「レリオス、バックアップ頼むぞ!」
「鋼の刻印 父の刃にて刻め=v
〈天恵の魔石〉を手に、事前にアルセから教えてもらっていた詠唱を紡ぐレリオス。
「痛み蝕まれし
母腕に抱きし子 折れぬ
重槍が迫ってきた。ウィシアがレリオスの前方に結界のようなものを作り出し、なんとか弾く。
「
アルセの長剣の上を銀色の光が取り巻き、刀身を覆った。ルフが槍を翻弄するうちに、敵の鎧の継ぎ目目がけて獲物を振るう。
凄まじい金属音が響き渡った。アルセの腕が痺れたように震え、本人の顔も苦いものとなっている。
「かってえっ! 武器の威力最大限に上げてもこれかよ!」
「純力の刻印≠ナダメージを優先するか!?」
「そうしたら僕の武器が折れた時洒落にならないぞ! お前〈魔石〉なしで刻印刻めないだろ!」
他の天恵魔術で刻印を刻む場合、前に刻んだ刻印の効果が薄れていくのは基本中の基本。アルセの武器の威力を上げている以上、レリオスは他の〈魔石〉を使わない限り威力を保てないのだ。というより、レリオス自身が天恵魔術に関してあまり習熟していない結果である。
「他の〈魔石〉があればいいのか……?」
「う、うん。インブンさんの工場に置いてこなければよかったね……」
「――〈魔石〉なしでも天恵魔術は使えないのか?」
「え? あ、うん。威力は格段に劣るけど、〈魔石〉はあくまで魔力を引き寄せるための手段に過ぎないから。アルセもさっきやってたでしょ――え?」
隣にいたウィシアに〈天恵の魔石〉を渡し、レリオスは手の平に〈魔石〉があるよう自分に言い聞かせる。理性が強すぎた今までは、間違いなくそんな考え起こそうとも思わなかっただろう。
「純力の刻印 仇なす者を切り刻め
天恵の絆 砕きし意志は腹の子の戯れ
身に収めし牙 純の力となりて閃かん=v
右手の上は見ない。見て現実を確かめては意味がない。
左手で印を切るように手を動かし、呼び起こす。
「
黒鎧の騎士の真正面から後ろまで、エネルギーの刃が鋭く貫いた。騎士の真上に飛び上がっていたアルセが頭の継ぎ目に上手く着地し、刃を突き立てる。
「刃の刻印 閃け 無垢なる力!=v
新たな刻印が刻まれ、レリオスが刻んだ刻印が消えていく。
「
魔力の光が剣を覆い、アルセはこじ開けた継ぎ目にもう一度刃を一閃させた。
まだ残っていた威力を上げる天恵魔術も手伝ってか、黒鎧の騎士の配線が一気に切断される音が響く。
スパーク音を聞き取ってすぐに飛び降りたアルセは、ルフと共に後退し、獣人族が手榴弾を投げたのを見て一同は奥へと退避した。
爆破音。
もう一度覗いてみて、レリオス達は内心にしろ表情にしろ、ひたすらげんなりする。
「爆弾でもへこむだけって、どれだけ固くしてるんですか」
「
「……アンドロイドらしいよなぁ、そういうところは」
さすがにそこは、レリオスも否定しようがなかった。
逆に上のアンドロイド達が倒れても悲しい目をしていたのは、同族が倒される様がそれだけ痛ましかった以外にも、予算的なものも絡んでいたのかもしれないけれど。
「っと、そうでした。黒鎧の騎士が国家予算級ならですよ。目的の部屋は近い可能性があります! さっさと行こうじゃありませんか! あ、レリオス。さっきの弾丸は拾いに行かなくてもいいですよ――って、あーあ」
もう既に拾いに行っていたレリオスを見やり、ルフは苦笑いをしているようだ。ウィシアは近づいてきて肩を叩いている。
「危ないよ? まだ動く可能性もあるんだから。国家予算級ともなると、魔力線を乱しただけじゃ動いても不思議じゃないんだよ」
「そうなのか――あ」
ずしん。がしゃん。
重たい音が響き、レリオスとウィシアは固まった。
「はひ……? え、もうメンテナンス終了のご挨拶だなんてそんなぁ……」
重槍の先端が、突端より少し離れた位置から外れて砲身をあらわにした。 狙う先は真下のレリオスでもウィシアでもなく――
「ルフ、アルセ!」
「嘘だろ!?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
爆音。
咄嗟に近くの通路に隠れたレリオスは、すぐ横の扉を叩いて開け、身を潜めた。ウィシアにもついてきてはくれたが、どちらも呼吸が震える。
重たい足音が遠のいていく。もうもうと立つ煙が閉まった自動ドアの隙間から入り込み、咳き込みそうになったウィシアの口を押さえ、足音が遠ざかるまで震えたまま声を出さないよう必死で耐える。
まだ響く重たい足音を聞きつつ、レリオスは壁に背を預けてできるだけ静かに息を吐く。
――震える。
「レ、レリオス……」
「……俺の判断ミスだ……」
魔力線を乱せば大丈夫だと安心しきっていた。下水道のアンドロイドで実際証明されていた。
戦争に持ち寄られる
ウィシアは何も言ってこなかった。やがて首を振ってくる。
「――黒鎧の騎士、まっすぐ通路を進んでいったよね。ルフとアルセがどっちも生きてないなら、そんな行動しないはずだよ。アンドロイドには嘘はつけないもん」
どちらかでも生きているなら。
ならばどちらかが死んでいても、不思議じゃ――
「とりあえずここなら身を隠したまま体勢を立て直せそうだね。黒鎧の騎士も、あれだけ大きいなら入って来れないはずだし――レリオス、聞いてる?」
