シェル=シール

 -無彩スタのレリオス-

第10話 02
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 嘘……
 では、ない。
 無言で紡がれた老人の言葉に、レリオスは言葉を失った。
「ないって……そんなはず」
「……ほっほ。所詮……密偵……開けられぬか、この鍵を……」
 目がゆっくりと閉じられていく。再び揺すろうとして、けれどもう、心が体から離れたのは、目に見えて分かる事で。
 拳を握り締め、なんとか緩める。老人の体を扉からできるだけ離れた床に横たわらせた。少年の棺となっているガラスケースを開け、予想以上に重たい遺体を一番安全だろう反対側の床まで運ぶ。
「――なぞかけ、答える時間がないな」

 本当だよ。あーあーアルセ滅茶苦茶な剣の振り方して。フレスが見たら切れるよ。あ、フレスってアルセの兄ちゃんだよ。計画計画ってうるさいんだ

 先ほどより強く頭に響く声。レリオスは驚き、少年の顔を見やった。けれど、目を開ける様子もなければ口を開いたわけでもないようだ。
「ケーキを作ろうとしてアルセに邪魔をされた……」

 あ、〈魔石〉でオレの記憶見えたんだ? さすが『鮮明の刻印』の持ち主ー

「――は?」
 耳を疑って聞き返すなんて、今更だろうが昔の自分ではやらなかっただろう。

 あーあ。本当は答え出せたら教える気だったのに。
 天恵魔術の時に使う刻印は、魔術を考え出した人が考えた刻印だって、よーいく所……だっけ? そこでも習ったでしょ?

「あ、ああ。刻印が、〈隕石〉が落ちる前の魔術師達が言う魔法陣と同じ役割を持ち、効力を与える。魔術を考案した者によって描く刻印は違い、一人の魔術師が考案できる魔術は一生に一つが限界と言われている……」
 確かそんな内容だったはずだ。刻印を刻む対象が近くにいなければ期待通りの効力が発揮できない、距離に拘束された魔術でもあると、養育所のアンドロイドは言っていたはず。

 うわ、そんな硬い言い方してたら肩こりそう

 さすがアブルの息子というか、なんというか。げんなりした物言いに、レリオスは白い目を遺体に向けそうになる。

 とりあえずオレの体の〈魔石〉、少し削ってポケットにでも入れててよ。そうしたら移動しながらでも声聞こえるから。あんたの『刻印』が発揮されてる今ならだろうけど

 言われるがまま拳銃をホルスターに収め、短剣に持ち替えた。けれど結晶に刃を当てる前に腕が止まり、どこからともなく聞こえる声に後押しされ、ほんの少しの欠片を削ってポケットに入れた。
 瞬間、そのポケットの中だった〈天恵の魔石〉から光が溢れ、思わず短剣を落としそうになり、危うく遺体に刺さる所だった。

 ――わー、これオレからできた〈魔石〉の欠片も飲み込んでる! うわー、他の〈魔石〉とも結合してるから気づかなかったよ……れ? これフレスが持ってた〈魔石〉!? うわうわうわ! フレスの記憶残ってるってぎゃーっ! ごめん言いたい放題言ってごめんうわーんフレスいじめるうわーん!

 ……。
 いったい、何がどうなっているのだろう。スターリが出てきた本棚の奥の扉を見やり、レリオスはすたすたと歩いていく。
「……指令室はここか」

 あっ! ちょ、まだ話終わってない!

「まさかとは思うが、〈魔石〉に心を封じるとか言う話の延長線上で、〈魔石〉にお前達の記憶や感情が受け継がれているのか?」

 ……あれ、意外とおつむよかった。うんそうだよー

「なら後はもういい」

 拗ねたーごめんごめーん。キラー・ワスプの時も忠告飛ばしてやったのにースケルトンも教えてやったのにーそれで助かっただろーけーちー

 どこが謝っているのだろう。苛立って開いていた扉を潜り、制御盤を叩く。
 元々そんなに触った経験はないし、養育所でもそんなに教わった覚えはない。けれどプログラム解除は符号を変えるだけと言うやり方は、今も昔も変わらないと知っている。
 パネルを叩いて表示させ、いきなり0と1の羅列が出てきたのを見て、レリオスは思わず固まった。
「……プログラム命令の起源まで戻っているのか……」

 制御盤に直接、同等の符号を九回打ち込んでみて。なんかそんな感じの事をオレがいた部屋で話してた

 不本意ではあったが、言われた通りにしてみた。途端に画面が切り替わり、パスワードを求められる。
 パスワードがないならと、初めに決定だけを押した。エラー表示がされ、また聞かれる。
 次に虚無を表す0を入れたが、やはりエラーだった。再び頭を巡らせ、何度か試してみたが、エラーの文字は消えてくれないままだ。
「……パスワードはない……」
「お前そのパーツダミーだったのかよ!?」
「えへ、敵を欺くにはまず味方からじゃない? ルフの手当ても残ってるから急がないとね!」
 遠くからアルセたちの声が聞こえる。思考を遮ってくる。今は遮断してパスワードを解かなければ――。
 
 ねーさっきのなぞかけ分かったー?
 
