シェル=シール

 -無彩スタのレリオス-

第09話「魔化」01
*前しおり次#

「――あたしのほかにも、被験体に選ばれた子が、何人もいるんだって……子供だけじゃないの。大人も。
 反領主の陣営にいた人を連れ去っていたらしいって、主人マスターから聞いたんだ」
 落ち着いた頃合を見計らい、これまでの出来事を話してもらった。ウィシアには酷な事になるとしても、知らないままで解決する出来事とは思えなかった。
「ウィシアも義勇団ブレイバルにいたのか?」
「ううん。あたしは元々スタの人間じゃないの。旅商人の一家の末っ子でね、兄さんや姉さんの交渉を見たり、計算を教えてもらったりしてたの」
 黒鎧の騎士で金額の話が飛び出たのは、そういう事だったのか。
 納得が行く傍ら、それでもアンドロイドとして偽ってきた時間もまた、彼女に同族が殺される悲しみも与えていたのだろう。
「アンドロイドの奴隷型スレーヴが一体、一緒にいてくれたかな。ずっと働いてくれてたから、随分とぼろぼろだったけど。メモリに記憶されてる御伽噺とかね、よく聞かせてくれたんだよ。メンテナンスをするのが遅かったから、ここに着いた時にはもう、メモリがいかれちゃってダメだったけど」
 家族同然だったのだろうか。当時まだ幼かった彼女は、家族とはぐれた事も気づかなかったそうだ。
「夕方になってね、あのテラスに行ったの。ほら、レリオスを連れて行った場所。あそこならお父さん達を探せるって思って。でも、見つからなくて。五歳ぐらいだったから、どうしていいかもう分かんなくなって。貴族様に声をかけてもらったのも、あそこだったの」
 もうご家族は出国してしまったよ。
 そんな嘘を、彼女に伝えたという。
「お手伝いをしてくれたら、ご家族のところに連れて行ってあげるって、そう言われて。最初はね、〈魔石〉をもらったの。お手伝いしてくれる最初のご褒美だよって。次にね、〈魔石〉の使い方を教えてもらったの。使えなかったらご褒美の意味がないから、だったかな。
 それでね、最後におまじないを教えてもらったの」
「おまじない?」
 頷く少女。白紙の紙に、レリオスが渡していた〈天恵の魔石〉を手に、魔力を流さず円を書く。
 その円の中央から外へ、十字を。大小の円を周囲に描き、正十時に分けられた円の小部屋には、放射状に純力の刃エネルギー・ブレイド≠フ刻印と、レリオスが知らない三つの刻印がそれぞれ描かれる。
「天の刻印 全ての祈りを刻め=v
 聞いた事のない詠唱。紙の上を踊っただけの〈魔石〉の跡が輝き始める。
そらを待たれし母の腕 宙より注ぎし父の心
  幾千にも巡りし交わりの果て 生まれし稚児ちご ゆりかごにて産声を上げよ
  稚児抱きし父母 無垢なるままのこころに情を刻まれん=v
 輝きが一際増す。増した輝きはすぐに掻き消え、再び何も映らない白紙の紙だけが残っている。
「……なんの詠唱なんだ?」
「分からないの。昔はよく唱えさせられてたんだけど――」
 奥の扉が開いた。
 驚いて振り向く二人は、扉の奥に明かりが灯されたのを見て互いを見やる。
 拳銃を構えつつ、ウィシアには〈魔石〉を返してもらいつつ。レリオスはウィシアを後ろに回した。
「もし、貴族がここにいたら、どうするんだ」
「……人間にはもう、戻れないよ。試作体だから。〈魔化エヴィルディオン〉が進行してて、寿命は限られてるの。もう、あの人達の所でお手伝い≠キる意味はないよ」
 首を振るウィシア。レリオスは頷き、右手で彼女の手を握った。
 開いた扉の奥に見えるカプセルを見やり、ただ背中を、手を伝う汗。
「ウィシア」
「何?」
「……俺に会う前から、俺の事を知っていたんじゃないか?」
 黙り込む少女の目にも、映っていたのかもしれない。
「――うん」
 人がすっぽりと入るカプセル。縦に横に陳列され、何列も何行も連なっている。足元の機械に立ち、水槽の役割をしているようだ。
 その中に見える、立ったままの姿勢で浮いた人型。
 時が止まったように、けれど呼吸は確かにしている、口を覆うマスクから溢れる気泡。
 水泳着にも似たぴったりとした服以外、身に着けられていないその体を覆う機械は、腕につけられていたり、背中に装着されていたり。気のせいか奥に向かうほど、取り付けられた機械が小さくなっているような気がする。