「……ああ……」
足に力が入らない。
俯いたままの自分を見つめてくるウィシアが、やがて小さく唇を噛み締めたのを見た。
ぱんっ
音は強く、響かなかった。
けれどレリオスの顔は、ウィシアのほうを強く向かされていて。
「ここで何もかも終わらせるの? 自分で真実を知りたいからルフを追ってきたんでしょ? アルセもルフも生きてるのは間違いないの。お願いだから、自分のせいだって追い詰めないで。
失敗しない作戦なんてどこにもないよ。あたし達もアンドロイドの知識を詳しく言ってなかったの。隊が分裂させられてもそこから回りこんで、敵を挟み撃ちにして勝利した話だってあるんだよ。あたし達が信じなきゃ、あたし達が望む
震えた声。
ただぽろぽろと涙を流す少女の桃色の瞳が、大きく映る。
泣くよ、あたし達だって……〈天恵の魔石〉が擬似的な心の役割をしてる以上、あたし達だって、泣くよ
赤い稜線。
〈隕石〉によってできた湖も、その向こうの山並みも、大地も。
全て赤く、強く優しく染め上げた夕日。
その時見えたほど、今の彼女の瞳は赤くなかった。
それなのに、その顔は――
「……分かった。……すまなかった」
俯き、小さく首を振る少女。小さな雫がいくつか落ちて、けれど取り残された雫を見て。
そっと手で拭いてやると、ウィシアは驚いて固まっていた。
――思えば、ウィシアの肌に直接触れたのは、初めてかもしれない。 子供達が言ったように、きめが細やかで、張りがあって。人間の自分ですら驚くほど、女性の人の肌だ。
泣いたせいで少しだけ頭がぼんやりとしているのだろうか。不思議そうに見てくる少女に、今までの引っ掛かりを見出した気がした。
「ウィシア――」
――……
「――っ! 誰だ」
「え?」
立ち上がり、部屋の奥を見やる。ウィシアも驚きつつ立ち上がったのを見て、レリオスは手の平にあった弾丸をポーチに忍ばせ、再び拳銃を手にする。
明かりがない部屋。奥に進むうち、センサーが感知したのだろう。照明が付き、レリオス達は言葉を失った。
「これは……」
資料庫。誰かが使った形跡が少ない割に埃が払われてはいるが、紙の質が劣化しているのを見ると少なくとも五年以上は経っていると思しきものだ。
うず高く積まれた本棚。専用のキャスター付き梯子などをぐるりと見渡して、奥に扉があるのがようやっと見えた。一番奥の棚に振られた分類名の複雑な文字を見やって、ウィシアが口を覆っている。
「なんて書いてあるんだ」
「……人体、改造……『
「ちょっと待て、『魔的人口生命体』も『擬似生命型』も全て機械、アンドロイドだろう。人体改造となんの関係もないはずだ」
下水道でアルセが呟いた言葉がリフレインされる。
……お前、本当に知らないんだな
これが、そうだとでも言うのか
「
梯子を動かし、ウィシアが見ていた棚の資料を引っ張り出す。タイトルだけ魔術語で記されていた中身は、呆れ果てるほどに全て料理の内容ではないか。
けれど――
「――暗号だ」
一番最後のページを捲り、何も書き込まれていないのを見て、何度も開かれ癖のついたページを捲り上げた。
料理の内容はまだ続いていた。けれど明らかに、三文続いた後の文章が全く関係のない料理の説明を綴っている。
一文一文の頭文字を拾い上げてみたり、行頭の文字を読み上げたりして気づいた。
「――『エレメンツ・ハールツ』の強みは、今まで似ないほど人間に近い感情を持っている事、だったはずだな」
ウィシアは答えない。レリオスは再び震えだした喉を一度だけ押さえ、声に出した。
「……『エレメンツ・ハールツ』は『擬似生命体』ではなく、『改造生命型』と分類するに相応しい=v
「――……」
「〈魔石〉を埋め込む際の〈
「まだ人間に潜り込ませる事ができるほど小型化はできないが、数年も経たないうちに技術は飛躍的に進歩し、反領民達の中に紛れて活動も可能だろう」
続きを引き取るように、震える声を絞り出す少女。本を閉じ、レリオスは自分を見上げてくるウィシアと目を合わせる。
怯えた目。
今にも泣きそうで、今にも笑いそうで。
どちらの感情が本心なのかなんて、もう分かってしまう。
「……そう、だよ。あたしの型式、人間だった≠だよ……や、やだな。先にあたしの事ばれちゃうなんて」
「――ウィシア」
「本当は、ね? 嘘、つけるんだよ。アンドロイドじゃなかった、から。す、凄いでしょ。人間なのに機械になっちゃうなんて、ね? 赤外線視野だって魔力感知、だって……ほ、んとう、は……っ」
「ウィシア」
強張った顔が俯いたまま、続ける言葉を。これ以上聞けなかった。
梯子から降り、レリオスはウィシアと同じ目の高さで彼女を見やる。
「最初から、人間だった時の記憶を持っていたんだな」
「……そうだよ、あたし騙してたんだよっ。騙して都合のいいように」
「――そうなりたくて、なったわけじゃないんだろう」
少女の言葉が途絶えた。怯えたままの少女は、やはり目を合わせようとはしてくれない。
もう少し屈んで、ウィシアの目を見た。
「お前の
ただ、沈黙だけが響く。
やがて涙を溜めた少女を強く抱き締め、レリオスは泣きじゃくる彼女の頭を撫で続けた。
嘘をつけなかった、嘘だけはつきたくなかった少女の鮮やかな金髪は、哀しいほどに艶やかだった。