オレの体が本当に危なくなった時があってさ。その時に父さん達に、助かる方法があるって言ったお医者さんがいたんだ。でも、結局は騙されて、オレの心臓に〈魔石〉が埋め込まれたんだ。多分、スターリとは繋がってない外国の奴だよ。
それからしばらくはオレも元気がよかったんだけど、貴族達にベルタと一緒に捕まった時にばれちゃって。それで〈魔化〉の経過を見るのに丁度いいって、ベルタは眠らされて、オレだけ連れ出されたんだ。それから数時間ぐらいカプセルに閉じ込められてた覚えがあったんだけど……そうだなぁ。気がついたら〈魔石〉がオレの体の時間を止めちゃってたよ。
「……じゃあ俺は……」
あー、えっと、それなんだけど。カプセルに液体入れられて暴れた時にね。
オレそっくりな子がオレのカプセルの前まで連れてこられて、空きがないみたいな話されてたよ。その時はそいつが眠ってたの、覚えてる。そのまま通路に戻っていくのを見てしばらくしたら、部屋の外で騒ぎが起こったんだ
「ルフは俺と……お前を、間違えたのか?」
多分ね。どうせオレも数時間ぐらいしかもってなかっただろうし。あんたには悪いけど、ルフが折れてなかったみたいでよかったよ
本当に、折れていなかったのだろうか。
あれだけすがるような、祈るような思いを見せていたルフの心は――
「……ハギマとソフィアの二の舞にしたくなかったんだよ。ルフは。おじさんの獣立った心を唯一溶かしきった姉弟だったんだ。……二十年前殺されたけどな」
だから、レーゲン夫妻との会話の時に――
おまえ自身が分かってないんだ、ルフ。ハギマをレリオスと重ねてるのはお前なんだぞ
そんなつもりはありません、少なくともボクは……! レリオスを守れるならそれでいい、もうアブルもリシェルも悲しませたくないんですよ!
頭の中、小さな音が響く。
「……アルセ。ルフを探してきてくれ。
「気づいてたのか!?」
「ほっほ、無駄よ。既にぬしも攻撃対象になっておろう」
レリオスは老人を睨みつけた。
まだ余裕を見せるという事は、手の内はこれだけではないという事。上の
対象に加えるためには何かしら指令を与える必要がある。けれど指令に必要なはずの主人用の符号は、儀式で与える以外にあるとすれば――
「指令室、もしくは管制室になる場所がそこにあるのか」
「ふむ。そうじゃな。しかし来るか? わしとてこんな茶番ははよう終わらせたいがの」
「ならなんで抗争を止めない! 何人何体犠牲を出せば気が済むんだ!」
「けじめよ」
噛み付く勢いすら見せたレリオスを振り払うような声音。レリオスの、拳銃を握る手に力が篭った。
「最初はの、確かにわしらの中にも反対派はおった。けれども領主含め既に手を回し、
「……お前達が、俺の記憶を消したのか……」
左様。老人は白濁した目をこちらに向け頷く。
「ぬしももうじき体内の〈魔石〉により、永久の眠りを得よう。そしてわしもな」
「どういう――」
「この国は富み過ぎた。いや、世界から富み過ぎた。〈隕石〉の飛来より全て技術に頼り、考える事を怠る世界の縮図がこの国よ。わしはそう思っておった。わしも反対派じゃった。エレメンツ・ハールツの開発を知りえたその時より、この世界はもはや終焉を間近に臨んだものとな。
所詮、機械は機械。人も心を奪えば、ただの機械よの。なーんでも命令を聞くだけ、考える事もせん。自らの心に引き寄せられ取り戻す事など。所詮は偶像、
だから、抗争を止めないとでもいうのか
だから、人が死んでもアンドロイドが壊れても、どうでもいいのか?
