そうすると、普段はアンドロイドに任せてある実家の商店の案内まで頼まれ、この体たらくである。
さほど広くない、下位層――平民用の土産物を置いてあるこの商店。アンドロイドに全て任せているようなものだが。
そしてレリオスはと言うと、父が
もちろん、そんな話をすればまた疑問の嵐を巻き起こすであろう少女の前では、聞かれない限り絶対言わない。
泊まる場所がないから泊めて、街の案内を頼まれた程度の仲の者に、そこまで話す必要もないだろうとすら思う。
――気のせいか、妙な予防線を張っている気もしなくもない。
「おいしーいっ。このお煎餅、味付けが最高だよっ」
「そこの工場で大量生産されてるぞ」
そう言えば、少女は複雑そうな顔をする。
「えぇ、味まで工場で管理されてるの……手間暇かけて焼いたんじゃないの?」
「さあ。俺は習ってないから知らないな」
手間暇かけて焼くのは遠方の
けれど、昨日ウィシアに言われた事のせいか、この街に対して少しずつ違和感を感じるようになっていた。
レリオスの物心がついた、その最初からこんな街だったというわけではない。もうほとんど覚えていないが、前は人々の行き交いがそれなりにある街だったのだそうだ。
生まれて十九年になるが、今はその面影は全く見えない。養育は全てアンドロイドに任せられ、それらは感情を持たされていなかった。感情が動くための動力源とも呼べる核〈
事実、人口生命体生産の中心地のひとつであるこのスタでは、街の特色からか一体も見当たらない。レリオスも、ウィシアが初めて見る魔的人工生命体だったのだ。
確か、養育所で習った情報では、エレメンツ・ハールツは最新型ではなかったか。今までで最も多彩な感情表現力と、その感情が成長を遂げる事が、これまでのアンドロイドにはなかった強みだという話だ。最初のエレメンツ・ハールツは丁度十年前に完成していたはずである。
そして、ウィシアのハールツ分類型がMW――
工夫以外に、父の勧めで密偵的な技術も身につけさせられたレリオスもまた、天恵魔術によって造られた短剣を持ち合わせてはいる。だから特にウィシアの型式に驚く事もなかった。驚くという事自体、随分とやっていない気がするが。
そんな父は今、行方不明だと知らされている。
「で――本題の探し物はどうするんだ」
自分が感情を出す事が禁忌に感じて、レリオスは悟られぬよう無表情にウィシアへと尋ねる。巨大な煎餅を必死に頬張る少女が歯を立てる度、小さな欠片がぽろぽろとこぼれる。
――掃除担当の
「あ、うん。わっ、あー、またこぼれちゃった……えっとね、一応目的地には着いたから、後は
処分される事を恐れてだろう。魔的人工生命体は声を小さくして、不安そうに言っていた。レリオスは記憶を少し掘り起こして頷く。
「ああ。製造主が生きているのなら、魔的人工生命体の場合特例でしばらくの間は処分されない。ただ、
「――まあ、そのはずだったんだけど……」
気まずそうにため息。そしてゆるゆると首を振る。
「あたしの型式、知ってるでしょ? 普通軍隊所属のはずの型が、何で感情を持ってるかって感じでしょうし……」
「主人もしくは製造主が戦闘マニアだったら、可能性は高いが」
「それなら普通取引できないよ。知ってて言ってるでしょ」
桃色の瞳のアンドロイドはむすっとする。これではどちらが人間か全く分からない。
「まあ、そうだろな。一般人だったのか? お前の主人」
「
「――それなら、盗賊の事を考えて『魔的人口生命体』を傍に置くのは納得だな」
恐らくは、このアンドロイドは旅先で主人を亡くしたのだろう。少女の頷きに、レリオスははたと思い留まる。
「何でこの街に来たんだ? この街じゃエレメンツ・ハールツは生産されてないぞ」
「でも、あたしこの街で生まれたみたいだよ。型式はスタだったじゃない」
エレメンツ・ハールツMW―ST五二一六三。確かに、STが製造地をここと語っている。
あまりにも奇妙な事実に、レリオスは戸惑った。困惑して、しばらく考えて――現在が養育用アンドロイドのメンテナンスによる長期休暇である事も思い出し、決める。
「俺の行きつけの店に用事があった。寄ってもいいか」
「えっ? うん……?」
気になる。この街の秘密の部分に触れていく自分が、何故だろう。とても心を軽く感じる。
今まで感じてきたもののどれとも違って、レリオスはその感じるもののままに道を突っ切った。
道ゆく人、人。それらの目が放つ光は、どうしてだろう。アンドロイドの目と大差がないように感じられる。昨日ウィシアから突きつけられた言葉のせいなのか……。
――つい昨日まで、自分もこうだったのか?