「……パスワードはない……どういう意味だ……?」
 ない。それだけを打ち込んでは見たがそれこそ反応がなかった。同じ意味を持つプログラムを入力してもだめであったし、裏を返した可能性もあると無限大を意味する符号も打ち込んでみた。けれどだめで。
 ――プログラム入力を失敗した時、養育所では一番最初に戻れと言われた気がする。一度制御画面を終了させ、一呼吸置いて再び画面を起動させた。
「――あ」
 0と1の羅列が、なくなっている。代わりに現れた画面に表示される絵画。
 人々が逃げ惑うその視線の先。巨大な岩が迫りつつある。それから身を守るように作られた結界のようなドームと、ローブ姿の人影がかざす、不可思議な刻印の輝き。
 守護……刻印……結界……シェイントの結法則エディア・エリア……守り……?
 
 ねーねー、なんでこの世界は、シェル=シールって呼ばれてると思うー?
 
 苛立ちが増し、拳の震えを必死に押し殺して思わず叫んだ。
「だからいい加減しつこいぞ――」
 
 なんでって……詠唱にもあるでしょ? 母と父に抱かれし子供を寝かせるための、ゆりかごだって。正確には貝殻の形をしてるらしいけど
 
 は? でもそれは世界を示さないだろ。確かにシェル=シールとゆりかごは同義って言われてるけど、大地を母、宙の星が父、隕石が子供。そう言われてても関連性が見当たらないって――って、なんで僕が答える必要が……
 
「……シェル=シール? 守護の刻印シェル=シール≠ゥ!」
 
 うはっ、答えがヒントになっちゃったか。
 そうだよ、シェル=シールは元々この世界には強すぎる魔力から、世界を守ってる守護の刻印の事を指してるんだ。刻印は元々、この世界に産まれた時から誰でも一つは持ってて、その刻印を上手く引き出す事ができるんなら天恵魔術として使えるんだってインブン爺がね――って、ちょっと聞いてる? 無視するなーっ!
 
「――これだ!」
 パスワードが解除された。支配権を有する全アンドロイドの、統括されたプログラムの命令検索をすぐに行い、目的の箇所を見つける。
 戦闘態勢Warning
 ――頼む
 削除した文字列の位置に、新たに刻む命令。
 戦闘中止Break off
 武装解除Disarma ment
 決定を押した途端、喧騒が静まった。
 一秒、二秒と、当てにならない時間の感覚だけがすぎていく。
 しばらくして走ってくる音が聞こえて。振り向く前に、レリオスは勢いよく飛びつかれ、危うく制御盤を叩き壊しそうになった。
「やったあっ! 止まったよ、止まったよレリオス!」
「……え?」
 軽い。
 ウィシアの体が、今まで引っ張っても押しても負けていたあの体が、嘘のように軽い。
 やはり普通の女性ほどとは行かなくても、踏ん張れるほどに彼女の体が軽くなっている。
 振り向いてみれば、足も胴回りも肩幅も、今までより二周り近く小さくなっていた。アルセの上着を着てだぼだぼとしているのは、恐らくダミーのパーツをやむを得ず外したせいで服が破けでもしたのだろうか。
「うわぁ……お前……変態」
「はっ!?」
「あっ!」
 ひっくり返った声で聞き返した途端、真っ赤になって放れるウィシア。生暖かい笑みを浮かべるアルセを見、しばらく意味が掴めなかったが――
「変態」
 二度も言われると、さすがに苛立ちを超えた何かが煮えくり返ってくる。
「誰が――」
「レリオスさーん! どこーっ!? ひゃっ!? 何このでかいの……あっ、ルフおじさん何してるの――きゃあっ!? ちょ、気失ってる! きゃっ、血出てるじゃないのっ、おじさん! 救護班の人来てーっ!」
 ……。
 しばし、無言の時間が流れた。

 ……ま、さか……ベルタ、突撃してきてたの……

「……お前の姿を見られたら、まずいな」

 だよねぇ……オレの声あんたにしか聞こえないもんなぁ……あ。忘れてた。あんたの『鮮明の刻印』ってのはね、嘘ついてるのが分かったり、〈魔石〉を通して過去の光景とか、前の〈魔石〉の持ち主の記憶を知る事なんかができる刻印なんだと思うよ。嘘、よく見抜いてたでしょ

 ぐうの音も出なかった。否定する気が起きなかった上に、そのおかげで今、真実を知る事ができたと思うと――嬉しいとはまた違うものがあるけれど、ほっとする。
「……これで、終わりかな」
「まだだ」
 口を突いて出た言葉に、アルセが頷いてくれる。
「ディードを確かめない事には、だよな。……僕もけじめをつけないと」
 ウィシアが黙って頷いたのを見、レリオスは少年の遺体の元へと戻った。


ルビ対応 2020/10/09



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