シェル=シール

 -無彩スタのレリオス-

終話「あの道の先で」
*前しおり次#

「……そんな……」
 一人の男の、白骨化した死体。
 ウィシアが口を押さえ、涙を溜めて。アルセもただ、拳を固める。
 明るい部屋だった。最上階の私室は、とても。
 埃に覆われた部屋。ベッドは虫食いだらけで、扉の鍵はレリオスのポーチの中にあった鍵開けの道具でこじ開けなければいけなかった。
 十年もそこにい続けた領主の成れの果ては、左右の窓から差し込む日差しに照らされている。
 いつの間にか、夜が明けていたのだろう。
「……貴族の奴ら、利用するだけして……」
「違う。恐らくは貴族のほとんどの心も、〈魔石〉に取り込まれたんだろう」
 スターリの言っていた言葉に偽りは感じられなかった。少年の記憶と心もまた、レリオスに語りかけて教えてくれた。
 だとすれば、心を封じ込める光≠ェ放たれた際傍にいた全ての者は、恐らく――
「……〈天恵の魔石ヘブレス〉は、最果ての要塞ロスト・フォーティフィードの言葉で、代償を求める魔石≠チていう二つ名をもらってるの。やっぱり、支配する代償は、こんなにも大きかったんだね……」
 考えなかったのだろう。古来の魔術師達の子孫は。
 ただ権力に溺れた子孫達は、自らの身も用いてその実験を完成へと導いたのだろう。
 心を持たなかったアンドロイドが多く稼動するこの街で。光を浴びなかった人々のうち、貴族としてこの館に残り続けたスターリや、恐らくいたであろう数名の同胞。
 殺したのか、袂を別ち、去ったのか。それも今では分からないが、ここにいないのなら恐らくは――
「……文字通り、アンドロイドが支配する街に成り下がってたのか……もう何も残ってやしないのに……」
「――本当にアンドロイドが支配していたわけじゃない。人が動かしていた部分は、ちゃんとある」
 頷く返事も、首を振る返答も来なかった。
 全部、もう招いた事だ。最後の首謀者は散り、アンドロイドは止まった。
 後に残る大勢の、人間でもアンドロイドでもない人々は、あの少年のように冷たくなるまでの時間が、ただ待つばかりで。
「――俺達は、スタから去ったほうがいいだろうな」
「何言い出すんだよいきなり!」
 胸倉に掴みかかるアルセに、苦しいと必死に顔で伝えて、驚かれた。
 一生懸命無視しているレリオス≠フ声まで驚いて茶々を入れてくるではないか。
「……下水道でも話しただろう。国際法で禁じられた技術が、俺達の体に使われているなら、どの道俺達は長生きもできないし、世界からも蔑まれる。スタが植民地化されるのはいずれ時間の問題だ。そうなったら、他の国に人体改造の技術が知れ渡るほうがよほど問題だろう。悪用される可能性も否定できないんだ」
 ウィシアが視線を逸らした。アルセも彼女を見やり、言葉をなくしている。すぐにはっとしたような顔でこちらを見てきたが、言いたい事を察してレリオスは首を振った。
「感情がまだ残っている義勇団ブレイバルメンバーが貴族の代理をしても、いずれ国外に事実が知れ渡るのは明白だ。もって一年。隠れ猫キャッツアイがルフをこの国に潜入させた以上、それ以上の追撃を止められるのはその期間が限界のはずだ」
 ルフが帰ってきた事が、本当に義勇団のためだけとは思えない。彼自身が図ろうと図るまいと、内紛が終わったとなればヴィオス族だけで構成された密偵団が、その名になるほどの鋭い目を光らせないはずがないのだ。
 そして、外国も。
 この国が〈隕石〉と〈天恵の魔石〉の恩恵を一番受けている事に変わりはない。領だけでなく国内全体でも内乱が起こっている今、いずれ国は崩壊する。
 そうなれば、恐らくその先に待つのは。考えなくても分かるものだ。
「けどお前達は利用されたんだろ。何も悪くないはずだろ!?」
「……無理だよ。隠れ猫キャッツアイやヴィオス族じゃなくても、許してくれない種族がいっぱいいると思う。それだけ重大な国際法なのに、スタは――ジェイド国は、人間はまた禁忌を侵したと思われるよ。一部に理解してもらえても、きっと全体が納得するまではかなり長い時間がいると思うの。それまでには、あたし達はもう〈魔石〉になっちゃってるかなぁ」
 淋しそうな笑みを見せるウィシアがこちらを見てきて、レリオスは一瞬だけ瞳を揺らす。
「……ルフ達に、話せそう?」
「容態が安定するまでは伏せたほうがいいとは思う。――その前に、多分ばれるだろうな」
 分かってはいる。けれど、全員が落ち着いた時に話さなければ、きっと以前の自分のように意固地な感情が先に出てしまうだろう。
 大人はそれほどまでに、子供以上に現実を拒む事もある。
「そうだよね。インブンさんには、聞かないの?」
 少し、間が開いた。
 空いたその間、特に何かを考えたわけでは、ないけれど。
「――ああ」
 聞いて、また壊してしまうよりは。
 まだ響くレリオス・オ・モノン≠竅Aフレス・イレクス≠フ記憶。それを伝える事まではしても、それ以上をする気にはなれない。
「――そっか」
 アルセが苦笑いをしている。少しだけ向けてくれる、地下シェルターの時とは違う暖かい光の眼差しは、盛大な伸びと共に閉じられた。
「それじゃ僕も怒られに行くとするか。お先に失礼。また後で」
 扉へと向かおうとしたアルセを見送りかけ、レリオスはすぐに口を開いた。
「どうするんだ」
 咄嗟に足を止めた青年は、ゆっくりと天井を見上げている。
「――その名前、お前が預かっててくれよ。……あいつの墓、作った後もさ。……お前が本当にレリオス≠ゥら聞いたんなら、その刻印の話……僕は信じる」
 ――いいのだろうか。
 不安すらある。あるけれど、アルセに言われると、何故かほっとした。
「……だから勝手にいなくなるなよ。まだ殴ってないんだからな」
「――ああ。俺もまだ殴り足りないからな」
 よく言うと笑われて。アルセは振り向きもせず、手を振って去っていった。
 ウィシアがくすりと笑っている。
「痛そうだね、次は」
「……そうだな。ウィシアは、どうするんだ」
「……ん。一緒に残って、いい?」
 驚いて見下ろせば、彼女は上目がちに、頬を染めている。
「あたしも、もう行く場所ないし。アブルさん、待っていたいから。あの人、きっとわざとあたしと逸れた気がするの。絶対戻ってくるよ。十年も一緒だったから、分かるんだ」
「そうか……そうだな」
 そんな気がする。
 伝えなければならない事は、たくさんある。
 ディードの遺骨を見やり、彼の手記の途中を見やり。レリオスとウィシアも、部屋を出た。
「レリオスーッ! お嬢さーん! インブンのおじいさん見つかりましたよーっ!」
「あっ、ルフ! 本当!? ――どうしたの? 早く行こうよっ、レリオス=v
 立ち止まって、いるならば。
「――ああっ」
 今の自分と同じように――。