その事に、何の疑問も持たなかったのか?
下位層となんら変わりがない自分たちの生活に疑問も抱かなかった。それは今でも大して変わらないような気もする。疑問を抱こうという気持ちが、あまり湧かない。
それでも何となく、多くの異国の民から避けられているこの街の理由に、気付いたような気がしたのだ。
「――ここだ」
裏通りを三つ通り過ぎたその場所に、古ぼけた修理工場があった。魔工機材専用となっている。ウィシアはぽかんとした。縦に細長いその店に、どこか違和感を覚える。
「ここって……ちょっと待って、あたしどこもおかしくないよ!?」
「いいから来い」
「ちょっとおおおおおおおっ!」
ずりずりと引きずられ、思わず悲鳴を上げるウィシア。けれど、中に入ってその悲鳴はぴたりと止む。
パイプを吹かしている老人がひとり、本がびっしりと積み上げられたカウンターで暢気に機械のカタログを読んでいた。その目は意思のある光を示している。
……奥の方にようやく、修理待ちらしい魔工製品が見えた。
「インブン爺、十年ぶりだな」
「何じゃ、アブルのとこのガキンチョか。お袋さんそっくりになりおって」
「そっくりになるのは遺伝で決まっているだろう。それより、このアンドロイドの型式は本当にスタ製か?」
老人は肩を竦めようととして――しかし、ウィシアを目に留めた瞬間大きく開眼する事になる。
「こりゃ驚いた……エレメンツ・ハールツか!? しかも
「……おじいさん、凄いですね……あたしの型式、見なくても分かるなんて」
「型式なんぞ確認を取るだけに過ぎん。見たところ軍隊所属ではなかろう。一般人の持ち物だったのかな?」
「え、何で分かったの!?」
「普通、貴族に仕えているならそんな言葉遣いはしないだろう」
はた、とウィシアは顔の動きを止める。しばらくして重くため息をついた。
「そういえばそうだよねぇ……あたし固い言い方苦手なんだぁ」
「ふむ、十分すぎるほどに感情の生育も上手く行っておるようだの。お前さん、主人は?」
「――旅先で互いに行方知れずになっちゃって……ここに来れば
「で、その街がこの『無彩』だったというわけか……ふむ、表立って製造された話もなければ、一番必要な機材もこの街では生産しておらんからのう。何せ見て分かるとおり、感情のない街じゃ。レリオスはようやっと、少し思い留まったようじゃがの」
ウィシアはぽかんとした。レリオスはどうでもいいと言わんばかりに口を開く。
「それで、調べられるか」
「残念ながら裏まで調べるのは難しいじゃろうて。この老いぼれにはそこまでの体力はないわい」
「嘘を言えとは誰も言ってないぞ、爺」
「……嘘を完全に見抜くその素晴らしい直観力には、毎度の事ながら脱帽じゃの。しかし骨が折れるのは事実。それまでにエレメンツ・ハールツが回収されなければよいのじゃが。……一応分類としては擬似生物じゃからして、人と同じように動いて、関節も見せなければ何とかなるとは思うがの」
無理だ、とレリオスは思う。既に母にはばれているのだ。一日の報告で全て吐き出させられれば、あっという間にばれてしまう。
そしてその報告のための時間まであと三時間。説得したとしても聞き届けてはもらえないだろう。この『
「――レリオス、お前さん、嘘をつける自信はあるか?」
「ないな。あんたと違って、俺はこの街に染まりきった人種だ。母親もそうだし、見つかるのも時間の問題だろ」
「ふむ。何とかしてお嬢さんを匿わねばのう……街には至る所に監視の目があるからして。ごまかすならここが一番じゃの」
「……え、あの……?」
ぽかんとして、やがて意味を理解したかのようにぎょっとして後ずさるウィシア。本当に感情表現が多彩だと男二人は思う。片方は露骨に顔に出している。
「安心なされ、さすがにどういった構造かと、探ったりはせんよ。壊れてもいない作品に手を加えるなど恐れ多いわい」
「そういう問題じゃなくて! あたしここに泊まるの!?」
「ほかにないだろう。母さんにはばれているんだぞ」
「じゃあどこに居たって一緒じゃない!」