「きっと、あたしもここに……一時期は、入っていたと思うよ」
 機械と繋がった皮膚の辺りからは、確かに透明なかさぶたのようなものが、腕を覆いつくしている。機械に近付くにつれ、やや薄紫がかった色を帯びているのが分かって、レリオスは自然脇腹へと手が向かう。ウィシアが不安げにこちらを見てきたが、彼はすぐに歩み始めた。
 イレイグ・サイマ、カリス・フェナー、マッカ・フレッチリー、アリステア・ストーン――。
 十年前は恐らく、ウィシアとそう年齢は変わらなかっただろう少年少女が眠っている。それだけでなく、当時既に成人していたであろう男女も見られた。へその緒がついたまま眠る、十歳頃の男の子を足元に置いたまま眠る女性の異様な光景に、レリオスは目を背けたほどだ。
「……ディードは、この事は知らないの」
 突然の呟きに、ウィシアを見やった。怯えたままでも俯いたままでも、彼女はレリオスの手を握ったまま続ける。「あたしがここに来た時、侍女と思ったみたいだったから。よくものを持ってくるよう言われたよ。途中から、様子がおかしかった気もするけど……」
 中ほどから聞こえていなかった。
 目の前に見えるカプセルの中。一つだけ空いたままのカプセルのネームプレートを読み、釘付けになる。
 レリオス・オ・モノン
「俺の名前……?」
 ウィシアも目を見開いている。慌てて見上げた先、同じネームプレートが見えたのだろう。口を覆っている。
「そんな……! なんで!? だってレリオス、どこにも機械が」
「よくもまあ覚えていたものだな」
 しゃがれた声が、最奥から響いた。
 ウィシアを守るように前に立ちつつ、声の主を見やった。貴族の証を示す制服に身を包んだ老人は、白濁した瞳をこちらに向けている。
「その声はヘティル・ピェタか。十年前モノンに連れ去られた」
「モノン――!?」
 目を見張るレリオスの腕にしがみつくウィシア。彼女の体がこれまで以上に震えているではないか。
「スターリ、様……」
「ほう、まだ忠誠心は消えていないか。嬉しい事だ。して、連れの男は誰だ」
「ウィシア、どういう事なんだ――ウィシア!」
 聞こえていなかったのだろう。大きな声を出してやっと体を震わせたウィシアは、怖々頷く。
「あたしが、施術が終わった後寝かされてた、部屋に……アブルさんが来て……丁度主人の刷り込みを、回路を通してやられた後、で……騒ぎで中断された刷り込みを、アブルさん……知らなくて……あたしの主人、は……」
 口の動きだけで伝えてきたウィシアを見、言葉を失った。
「ウィシア、その男は誰だと尋ねておる。答えてはくれまいかね」
「……っ……」
 怯えている。ウィシアに目をやるも、彼女は小さく首を振った。
「……レ、レリオ、ス……」
「ほっほ、不思議な事を言う。奴は――」
「やっぱここにいやがったか、スターリ」
 はっとして振り返った二人の後ろ、あちこちに血の跡を残しつつも、しっかりと立っている青年の姿があった。驚いて目を見開くのはレリオス達だけではない。青年が苦い顔をしたのを見て、ウィシアの手の力が強まる。
「アルセ、なんでスターリ様の事……」
「……やっぱりウィシアも被験者だったのか」
「よう戻ってきた、我が同胞よ」
 ウィシアが泣きそうになっている。レリオスは僅かにしか口を開けない。
「ルフは……ルフはどうしたんだ」
「……さあな。まだ黒鎧の騎士イポティスに追われてたらいいんじゃないか」
「アルセ――!」
「お前はレリオスじゃないんだろ! これ以上僕の名前を呼ばせる気はない!」
 大声を出しかけたレリオスを見ないように、アルセは目を逸らしているではないか。
「……約束は守ってもらうからな、スターリ」
「ほっほ。違える気はない。もちろん帰すとも。レリオスを名乗るこやつを滅してくれればの」
「ま、待ってスターリ様! 教えて! なんでここにレリオスの名前が」
 老人の顔が不思議そうな表情になった。アルセも固まっている。
「なんだよ……聞いてないぞそれ。レリオスがここにいたって言うのか?」
「おお、昔々だがな。今はもうこの中にはおらぬよ。貴重だったが、お前さんを敵に回したくはなくてな。早々に手を引かせてもろうた」
「じゃあこいつは本当にレリオスなのか!? 答えろスターリ!」

