戦闘型アンドロイドの向こう。確かにアルセの姿を見つけた。彼がただ動かずにいるのを見、視線の先を追って、アンドロイドの陰から丁度出たレリオスは体を硬くする。
「マーフさん……!」
ウィシアからも見えたのだろう。髭もじゃの中年男性の変わり果てた姿に、三人は立ち尽くす。
工夫らしいだぼっとしたツナギに身を包み、腕も足も紅の紐で彩って。
ただ、顔だけが安らかな。
ひたすらじっと立つばかりの三人の中で、最初に動けたのはアルセだった。男性を横たわらせ、楽な姿勢にさせた後、胸の上で手を組ませる。
立ち上がり、弔いのためにと、右手で真円を小さく描いて十字を切った。
「――勇ましき父、そして友。ここに」
「シェル=シールの
勝手に口から飛び出た言葉に、レリオスは目を見張った。アルセも、ウィシアも驚いてこちらを見てくる。
勇ましき弟の息子、そして友。ここに
……お兄ちゃん、なんで死んじゃったの……?
……戦い、だからなぁ。こればっかりは、な
……ぼくも、死ぬの?
ちゃんと父ちゃんたちが守ってやるさ。兄ちゃんも、これからは大地の揺り籠が安心して兄ちゃんを寝かしてくれる
だから母ちゃんと一緒に、これ言ってやれ
……うん
お兄ちゃんに、おやすみなさいするんだよね
おう
「なんでお前が……記憶ないなら、覚えてるはずだってないだろ?」
言葉を失っているアルセを、レリオスも言葉を探せずに黙るほかない。
ウィシアも耳を疑っているような様子で、怪我をした腕に手を当てているではないか。
「……俺の戒めが、解かれているのかもしれない」
「戒め? もしかして、インブンさんの所で捨ててきた〈
「捨てた? じゃあ今手に持っているのは?」
「自然区の
「ちょっと見せてくれ」
アルセに言われるがまま、魔石を手渡した。刻印を確かめているのだろう。けれど彼が眺めているうち、レリオスは確かに聞こえてきた。
アルセの馬鹿とセレ、頼んだぞ
特にあの馬鹿、なんか最近変だからな。様子、見れる限りで見てやってくれ
「兄貴の時の、覚えてるのか……?」
「兄……? 今のが……」
不安そうな顔をされ、レリオスはウィシアに首を振る。
アルセが手に握る〈魔石〉を受け取り、改めて見やった。
こらアルセ! また悪戯したな!
ああああああ折角練った計画をおおおおっ! 待てこらあっ! 逃げるなあっ!
な、なん
レーリオース!
いいけど……何?
にししっ、兄貴に悪戯してきた。ケーキ作るのにも計画計画って煩いんだぜ
レリオス! こっちに来てないか!?
いる。ケーキ作りの計画邪魔したんでしょ。今聞いた
レリオス!? 裏切ったな!
人が頑張ってる事を邪魔するのはお父さんとおんなじだよ
よし、よく言った
でもケーキって材料あれば誰でも作れるってお母さんが言ってた
……誰のフォローしたいんだ?
んー……フォローする気は多分ない、かな?
「ケーキ……」
「え?」
「ぶっ!」
凄まじい音で吹き出すアルセ。ぽかんとしたウィシアに説明しようと口を開いた途端、アルセが口を塞ぐように手を勢いよく迫らせる。
ばちんっ
「――っ……!」
「さー行くかー」
「え、え? な、何? なんの話? ね、ねえ、何があったの?」
真正面から平手を受け、押さえてうずくまるレリオスとは対照的に、アルセは素晴らしくご機嫌な声音で先頭切って歩き出したのだった。
レリオスからすれば、ほんの少しだけ助かった思いでもあった事は、内緒だけれど。
「さっきお前が言った追悼の句。地上で他にも、亡くなった人……いたのか?」
走りながら尋ねられ、レリオスはほんの少しだけ考え込み――首を振った。
「いや。俺の縁者にはいなかったはずだ」
「そっか。ならいい」
「赤外線視野、魔力視野、共に反応なし。
インブン老の工場地下であれほど疑っていた結界がないと聞き、レリオスは耳を疑った。
「それはない。ルフも古くからある強力な結界だと言っていたんだぞ」
「僕も賛成。すんなり入れたって事は、だ。誰かが結法則≠構成してる〈魔石〉を破壊できたんじゃないか?」
言いながら走るアルセの手には、マーフの〈魔石〉が確かに握られている。
生まれ育った町並みや家の建築様式と同じ、モノトーン調の地下。懐かしさと同時に沸き起こる、何かが背中を引っ張るような不可思議な間隔に、最後尾を走るレリオスは時折後ろを振り返る。
キラー・ワスプの時も、スケルトンの時も。どうにも自分のこういった変な勘があたっている気がしてならない。当たってほしくないのに当たるのは迷惑でしかないのに――。
ウィシアのほうを見やれば、今までに無いほど真剣な顔をしている。周囲に視線を走らせる彼女が、小さな声でたまに「生体反応なし、赤外線視野反応なし」と確認を取っているのが聞こえた。
当然かもしれない。敵陣に乗り込んだ以上、どこから刺客が現れても不思議ではないのだ。
