シェル=シール

 -無彩スタのレリオス-

第08話 02
*前しおり次#

 先に上体を起こしていたウィシアが、近付いてきたアンドロイドの機能を止めた。苦しげな顔をしつつ、レリオスとルフの腕を掴んで螺旋階段のところまで退避する。
「それ、僕達は聞いてなかったけどな」
 どうやらルフの怒りが聞こえていたようだ。アルセは長剣を抜いてアンドロイドに備えたまま腕組みをしている。
「僕達は『置いて行け』って言われたよ。スパイの危険性もあるからってな」
「え……!?」
 目を見開くウィシアを抑えるように手を上げ、レリオスはルフを見やった。
 悔しげな獣人族の少年の姿を見て、想像がついた。
「全員が全員、俺達が味方だと納得してはくれなかった。そういう事だろう。――俺が本当にレリオスかどうか、皆疑っていたんだな」
 ルフの拳が強く固められる。ウィシアが言葉を失って口を押さえているのが見えたが、あえて気に留めなかった。
「俺は誰なんだ、ルフ。俺がレリオスじゃないのは、ルフも知っているんじゃないのか」
「――ボクも、分からないんですよ」
 喧騒がなければ、これだけか細くてもきちんと聞こえていたはずなのに。
「レリオスからは、ボクが覚えてるモノン家の香り≠ェちゃんとあるんです。レリオスが持っていた拳銃だって、アブルさんのものでした。馴染んでたんですよ。レリオスで間違いないって、ボクはずっとそう思ってるんです。記憶がなくなったのも十年前のショックが原因で、その後感情を奪われたなら無理もないんじゃないかって……薬品の臭いが取れたレリオスの臭い≠チてこんな感じなんですねって、初めて分かったんですよ」
 だからルフにも、分からなかったのか。
 ずっと病弱だった上に、ベッドから出られる時間は限られていた。それはアルセから聞いた事だ。同じだけ、薬品や病院の臭いや、清潔すぎて石鹸の臭いしかしないような部屋にいたのは、想像がつく。
 十年も経てば変わるだろう見た目の代わりに、ヴィオス族が頼りにできる獣化した際の嗅覚は、全て分からなかったのか。
「――俺が走り回れるようになった時期は、俺と会っていないのか?」
「いいえ。丁度その時期には、隠れ猫キャッツアイとして働いてました」
 アルセに視線を向ければ、やはり頷いている。
 やはり全てを知るなら、この館の中枢に触れなければいけない。そんな気がする。
「――ルフ」
「戻ってください。三人とも全員」
「残念だけど、もう僕らは帰る気はないからな」
 鞘をくるくると回しつつ、隠れ場所に気づいたらしいアンドロイドには剣戟を見舞った後、ウィシアの純力の刃≠ェ止めを刺す。憤然とした少女は他に敵が近寄ってこない事を確かめ、ルフを見下ろしているではないか。
「ルフがあたし達を遠ざけたかったのは、なんとなくでも分かるかな。あたしを製造していた事にこの館が関わってたら、あたしはみんなの敵に回っちゃうかもしれないもんね」
「分かってるなら」
「回らないよ。あたしは心宿りし人口生命体エレメンツ・ハールツだよ。あたしの主人は、あたしが探してる人だから。あたしを外に連れ出してくれた人と、そのお子様だから。製造主の命令は国際法でも、主人の命令より支配レベルが低いんだよ?」
 牙を剥きかけるルフを見、レリオスはぼそりと呟いた。
「そこまでついてきてほしくないなら、俺達は別行動をとる。勝手に中枢に行っても文句は言わせないぞ」
「それとこれとは別です、帰りなさい!」
「どこに帰れって? まっさかあの地下シェルターとか言わないよな? 僕は途中でモリーおばさん達と離れたから、集合場所知らないし。どうすればいいっていうんだ?」
「命令違反もしすぎでしょう!」
「俺は既に」
 有無を言わせたくない。なるべく声を大きく出した途端、ルフが睨みつけてくる。
「俺にはもう帰る場所はない。家に帰っても母さんが危ないだけだ。地下シェルターはいずれ見つかる。もう隠れられる場所はないだろう。ここまで来たなら、どうせ逃げても追っ手をつけられて、すぐに暴かれる。ルフも分かってるんだろう」
「ですが」
「ここまで来た以上俺達も真実を知りたい。『義勇軍』メンバーとしてじゃなくても構わない。――父さんが生きているかもしれないんだろう」
 ルフの口が、きゅっと閉じられた。やがて視線を落とし、溜息をつく。
「アブルさんのほうがまだ憎めましたよ……なんなんですかこの馬鹿正直っぷりは」
「『喧嘩は子供の我が儘で、戦争はその延長』なんだろう」
 ルフの目が確かに見開かれた。再び見上げてくるその顔は、信じられないと言いたそうで、光を灯したようで。
「なら、その延長の先に子供のような馬鹿や正直者がいても、不思議はないんじゃないか」
「――っ……覚えて……!?」
