シェル=シール

 -無彩スタのレリオス-

第07話「決行」01
*前しおり次#

 これまでの経緯を説明し、アンドロイドという事で不審な目を向けられていたウィシアの誤解も晴らした後。人の姿に戻ったルフが苦笑いをしている。
「まさか皆さんと再会できるとは思いませんでしたよ。あ、同じ事レーゲン達にも言ってますけどね」
 途端に大人達が笑う、笑う。地下シェルターは防音壁も使用しているのか、外に響き渡る様子もない。先ほどの背の低い女性――モリーが食器を運びつつ近づいてきた。
「あの子らも元気なのかい? 本当によかったよ。ほらほら、あんたたちもご飯にしようか。一緒にどうだい?」
「大丈夫ですよモリー。ボクらはカードリッジに食料がありますから。アブルさんがレリオスのにかなり入れてましたし、レーゲンの所に着く前に、地下拠点で結構失敬しましたからねぇ」
 その半分以上をレーゲン夫妻の所に置いてきたのは、レーゲン夫妻にもルフたちにも伝えていないのだが。レリオスはそ知らぬ顔で黙ったまま、このシェルターで生まれ育ったらしい小さい子らに集られて体を揺すられ続けている。
「兄ちゃん遊ぼー」
「にーたんそぼー」
「……何をするんだ?」
「鬼ごっこー」
「なわとびー」
「片方しかできないだろう」
 途端に子供達の論議が始まり、レリオスはそそくさと大人の輪の中に戻る。自分でも要領がよくなった気がするも、すぐに子供たちがまた寄ってきて戻る羽目に。
 ウィシアはと言えば、レリオスと遊ぶ事がどうでもよくなったらしい女の子に多く集られている上、数人の男子にいたずらの対象にされかけているようだ。眺めていれば、気付いた男子達は慌てて散って行ってしまったが。
「アンドロイドなのに人間みたーい」
「お姉ちゃんすごーい、お肌きれーい」
「えへへ、ありがとう。ちょっと自慢なの」
「いいなー、お肌すべすべでスタイルいいの、いいなー」
 満足に新しい食料を、確実に補給するルートがないのだろう。多くの人々が痩せているためか、子供達はウィシアを羨ましそうにしている。
 逆にレリオスに群がっている子供達は、単純に新しい遊び相手だと思っているようだけれど。
「みんな、レリオスを困らせるなよ」
「アルセ遊んでくれないもん」
 口々に抗議。茶金髪の青年は強張った笑いをしている。
「明日な、明日」
「明日って分かんないもーん、いっつも遊んでくれないもーん、アルセ遊んでくれないんだもーん」
「もーん」
「分からないと知って言っているのか」
 気付いて言えば、アルセの顔がさらに強張ったのが分かり、同時に彼から脇腹を小突かれた。……地味に痛い。
「アルセひどーい」
「どーい」
「酷いのか」
「今のはお前が酷いだろう!」
「事実だと判断した事を口にしただけで、酷いと言われる要素は見当たらないが」
 こちらの様子を見ていたのだろう。大人達や、割と成長した子供達が笑い声を響かせている。ルフやウィシアも笑っているのが見え、ほんの僅かに自分の口の端が持ち上がった気がした。
「はははっ、レリオスも言うようになりましたねー! そうそう、上じゃボクがちょっと冗談を言う度に、『保健所に行ってこい』なんて言ってたんですよー」
「いやあ、ルフなら言われても不思議じゃあないねえ。そりゃレリオスの方が正しいさ」
「ええっ、まさかモリーにまで見捨てられちゃいました!?」
 途端にまた笑いの波。ずっと地下にて暮らしていた人々とは思えない元気のよさに、レリオスは少しだけ気圧された気分だった。……顔には出ないままだが。
 それなのに隣からまた小突かれ、その痛みにやっと顔をしかめたレリオス。
「何だ」
「何だじゃない、逃げ口潰した分ちゃんと手伝ってもらうからな!」
「子供の知能を下に見た思考をした事を指摘しただけだ。手伝う必要性は見当たらない」
「アルセひどーい」
「どーい」
「酷い行動に該当するのは同感だ」
「レリオスーッ!」
 掴みかかられそうになって慌てて逃げれば、アルセは追ってくる。子供達も笑いながら一緒についてくる。
 大人達はと言えば、それこそ腹筋が壊れそうなほどに笑い飛ばしているではないか。
「レンコンの兄ちゃん気に入ったぜ! オレの子分にしてやる!」
「……レリオスだ。それに力量は俺の方が上だと思うぞ」
「なんだとーっ!?」
「あははははははっ! レリオスー、もうちょっと譲歩ってものをですねー」
「ルフが一番身に付けるべきものだな」
「え、何それボクまで格下扱いですか!?」
「格下ー」
「したー」
「ああっ!? いたいけな子供達まで腐った言葉覚えちゃったじゃないですか!」
「え? 食べ物じゃないから腐らないよ?」
 ウィシアのある意味的を射た訂正に、笑うか脱力する大人達。ルフがどちらなのかはそれこそ見なくとも、だ。一緒に走っていた子供達は飽きたらしく四方に散ってしまい、レリオスは怒りで耳を真っ赤にしたアルセに襟首を掴まれて息が詰まりかけた。
「レリオス……! 幼馴染だからって」
「だから俺は覚えてない。それから首が辛い」
「お前の首なんて知るか! それとお前が覚えてなくても僕が覚えてるんだ! いい加減蹴るぞ!」
「……大人気ないな」
 ぼそりと呟いた瞬間、頭に手刀が入った。瞼の裏で星が散ったような気がして、レリオスは痛みに顔をしかめる。
「ほらほら、アルセ。いい加減にしなさい?」
 先ほどの二十代頃の女性だ。アルセはややむっとした顔をしたらしい。揺するのを止めた手が、そのままレリオスの襟を解放してくれる。女性は微笑ましそうに笑っている。
「ごめんね、レリオス。アルセ、これでも嬉しいのよ」
「……そういうものなのか?」
「セレ!」
 アルセが声音を強めた。レリオスは女性を見やり、彼女も苦笑いを隠せないままこちらを見てくる。
「やっぱり私の事もうろ覚え……よね? セレ・イレクス。アルセの双子の妹よ」
「……姉かと思っていたが、違ったのか。いっ」
「あは、あはははっ。そうねぇ、双子なんだもの、お姉ちゃんでも通じるかもね」
 殴られた自分のためにアルセを止めてくれる女性は、心から楽しそうな笑みだ。同じ兄妹なのに髪色が違うのは、二卵性である事も大きいのかもしれないが、それにしても濃さの違いがよく出ている。雰囲気だってセレの方が断然年上に見える。アルセは……見た目で辛うじて二十代に見えるのは、もう気のせいでも何でもないだろう。
「僕の方が先だっ。大体、レリオス――」
「はいそこまでですよー。アルセはもう少し大人な行動をするべきですねぇ」
 ルフに窘められ、アルセはむっとして黙り込んだ。ひたすら腹を動かして笑っている獣人に、レリオスは溜息をつく。
「一番大人から外れているのはルフだろう」
「言ってくれますねぇ。これでもボクは三十路行くぐらいのダンディですよ? まま、それはともかくとして、です」
 ルフがレリオスの肩を何度か叩き、ついてくるよう言っているのが分かった。ウィシアも不思議そうな顔をしてやってきていて、自分達だけで話したいのが分かる。
 アルセが渋々引き下がってくれて、念のため地下拠点入り口の通路まで行った。ルフが目を光らせている。
「これでチャンス到来ですよ。皆さん士気高めてますからね。そろそろ準備が出来る潮時ってもんです。
 レリオスとお嬢さんは、アルセやモリー達と一緒に子供達をお願いします」
「――え?」
 ウィシアが困惑した声を上げた。レリオスも腑に落ちないが、すぐに何かが背筋に走った気がした。
「今回はさすがに、レリオス達を連れて行動する事まではできません。――十年前根幹となったボク達だけで、けりを付けたいんです」
 ただ真剣な目。
 揺るがしようもない光を持っている、そんな風に感じるほど、ルフは反論を許さない目を自分達に向けてきていた。
 その中に、嘘は微塵も含まれていない。
 嘘であればすぐに見破れる。だからこそ、切り返す言葉を咄嗟に出せなくなってしまった。
 レリオスだけではない。ウィシアまでどう言えばいいのか迷っているようだ。ようやっとただ一言、「でも」と呟けた彼女の声には、ルフを引き止められるほどの力は感じられなかった。
 ただルフは、首を振ってきて。
「お嬢さん、レリオス達の事、お願いしますですよ。――ご主人を一緒に見付けてあげられず、すみません」
「そっ、それは気にしなくていいよっ。付いてきたのはあたし自身の意思だもん」
 獣人は笑っている。
 レリオスは押し黙り、ルフがこちらを見てきた時思わず睨んでしまった。途端に驚いた顔をするルフは、やがて苦笑い。
「その顔は、十年前と変わりませんねぇ。今度ばかりはいい子にしてください。脱出ルートの確保はモリー達に頼んであります。子供達の事、お願いしますよ」
 返事を待たずに去っていくルフを、ただ睨み付けて。
 言い知れない何かが、体のどこかで煮えている。
 初めからこうする気だったのか
 足手まといになるのは分かっていた。ここに連れてきたくない理由が、自分の事だとも分かってはいた。
 けれどあの歓迎を見て、きっと大丈夫だろうと思ったのだろうか。