ただ飽きたら玩具を捨てるように
ただ嫌になったから知らないと眼を背けるように
それこそ
「それこそ醜いだけだろう」
老人の表情が変わった。ウィシアとアルセが、困惑したようにこちらを見てきたのが分かった。
「心をなくしてから分かった事が、一つだけある」
あの時、声をかけられて。
「失くせば確かに強いものがある。――けど、それは無生物の強さだ」
あの時、手を引っ張られて。
「人間の強さでもなければ感情を持った生き物の強さでもない。心を持たなければ人は学習しない。学習しなければ動けるはずもないんだ」
あの時見た涙に、どうしてと自ら問いかけて。
その時確かに、本当に学ぶ事を教えられた。
「醜い世界を見ない振りをして、視界を塞いだ所で現実は何も変わらないだろう。変える力を根こそぎ奪っておいて、そのくせ『言われた事しかできない』と言うのは簡単だ。学習できるアンドロイドも、学習するためのプログラムが組まれていなければ学習する事すらできない。心を奪われているなら、学ぶ心がない以上学べなくて当然だろう」
関わる事を知った。
どうしてと意味を問われ、突き詰められた時から。
「ただ情も何もない『
苛立ちを知った。
小馬鹿にしたような言葉を何度も浴びせられた、その時から。
「人を寄せ付けなくなった街にしておいて、自分達からその色に染めておいて、力を奪った相手に力を振り絞れなんておこがましいだけだろう!」
怖さを知った。
蜂の羽音や獣の骨、痛ましい戦場跡を見た時から。本当の自分がどこにいるのかと考え出した、その時から。
優しさを知った。嬉しさを知った。
ただよそ者と軽蔑する目の中でも、優しく抱き締めてくれた温もりを、自分達より虐げられ隠れ続けるしかなかった人々が、教えてくれたのだ。
諦めは最初から知っていた。
けれどその諦めを悔しさに変えるやり方は、あの酒の臭いが染み付いたたった一枚の紙きれが、教えてくれた。
きっと皆、知っていたのかもしれない。
自分がレリオス・オ・モノンではないと、分かっていたのかもしれない。
騙し返そうとしたのかもしれない。欺いてやろうと思ったのかもしれない。
それでも、それでも本当に、本当に本物のレリオスだったなら。そんな気持ちが滲む人々の言葉のどこに、軽蔑や怒りがあっただろう。
記憶がないと知った人々の怒りの矛先は、ただ演技として宙に投げられただけのものなのだろうか。
ふざけにふざけた言葉遣いしかしなくても、常に自分がレリオス≠セと信じてくれたあの人の言葉に、偽りはあったのだろうか。
「アンドロイドの戦闘指令を解除しろ。しなければ俺がやる。指令室のパスワードを教えるか、ここで拘束されるか選べ」
嘘はすぐに気づく。すぐに見破れる。
それが自分の専売特許なのだから。
「――さすがはインブン・シェイントの曾孫か」
「え!?」
レリオスだけでなく、ウィシアも、アルセも身を固めた、その時だった。
光が右側、カプセルのある部屋の更に向こうから放たれ始め、レリオスは目を見開いた。
「逃げろ!」
轟音。
壁に叩きつけられたレリオスは呻き、はっとして自分を抱き締めている金髪の主を見やって顔を青くする。
「ウィシア!」
「……大丈夫。装甲を掠めた、だけ……」
足の脛を覆っていた機械が音を立て、配線が剥き出しになっているではないか。一部のケーブルは焼ききれ、火花が散っている。少女の顔が青くなり、冷や汗が滲んでいるではないか。
「けど」
「大丈夫。これダミーだから」
……は?
「さっき言われたでしょ。アブルさんと一緒に行動してたって。色々と配線を短縮化できないかって、あたし女の子なのにやられたい放題いじられてるの、これでも」
小声で素早く、煙に紛れて伝えてくれる少女の胸元。確かに手術の跡がうっすらと見えた。
「奥の手のつもりだったんだけど……とりあえず、今は配線庇う振りしながら戦うから、スターリからこってりパスワード搾り出して」
「けど」
「お願い、レリオス=v
一瞬だけ、時が止まった。
少しだけ離れて見えるようになった少女の微笑みが、柔らかくて、優しくて。
「絶対皆助かろう? またジャンボスタ煎餅食べさせてよ。ね?
口が動かなくて、今まで知ったどの言葉も、似つかわしくなくて。
ほんの僅かにだけ動かした自分を優しく抱き締めてくれた少女は、すぐに放れると煙の奥を見やった。
「アルセ、無事!?」
「なんとかな! さっき黒鎧の騎士の後ろにルフが見えた、まだ息がある! レリオス≠ヘ!?」
喉の奥が、つっかえる。締めつけられる。
「大丈夫みたい! 手を貸して! カプセルの部屋に侵入させたら、皆に被害が!」
「――分かった。援護しろよ! レリオス=A聞こえてるか馬鹿!」
「お前よりは冷静だ馬鹿じゃない!」
言ったな! 大きく言い返してくる声が、何故だろう。どこかほっとしているようで、嬉しそうで。
「じゃあここは任せた! どっち≠燻轤黷諱I じゃないと殴るからな!」
「――了解」
くすぐったい。
顔が、頬が勝手に持ち上がり、体がほんの少し震える。
――今、確かに。本当に嬉しさを知った気がした。
煙が晴れつつある。そう認識する前に、ウィシアの手が優しく自分の頭を撫でていった。
金髪が、煙の中に消える。
もうもうと立つ煙が治まった直後、先に少年の遺体を視界に入れた。
無事だ。ケースにもヒビ一つない。ならスターリは――
今度は老人を見やって愕然とした。
「自分を狙わせたのか……!?」
頭から左足の膝辺りまで、まっすぐに、一気に焼けただれた跡が覗いている。
抱え上げて棺の影へと運び、揺する。辛うじて息があるが、もう助からないだろう傷だ。永くない。
僅かに開いた老人の目に映る自分の顔が、驚くほど歪んでいた。
「……ほほ、死ななんだか……つくづく……後生、大事……する気が……」
「――パスワードを教えろ」
笑みを湛えていた顔が無表情になった。
「……インブンと同じ、野心家か」
「俺はレリオス≠セ。全員助ける。答えろ」
しばし無言と、浅い息が続く。根競べの中響く、資料室での戦闘を頭から閉め出し、レリオスはただスターリから目を離さない。
「――パスワードは、ない」