。
「……いや」


ルビ対応 2020/10/09



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