 うあーあーお暑すぎますーご馳走様

「まだいたのか」

 うっわひど! 功労者にそれないよひどっ! そういうわけでオレちょっと休むー。あと九九〇年も精霊でいるのって退屈だよ本当。んじゃおやすみー

「……精霊……!?」
 そういえば、ルフもウィシアも言っていた気がする。
 この世界には精霊がいて、昔は人々を守っていたと。
 ……まさかとは思うが……
「え、どうしたの? レリオス、なんだか変だよ――ひゃぁっ!? ちょっ、ちょっと何、お、降ろしてえっ! レリオスの馬鹿あっ!」
「腕も足も怪我してるのに馬鹿って言われる筋合いはない」
 ダミーのパーツが外れ、重量が軽くなって抱え上げやすくなった少女を抱き上げて。
 顔を真っ赤にした少女に殴られに殴られたが、金属の痛みはどこにも来なっかった。

 もし
 もし、彼のように――あの老人のように、なっていないならば。
 まだ、自分と同じ位置に、街の人々が立ち止まっているならば。
 自分と同じように笑える日も、来るのかもしれない。
 それはきっと、こんな作り物の通路の先ではなく

 いつかテラスから見た、あの道の向こうに、あるのかもしれないけれど――


シェル=シール―無彩のレリオス―
―完―

ルビ対応 2020/10/09
完結 2011/04/17



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