下水道へと飛び出したものの、何故か整備担当のアンドロイドの姿を一台も見かけない。走るうち、管理ブロックを示すプレートの数字がどんどん若くなっていく。
プレートの並びでどちらに進めばいいか分かったと同時、アルセは逆に自信がなさげだ。
「どうした」
「下水道なんて、上で生活してた時でも入った事ないに決まってるだろ。やっぱりルフについてけばよかったな……」
「置いて行かれたわけじゃなかったのか? っつ」
「役割分担があったんだ!」
「ま、まあまあ。落ち着いて、ね?」
殴られた自分を見てか、慌ててウィシアが仲介に入ってくる。アルセはまだ言い足りないようだが、むっとした顔のまま拳を下に降ろした。頭を押さえつつ、レリオスは数字を見て足を止めた。
ST-AB001
左手のプレートと、目の前の十字路。管理のためだろう。時間短縮のための通路で足を止め、右手の通路から音は聞こえないかと耳を澄ます。アルセが先に首を振ってきた。
「音はない。魔力線は……ウィシアだったか。見えないか?」
「待ってて。――魔力反応なし。生命反応……赤外線視野展開。どちらも反応なし。変だね、義勇団の拠点や通路の作り方を考えれば、地下の方も固めてて不思議じゃないのに」
共闘する意志を見せてくれたからだろう。就寝時の出来事を知らない事もあるからか、ウィシアはすぐに顔を僅かに覗かせ、確かめている。
それを見たアルセはぽかんとしているではないか。
「アンドロイドでも、視野確認するんだな」
「え? あ、うん。そだね」
ぎこちなく笑う少女。レリオスはやや顔をしかめた。
それを見てか、アルセははっとしたような顔をし、やや気まずげに顔を逸らしている。
ウィシアがもう一度向こうの様子を確認してくれた後、気を取り直した三人は奥へと進み始めた。
「地上は間違いなく封鎖されている。地上から追い討ちをかける班は、十年前にもいたんだ。逆に地下は」
「これだけ手薄という事は、ここから強行突破したんだな」
アルセが頷いている。本人の獲物なのだろう、長剣が握られている。思った以上に使い込まれているようだ。
「掃討するのは〈魔石〉が使える
レリオス達の後ろ側通路の奥、よく見なければ気付けない暗がりに、いくつもの
「……こうするしか、ないんだよね」
「これが終われば、いくつかは復帰させられるだろ。しょうがないさ」
アンドロイドと触れ合う機会が少なかったのだろう。アルセが当たり前だと言いたげにかける言葉が、ウィシアの心を抉っているのが分かるレリオスは、僅かに睨んだ。それも、相手は気付かなかったけれど。
ただ直線に延びる道の先、左側から光が漏れているのが見えた。ウィシアが一度立ち止まり、再び探知を始める。
「――っ、生命反応あり。赤外線視野……反応あり、アンドロイドの確率十五パーセント!」
「どこだ」
「前方二十四フィート、通路分岐点右折した暗がりだよ!」
アルセに視線を配るより先、彼の足が動いていた。慌てて服を掴んで留め、冷静になるよう視線で促す。
明らかに悔しそうにしたアルセは、それでも従ってくれた。レリオスは自らの拳銃を取り出すと、ゆっくり廊下へと出た。ウィシアにしんがりを任せ、アルセは飛び出さないよう、真ん中を頼む。
後ろから小さく、声が聞こえた。
「……いつだって、お前は現実なんだな」
喉が僅かに持ち上がった。分からないまま押し込め、足音を最小限に抑える。
――コツ
響くな
――コツ
ブーツじゃなければよかったのか……?