 ――……

「っ! 誰だ」
「いやいや。そやつは影武者じゃろう。恐らくはお前さんの士気を上げさせて、わしらから遠ざけるための駒と見てええ。努々ゆめゆめ忘れるな、そやつはあくまで幻をしょっておるにすぎん。本物のレリオス・オ・モノン≠ヘ、地上で工夫こうふの一人として、立派に働いとるよ」
 あまりにも穏やかな声。響くブーツの足音が、二人分。
 レリオスは老人を追おうとしたが、ウィシアが引っ張って引き戻させた。
 空のカプセル目がけ、剣圧が飛んでガラスを叩き割った。
 降り注ぐ破片からなんとか顔を守ったレリオスは、アルセが憎しみの篭った目でこちらを睨んできたのが見えた。

 レリオス……! 幼馴染だからって

 だから俺は覚えてない。それから首が辛い

 お前の首なんて知るか! それとお前が覚えてなくても僕が覚えてるんだ! いい加減蹴るぞ!

「……ずっと分かっていたのか」

 お前を助けられるかもしれない手術が行われて、実際お前は、手術後は嘘みたいに元気だったよ。でもおじさんとおばさんは逆に元気がなかった。その四年後に、あの領主が僕達を散り散りにしやがったんだ

「俺がレリオスじゃないと、最初から確信していたのか」
 刃が構えられる。ウィシアが天恵魔術を使おうとするのを止め、前に立つ。

 お前が覚えてないなんてあるはずがない。いくら手術が成功したからって、お前の心臓が弱い事に変わりはないんだからな。手術が終わっても何度か発作が起きかけたのだって知ってる。お前を一生懸命心配してたおじさんやおばさんの心が奪われた? あるはずがないだろ!

 ベルタの証言を全部鵜呑みにする気はないさ。けど言える事はある。お前はレリオスじゃない。見た目なんて十年経てばどうとでも言いようがあるんだ。本当にお前がレリオスなら、あの大量の点滴の跡がないなんておかしいだろ、手にも腕にもあれだけぶら下がってたんだ。レリオスをどこへやったんだ!

「俺が本物かどうか知りたかったから、皆が寝ている時に呼び出したんじゃないのか!?」
「お前には関係ない!」

 本当に俺がレリオスじゃないなら、ルフはここに連れてこようとはしなかったんじゃないか

 ルフも摩り替わってる可能性はあるさ。あのウィシアって言うアンドロイドを連れてくるって時点で、昔のルフならやらなかったはずだ。
 ……もし違っても、判断するのは僕だけじゃないさ。悪いけど疑ってる事を謝る気はない。もし本当にレリオスじゃなくても、領主にレリオスを名乗らされてるだけなら、そこは僕の領分じゃない。レリオスの居場所を知る手がかりがあるなら、その時は利用させてもらうだけだ

 ――もし過去の俺が本当に望み、レリオスを名乗っていたとしたら?

 その時は、あのルフが本物だったとしても容赦する気はない。レリオスが生きてないなら、お前にも同じ道を背負わせる

 本物だという事を、片隅にも置いてくれなかった言葉。
 つい昨日のはずなのに、遠くすら感じられる記憶。
「教えてくれ、アルセ。なんで義勇団を」
「お前には関係ないって言ってるだろ!」

 エレメンツ・ハールツって、一応アンドロイドだろ? 人間の人体が使われてたりなんかは……ごめん、忘れてくれ

 ……お前、本当に知らないんだな

 ……義勇団ブレイバルが領主ディードに楯突いてた理由だよ。あいつ、人をアンドロイドにする計画の資料を抱え込んでたんだ

 ……いつだって、お前は現実なんだな

「誰を人質にされてるんだ!」
「黙れ!」


ルビ対応 2020/10/09



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