〈魔石〉を左手に、右手は拳銃のホルスターの上に。生活感が見られないほどに清潔すぎる通路を走りながら、レリオスは時折響くチリチリとした音に気をとられかける。
十字路の左右の通路が、右肩上がりの坂になっている。一度壁際に身を潜め、周囲を見渡したアルセが覗いてみろと合図してきて顔を出す。
前方の通路は右斜め奥へと折れ、途中から見えない。右の上り坂の先には、恐らく地上へと繋がるだろう螺旋階段。左の下り坂は、右の上り坂と緩やかに結ばれたスロープのような感じで、恐らくは荷物運搬用のエレベーターだろう扉に向かっている。
「今まで人の姿はなかったけど……」
「地上に出たか、ディードの所に直接乗り込んだかだろうな」
地上で戦うなら、敵の数が多くとも脱出して散らばる事は可能だ。味方が捕まり、情報が漏れる事を想定して、もう地下拠点に戻るような真似はしないはず。
「アルセ、何か聞いていないか?」
しばらく躊躇していた青年は、苦々しい顔で口を開いた。
「極秘事項らしくて、僕には教えてもらえなかったよ。僕だって戦えるってのにな……基本的に、安全確保の班はこっちに来る事を許されちゃいないんだ」
女性や子供達の安全を怠りかねないからだろう。結局、アルセはこうしてやってきているけれど。
「
「それを探すだけの時間も、探せるだけの人員もいなかった上、恐らく原因はこの館の中」
頷くアルセ。ウィシアが赤外線視野などで確認を取りつつ、少し額に手を当てて息を吐いている。
「大丈夫か」
「あ、うん。こんなに長い間視野を展開し続けたのって初めてだから――大丈夫。ちょっとくらくらしただけだよ」
曖昧に笑う少女。レリオスはしばし黙って見つめていたが、頷いてアルセに視線で尋ねた。
右もしくは左。どちらかが中枢に延びているはずだ。
アルセは頷き、けれどやや躊躇うように右を見やった。やがて左のエレベーターを見やり、右へ行こうと合図してくる。
螺旋階段の上に行くか、下に行くかでやや無言の論争が巻き起こったが、結局一度地上へと行く事になった。地下に降りて非常口を見つけられなかったら最悪だという、アルセの主張に打ち勝てる理由をレリオスが持っていなかったのだ。
螺旋階段を一気に駆け上がりつつ、真ん中のウィシアが不安そうな様子で周囲を見渡している。
「変だね。なんで争った後が一つもないんだろ……」
「マーフおじさんだけだったもんな……」
アルセの表情も暗い。レリオスは周囲の音を聞きながら、ふと立ち止まった。
前方を駆け上がっていたアルセ達も止まっている。
「どうし――」
「喧騒だ……外に人がいる」
螺旋階段の先に見つけた出口へと走り、先に飛び出したレリオスは思わず立ち竦む。後ろから慌てて追ってきたアルセとウィシアも息を呑んでいるではないか。
地下シェルターにて隠れていた
大型の天恵魔術を形成した一部の魔術師が、一気にアンドロイド達へと巨大な水や雷の天恵魔術を浴びせて回路をショートさせている。
周辺に溢れ返る香りの中には、人の紅だけでなく、アンドロイドを動かす命の香りすらもあるような。
凄惨な状況に、レリオスは言葉を失った。
そんなはずはないのです、だってレリオスを匿ってたのはボクですよ、覚えてるはずです! あれだけ泣いてたのに、忘れるなんて事できないですよ!
――掠めない。
ルフが教えてくれた、
「ルフ!」
アルセが叫んだその先、一匹の猫がぴくりと耳だけ反応した後、アンドロイドへと特攻している。装甲がはがれてむき出しになったケーブルへと、口に咥えた短剣を突き刺して素早く飛び退いた猫の相手が、がくがくと震えながら機能を停止していくではないか。猫のエメラルド色の瞳が自分達を見て一度だけ、大きく見開かれて一気に戦線から後退していく。
「えっ、ちょっとルフ!?」
ウィシアが追いかけようとしたその傍、レリオスが勢いをつけてウィシアに体当たりをしかけた。一緒に倒れ、頭上を狙った光線が外れていくのを見て、二人揃って背中から冷たい汗が流れていく。
「僕達まで標的扱いかよ! とんだ光栄だな!」
レリオス達が草むらに隠れたからだろう。今度はアルセ目がけて光線が放たれ、すぐに飛び退いて螺旋階段の出入り口まで退避する青年。すぐに天恵魔術を紡ぎ、完成寸前のところで身を踊りだして的を定めた。
「
二、三体を範囲に巻き込みはじける雷達。近くにいたアンドロイド達も、低威力ではあったが巻き込まれたようだ。数体が起動停止したのを草陰から見たレリオスは、襟首を捕まれて無理やり状態を起こされた。目の前に戸惑いと怒りをあらわにしたエメラルドの瞳の少年を捉え、思わず身が竦む。
「何しに来たんですか! あれだけ――! 先に退去するよう言っていたでしょう!」
「
「おい、こっちだ!」