――カチ
「伏せろ!」
違う音が響いた。すぐさま注意を飛ばし、レリオスは拳銃の安全装置を外しながら斜め横に体を逃がす。途端に前方から明るい紫色の閃光が走り、少女の悲鳴が聞こえた。
振り返り、思わず目を丸くする。少女の右腕が赤く焼け、鮮血が流れているのだ。
すぐに腕を押さえ、戸惑うウィシアはすぐにはっとし、叫んだ。
「避けて、レリオス!」
勘だけで通路の反対側の壁まで走った。光線が奇妙な音を奏でて通路のコンクリートを焼く。
ウィシアの腕を見てアルセが困惑していたが、すぐに〈
「純力の刻印 仇なす者を切り刻め
天恵の絆 砕きし意志は腹の子の戯れ
身に収めし牙 純の力となりて閃かん!=v
〈魔石〉を手に描く軌跡から目を離したレリオスは、通路の奥で一瞬鈍い光が煌いたのを見、すぐに拳銃を向け、引き金を引いた。
乾いた爆発音が、弾かれたような硬い音が、大きく響く。
「
光の刃が、球体と円柱を組み合わせたような鉄の塊を照らし、貫く。
震える巨体は、大人が五人は乗れるだろうほどに大きな、明らかに戦闘型のアンドロイドだ。ウィシアは困惑している。
「魔力線に反応しなかったのに……!」
「魔力線だけで見てたら、戦争地区じゃ一瞬でやられるぞ!」
アルセが先頭切って飛び出した。まだ動いている敵へ、すぐに間を詰めた青年の右手の長剣が輝く。
エネルギーが充填され始める光が見えた。レリオスは焦点を合わせ、図る。
アルセが跳んだ。ブーツの靴底から輝きが放たれ、その奥の輝き目がけ、レリオスは再度引き金を引く。
「刃の刻印 閃け 無垢なる力!=v
銃声。
完全に奥には届かなかったのだろう。けれど砲身の角を叩いて相手の焦点が逸れたのか、光が一瞬消えた。
アルセの剣から放たれる光が砲台の上に乗った。刃の光が増す。
「
真下の砲台を切り払った。魔力による光が軌跡をなぞり、飛び出す。
貫通する魔力の刃をレリオスが見届けた次の瞬間、砲台が大きく震え、動きが止まった。アルセがすぐさま飛び降りてきて、剣を収めて肩を竦めている。
「かーるい軽い」
「……魔力の刃で、相手の魔力線を乱したのか?」
体内の魔力管や、物質の中に流れる魔力の流れを、一般的に魔力線と呼んではいる。アンドロイド達にとっては魔力線そのものが心臓の役割を果たしているから、その流れを乱すだけで機能不全に陥るのだ。たまに暴走するものもあり、滅多やたらに流れを乱すのは得策ではないというのは、養育所でレリオスが習った知識だった。
アルセはまたも肩を竦めている。
「さあ?」
「え? さあって……」
敵が動いていないため、とりあえず止血したのだろう。ウィシアは布をあてがいながら顔を強張らせる。
「瞬絶の閃き≠ヘ素人じゃ扱えない天恵魔術でしょ? 魔力管から放出する魔力の量を、〈天恵の魔石〉なしで制御するんだもの」
片手に〈魔石〉を持っていた様子もなかった。レリオスも技術が高いと気づいていたが、本人は平気そうだ。
「〈魔石〉なしの制御は体に負担がかかるだけで、訓練すれば普通に使えるさ。それで、さっきの生体反応は?」
ウィシアが慌てて視野展開をしようとしたが、レリオスがすぐにその目を覆った。アルセが驚いているのを睨み付ける。
「負傷しているのに手当てもさせないのか」
「……あ、悪い」
「う、ううん。大丈夫、気にしないで」
そうは言っても、出血した腕を見る限り、自然に血が止まるのは難しそうだ。アルセが困惑しているではないか。
「エレメンツ・ハールツって、一応アンドロイドだろ? 人間の人体が使われてたりなんかは……ごめん、忘れてくれ」
「人体の使用は国際法で禁じられているはずだ」
素早く切り捨て、ウィシアの傷口を見やる。布でごまかされてはいるが、出血が酷い。
「……お前、本当に知らないんだな」
何が言いたいんだと見上げれば、アルセは敵のアンドロイドの後ろへと回り込もうとしつつ口を開いた。
「……
「な……」
言葉が出なかった。アルセが完全に、機械の後ろへと消えた後。レリオスは開いた口をゆっくり閉じるしかできない。
ちらりと、ウィシアの腕を見やる。
アンドロイドなのに人間みたーい
昨日の子供達の声が、頭の中で響く。
ウィシアは目を合わせようとはしてくれなかった。布を巻き終え、これ以上血が滲んでこないかどうかを確かめた彼女は、ぎこちなく下を向いたまま。
「ほ、ほら、行こう? アルセ、先に行っちゃったんでしょ?」
カチ
「……ああ」
カチ
頭の中で。
小さく響く音が、振り払えなかった。