 なんとも言えなかった。言えない代わりに、螺旋階段へと集中し始めたアンドロイド達に銃弾を数発見舞って牽制する。
「はぁあああああああっ!」
 気合の一声と同時、巨大な輪刀が上からアンドロイド達を一刀両断にする。地面に食い込んでやっと止まった刀の目の前に着地する少女のシルエットに、ウィシアが目を見開く。
「ベルタ!」
 振り向いた少女は白金髪の三つ編みを揺らしつつ驚き、すぐさま表情を鋭くして輪刀を構えている。アルセがぎょっとしているではないか。
「ここの防衛は任せてよね。おじさん、レリオスさんとウィシアお願いね!」
「えっ、こいつがベルタ!? 嘘だろ!?」
「あんた誰よ」
 さっくりと一撃の台詞を刺す少女は、アルセの顔すら見ていない。わなわなと震える青年を、ウィシアが苦笑いして抑えるも、明らかに効いていない。
「アルセ・イレクスだっ! お前相っ変わらずレリオスしか見えてないのかよ!」
「えっ、アルセ!? 嘘うそないない。悪戯ばっかりのアルセがそんなに格好良くなったなんて信じられなーい。レリオスさんのほうがかっこいいもん」
「言わせとけばこのレリオス馬鹿が! 大体レリオスは俺の弟だ、誰がお前みたいな我侭女とつき合わせられるかよ!」
「血縁も何も関係ないくせにレリオスさんを弟なんて呼ばせないわよ! わたしがレリオスさんを守るんだから! アルセっぽい人ははあっち行っててよね!」
「ふざけんな一緒についてきてすらいなかったくせに! 何様だお前!」
「ベルタ・レーゲン様に決まってるでしょ!」
「はっ、大した格も功績も持ち合わせちゃいないくせに我侭放題に育ちやがって! これだからお前にレリオスは譲る気ないって言ってるんだよ!」
 ぎゃあぎゃあぎゃあ。
 一緒にアンドロイドを切り捨てては防衛しあいながらの言い争いを見つつ、当のレリオスはいつもの真顔。ルフやウィシアは魔術を紡がなくてもいい戦況になりつつある事に、ただ半眼を向けるだけ。
「……なんなんだ」
「相っ変わらずですねぇ、このやり取り。おかげでおじさん動く必要なくなりましたよ」
「昔もこんな感じだったの?」
「ええーそうですねぇ。兄貴面したいアルセと、お嫁さんになると言って聞かないベルタはかなり仲悪いですよ。本人達の認識では」
 むしろあれは仲がいいだろう。
 十年も経って互いの感覚は明らかに違うはず。なのにあの息の合い具合は素晴らしいの一言だ。ベルタが薙ぎ払ってもまだ動ける機械へとどめを刺すアルセ。逆にアルセでは破壊できない固い装甲の敵へは、ベルタの容赦ない輪刀ブーメラン。彼女の武器が手元から離れた際はアルセが周囲を掃討したりと、初めてのコンビネーションだろうに乱れた息が一つもないとは。
 上から雨にも似た矢が落ち、矢の一つ一つに刻まれていたのだろう刻印が発光してアンドロイドもろとも爆発したりと、ベルタの父タチイの援護も見受けられた。
「アルセか!? 大きくなったなお前!」
「げぇっ、タチイおじさんいたのかよ!?」
「いて悪いか! ルフはどこにいるんだ!?」
「あーはいはいここですよー。おかげさまで楽させてもらってますねぇー」
 ひょっこり階段入り口から顔を覗かせたルフへ向けて、筒状の物体が落ちた。頭すれすれに落ちたものを見て、ルフは筒を投げ返しそうになっているではないか。
「ちっ、外れやがったか。刻印一式、頼まれて持ってきたぜ! セシリアに感謝しろよ!」
「舌打ち以外は感謝しますよーっと。それじゃ行ってきます、皆さんも楽しんできてくださいねぇー。アルセはベルタとお願いしま」
 ずしゃん。
 ルフの近く、入り口付近に叩きつけられたアンドロイドが、一気にひしゃげて崩れ落ちた。投げつけた張本人達の目は、きっと獲物を見つけて興奮しきった肉食獣とは、こんな目をするのだろうと想像したくなる域に突入している。
「ベルタ、お前はここで居残りだぞ」
「分かってるわよ……!」
「はっ、様あ見やがれ。僕はついてくぞ!」
 駆け戻ってくる青年の、あの嬉々とした勝利の笑み。
 レリオスは思った。
 なんでこの二人はここまで互いを毛嫌いするくせに、仲がよく映るのだろうと。
「ボクらが下水道で一戦交えた事が、大型のアンドロイドの通信機能を通じて内部に知らされましてね。おかげで作戦は失敗したわけなんですが、地上からレーゲン達が撹乱してくれたんですよ。本人達も丁度今日乗り込んで騒ぎを起こす算段だったそうでして」
 螺旋階段を地下へと駆け下りながら、ルフが息を乱した様子もなく教えてくれる。
「それで一部のアンドロイドが地上に向かったのを見て、一気に内部に突入したんです。一度に処理する情報が多すぎて一瞬だけ混乱したアンドロイドの配線をぶった切ってやったんですが、中々にしぶといものでして。先に地上から片付けるつもりだったらしく、ボクらには見向きもしていませんでしたよ。