「ここに居れば自動的に存在を忘れられるから大丈夫だ」
「どういう保障よそれ!」
「こういう保障じゃのう」
「答えになってませんってば!」
地団太を踏んでいる少女。息を切らしながら睨むアンドロイドに、青年は無表情に口を開く。――これでも精一杯呆れた顔をしたつもりだった。
「なら俺もここに泊まればいいのか?」
「――え?」
「独りで泊まるのが嫌なんだろう」
「…………」
「しかし、レリオス。お前さんがここに残るのはちと危険じゃぞ。繋がりがない事になっておるのじゃからして……」
「いざとなったら
「いっそのこと爺、確か用意していなかったか。俺の記憶をコピーさせる事ができるアンドロイドを」
「居ない事はないが、動力源がのう……それに、あちらさんは同族を見破るぞい。あれは
「それもそうだな」
「……あっさりと切り捨てる辺り、本当に染まりきっておるの、お前さん」
ため息をひとつついて、インブン老はやれやれと首を振る。
「ひとまず、お嬢さんの擬装用のアンドロイドを今から形だけ作ってやるわい。三時間ほど待っておれ。アンドロイドに外へと行かせてしまえば、お嬢さんはここに残れるのだからして」
レリオスはひとつ頷き、店の奥へと勝手に入っていく。おろおろと辺りを見回すウィシアは、インブンが彼の後へと続けばいいと言ったのを期に、すぐにその意見に従った。
――自分も同じような製造パターンとはいえ、どうしても製造の場面は苦手なウィシアだったりする。
レリオスの後へと続いて奥へと進むと、壊れかけの機器は全てレプリカだった。わざと壊してあるというか、色々と床に撥ね戸があるらしく、絶対に重たくて動かせないだろう機器の下に、よく注意してみなければ到底分からないだろう微妙な板の境目がある。
「――下にはどのぐらい道があるの?」
「練習場の数だけ、だな」
「練習場?」
何のだろう。小首を傾げた次の瞬間、目の前を歩いていたレリオスが急に立ち止まり、ウィシアはそのまま進もうとしたために勢いよくぶつかった。レリオスがよろけ、少女は顔を引きつらせる。
「ご、ごめん……そうだよね、あたしの方が体重重いんだよね……複雑」
「総重量を気にするぐらいならパーツを減らすか?」
「……ごめん、今本気でレリオスの首絞めたくなった」
「アンドロイドに関する対人法で、自己防衛以外の人間に対する攻撃は、戦争時の戦闘機以外一切認められていないぞ」
言い返せないだけにむっとするしかできないらしいウィシアの頬が膨らみ、不満を訴えている。
けれどレリオスは狭い足場の中、振り返りもせずに撥ね戸を開くだけ。
とても手の届きにくい上に、視界から隠れた機器の間にあるスイッチを押して必要最低限に機器を浮かせる。それだけでウィシアは舌を巻く思いだ。
よくこんなもの、作れるなぁ……。
戸の奥へと続く階段を下っていけば、ウィシアは先を進んでいたレリオスが階段を下りた先にある証明のスイッチを入れたのをはっきりと見た。アンドロイドは暗闇の中でも暗視が効く。一瞬で光量が増えた部屋に慣れるため、すぐに目に入る量を調節した。――多少、反応が遅れたらしく光覚センサーが妙な目眩を起こした気がするが。
そして慣れてきた目で階段の先を見渡せば、飛び道具一式が壁にずらりとかけられている。細長い部屋の最奥には的が平行に十。ウィシアは目を丸くする。
「練習って……こ、これ!?」
「ああ」
「ああって、飛び道具……! この街、飛び道具はよかったの!?」
「中流階級以下の市民が使う事は原則的に禁止だな」
「じゃ、じゃあ何で……!?」
レリオスはそれには答えず、自分のコートの裏から一丁、銀色の拳銃を取り出した。それなりに使い込んである上、超小型のサイレンサーまで付けられているのだから、ウィシアはぎょっとする。
「ま、まるで盗賊ね……」
「父親が裏で情報屋をやっていたらしい。今行方不明なのは、鉱山での仕事中にふらりと居なくなったからだそうだ」
淡々とした口調。ウィシアは首を傾げた。
レリオスを覗き込む大きな桃色の瞳は、普段の輝くような色ではなく、やや不安そうに翳っていた。