 腑に落ちなかった。
 広い床は固く、正直寝心地はいいものとは言えない。薄い敷物と最低限の毛布だけで床に就くのは、レリオスは自分の家を思い出さずにはいられなかった。平民なだけに質素なベッドではあったが、床にじかで寝るより寝心地はよかったように思う。
 それでもあれだけ騒いだからだろう。大人子供関係無しに、見張り番以外は全員熟睡している。
 そんな中一人だけ目を開けていたレリオスは、周りの反応に違和感だけを感じていた。
 大人全員、子供達には話を通していないのだろう。子供と接している時の言葉の選び方に、出会って間もなくとも分かる違和感があったのだ。
 同じぐらい、アルセにも何か引っかかるものを感じていた。
 見張りの交代の時間なのだろう。誰かが自分の足元側の通路を通り過ぎ、次の人を起こしに行ったのが聞こえた。あまり疲れが取れていないのか、起こされた相手の声はいかにも不機嫌そうだ。ものすごく声が低くなっていて、一瞬誰なのか検討が付かなかったが、すぐに納得がいった。
 噂をしていたわけでもないのに、アルセが次の見張りだったようだ。
 関節が鳴る音が響き、すぐさま立ち上がる音に切り替わる。欠伸が一つ聞こえ、「締りがないぞ」と窘める声は呆れているではないか。アルセの声がぼけたようにくぐもり、何か返している。
 マイペースな青年だ。ルフほどではないにしろ、あの見た目で中身がここまで子供であれば、年少の子供達から引っ張りだこにされる理由も分かるというものだろう。
 二つ分の足音。そのうち――ひとつ。こちらへと向かってきた。


ルビ対応 2020/10/09



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