 その後はこことは違う階段を駆け上がって、地上で三人と合流できたわけです。まさかあなた達までやってきていたとは思いもしませんでしたけどね」
 アルセは平然とした顔で、ウィシアは苦笑いで。レリオスは素知らぬ顔のまま駆け下りていく。ルフは呆れはてたままの顔だ。
「どうやってきたんです? 通常経路の班を追ってきたんですか?」
 恐らくはマーフがいただろう班の事を言いたいのだろう。レリオスは首を振る。
「下水道のマッピングの法則性を利用してきた。数字が若くなっていけばいくほど、領主の館に近付いていたはずだとアルセが教えてくれた」
「アルセがですか? 珍しいですね、下水道を逃げ回っていたのはボクでしたけど」
 やや感心したような顔になるルフ。アルセは肩を竦めているではないか。
「兄貴が自然区の地下拠点に行くのに、こっそりついてっただけだよ。一回怒られて、下水道を使って返された時に教えられたんだ」
 言い知れない何かが、ある。
 アルセへと深く聞きはしなかったが、レリオスはひとまず流した。
「ひとまず最優先すべきはインブンのおじいさんの救出です。そこから中枢になっているはずの制御室へ向かい、一気に攻め落とします。本当ならボクが獣化してしまえば早いんですが、失敗は許されませんからね。途中、証拠となりそうな物品を押さえていきましょう。エネルギーを供給している炉室を沈静化できれば最高といったところでしょうかね」
 それと、あなた達三人を別ける事はしません。
 言いつつ走りながら短剣を手に握り、手摺に足を掛けると跳び上がり、そっぽを向いていた天井近くのカメラを破壊した。
「一人ぐらい身軽でいたほうがいいので、ボクはその場に応じて動きましょう。できるだけインブンのおじいさんの救出を優先します。あまり長くは離れませんよ。全員実戦経験がある様子とはいえ、まだこういう事には慣れてないでしょう。あ、ボクがはぐれても放っておいてくださいねー。後追われても多分獣化しますから」
 先ほどの戦いで、身を竦めていたのが見えていたのだろう。アルセはむっとしたようだが、言及する気はないようだ。
 ルフが飛び出して立ち止まる十字路は、先ほど通ったのとはまた違う通路のようだ。造りは一緒でも、雰囲気がやや異なる気がする。
「――何? なんだか変な感じがするよ?」
「制御室周辺の仕掛けでしょうかねぇ……慎重に進みますよ」
 ルフが周辺を見渡し、ウィシアも各視野を展開。アルセとルフが先行し、ウィシアとレリオスが後を追う。
 ほとんどが地上で『義勇軍』と戦っているのだろうか。不思議なほど静まり返った通路を右に曲がり、斜めに折れた道をひた走る。
 途中、いくつか扉が見受けられたが、人が住んでいる気配がない。
「――貴族の上役の姿がないぞ」
「妙ですね……上を押さえる以上あいつらが顔を出さないはずがないんですが」
 ルフとアルセも表情が険しいまま。レリオスは不意に後ろから妙な音を聞いた気がして振り向き、すぐに拳銃の照準を合わせた。全員の足音が急激に止まる。
 黒の装甲で騎士の鎧を象ったアンドロイド。近接戦闘に特化した軍事用アンドロイドではないか。
黒鎧の騎士イポティス! 装甲の固さが自慢で重槍ランスのリーチも強い、典型的な軍事用アンドロイドだよ!? 館の中に置く必要が一番ないはずなのに……軍馬車チャリオットがないだけましって事!?」
「軍馬車があったら洒落になりませんねぇ。確か黒鎧の騎士の核回路あたまを上手く破壊できても、軍馬車と繋がれば首なし騎士デュラハンとして復活するんでしょう? ひぃぃ、いなくてよかったですよ! っていうか十年もの間これ役立たずだったんじゃないですか!? 埃被って回路死んでたらよかったんですけどねーっ!」
 それは絶対無理だと、レリオスは知っている。
 軍馬車と合わせれば小国家の半年分の予算は費やすと言われているほどのものだ。それが埃ごときで回路が死ぬなんて、むしろ「金返せ」の世界だろう。
「で、これ型式何年です? 最新型だったら絶対無理!」
「ううん、二十年前の骨董品アンティークレベル!」
 二十年前なら軍馬車と繋がる機能はなかったはず。レリオスはルフから渡されていた銃弾に手を伸ばし、弾層を入れ替えた。
 再び照準を合わせるため前を見て、槍で突く体勢を取ったアンドロイドを見て慌てて避ける。足元に前の弾丸が散らばってしまった。
「レリオス、魔弾は数限られてますよ! アルセ、装甲の破壊のサポートお願いしますですよ!」
「分かっている!」
「了解っと!」
 詠唱を簡略化し、印を切る剣士。靴底が輝き、〈魔石〉をしまうと剣を抜いて走り出す。


ルビ対応 2020/10/09



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