シェル=シール

 -無彩スタのレリオス-

第02話 02
*前しおり次#

 ルフは目を丸くする。エメラルドの瞳が大きく見開かれ、唇がわなわなと震えている。
「そ……誰がそんな事を! アブルさんはこの街の義勇団ブレイバルのひとりとして、領主の屋敷に赴いたのではないですか! それで――それで、アブルさんはリシェルさんを盾に取られて、この街から立ち去らざるをえなくなったのですよ! 一番に感情をなくされたのはリシェルさんだって覚えてないのですか!?」
 母親の名前を出され、レリオスはわずかに戸惑いを見せる。
「俺が覚えているのは……十年前にあの法律ができた時だけだ。それ以外の十年前の記憶はもう覚えてない」
「そんなはずはないのです、だってレリオスを匿ってたのはボクですよ、覚えてるはずです! あれだけ泣いてたのに、忘れるなんて事できないですよ!」
 どういう事だ……?
 レリオスは戸惑うばかりで次の言葉が出てこない。十年以上前の記憶は本当に覚えていないのだ。本当に、あの記憶だけで。
 スタが独立領となって、各国への〈天恵の魔石〉の流通を自分の手にした。それも十年前だった事は歴史の暗記の際に覚えさせられた。けれど、暴動が起こったというような記述もなければ、自身の記憶も疼かない。
 しばらく考えこんでいたウィシアは、ふと思い出したような顔をする。
「ねえ、もしかして……レリオス、〈天恵の魔石ヘブレス〉持ってない?」
「ああ。父親に持たされたものを押収されて、代わりに新しい〈魔石〉をもらった」
「ちょっと見せて。あたし、〈魔石〉は大体見て分かるから」
 言われて、彼はポケットから割と小ぶりな〈天恵の魔石〉を取り出す。その際にウィシアとルフから首を傾げられる。
「……もうひとつ、持ってるんじゃない? この〈魔石〉だけから魔力が出てるわけじゃないみたいよ?」
「えーっと……うん、レリオスまだ持ってるですよ。僕、近づくだけで背筋がぞわわってするです。かなり純度の高い〈天恵の魔石〉ですねぇ」
「……ほかには持たされていないぞ」
 途端にルフが目を光らせる。さすがに後ずさるレリオス。
「身包み剥ぐですよーっ!」
「えええっ!?」
「ふざけるな!」
 慌てて後ろを向いて逃げ出すウィシア。レリオスはむしろ助けを求める相手から逃げられた事で顔が青くなる。
「本当に持ってな……ルフ、いい加減にしろ!」
「リオスらしくない嘘を付くなんていけませんねぇー。さあさあ、さっさと見せるですよ!」

 数分後。
「おかしいですねぇ……本当に見当たらないのです。あれ、思ってたよりお小遣いは少ないですねぇ」
「だから言っただろ……! それと余計なお世話だ」
 レリオスは怒りを隠さないままに言い返し、服をきちんと着なおした。といっても、殴って避けて逃げたおかげで、上着を奪われただけで済んでいたのだが。
 ついでにとられた財布も殴って取り返して、拳銃を収めていたホルスターや道具を仕舞い込んでいたポーチも奪うように取り返す。
「どこからでしょうかねぇ……昔からレリオスは不思議です」
「お前みたいに理解不可能な脳の構造をしていないから割と一般的だ」
 完全に一般と言わない辺り、自分でも普通の人と違う事は自覚しているのだろうか。
 ウィシアが首を傾げる。
「レリオス、昔から変だったの?」
「はい。ボク以上に〈天恵の魔石ヘブレス〉に敏感でしてね。アブルさんが、自分が採掘してきた〈魔石〉を持たせて、ある程度慣れさせておく必要があったぐらいですから。普通、人間はそこまで過剰反応しないはずなのですがねぇ……〈魔石〉が傍にあるだけで、やけに不安そうに泣いていたのですよ」
 話を聞いていると、別の事にも疑問が湧く。ルフは今、何歳なのだろうか。
「あと、天恵魔術ユパク・ヘブルに人一倍感化されやすかったですね。耐性がないわけでもないはずなのですが、妙に打たれ弱かったというか。街の診療で、医師が使う天恵魔術にもすぐに過剰反応して、気絶寸前まで行っていましたからねぇ」
「そんなに!?」
 気遣わしげにレリオスを見るウィシアだが、驚きの声で彼は既に聞く耳も、見ようという意思も向けようとしていなかった。地雷を踏んだ事が分かって、ウィシアは話を逸らそうと考えるも、ルフは止まる事を知らないのだから困り者だ。
「今は大分耐性が付いたみたいですがねぇ。一時期、レリオスはヴィオスじゃないかって本気で疑われてましたから。ま、ま。それはともかくとして、です。一緒に来てくれませんかね、二人とも。報酬は弾むのでお願いですよー」
 ようやく本心を言ってきたらしいヴィオスの推定少年に、魔工機械の少女は困ったような顔をする。
「あたしは……できれば事を荒立てるのは……本来の主人マスターと、製造主アルケミストを探すために来たの。だからあまり協力はできないかな……」
「ふむぅ。まあ、旅人さんにまで無理をさせたくはないですねぇ……あ、レリオスは強制的なのでご安心を、ですよ。ちなみにこれはボク権限じゃなくて、インブンさんからのお達しです」
「何……?」
 ウィシアは顔を逸らす。レリオスの声のトーンがまた低くなった。
「これは隠れ猫キャッツアイ義勇団ブレイバルの共同戦なのです。街に染められたとはいえ、義勇団として、レリオスも蜂起に手を貸すべきなのですよ」
「関係ないな。俺は義勇団に入った覚えなんて全くない」
 ウィシアは驚いて振り向く。ルフは不服そうな顔をしている。
「レリオスは生まれた時から義勇団メンバーですよ。自分でも小さい頃志願してます。ずっとそのために裏の技術を身につけてきたのに、何でですか!」
「なら、俺は『この街の人間』としてその事を通告させてもらう」
「レリオス!? いくらなんでもそれは……気にならないの!? お父さん、生きてるかもしれないんでしょう!?」
「そうですよ! アブルさんを助けられるかもしれないのに!」
「俺には関係ない。行方不明と聞いている以上そうなんだろう。規律違反で処分される必要性もない」
「処分って、どういう事ですか?」
 スタで規律違反とされた者は、捕らえられ次第永久追放または奴隷身分へと処す。
 淡白に答えられた規律の内容に、ルフは小さな牙を剥き出しにして顔を怒らせる。
「ディード……!」
「……あたし、行く」
 少女型アンドロイドの口からはっきりと告げられた言葉に、レリオスは「正気か」と問う。
「今度ばかりは誤作動って言ったら怒るからね。これでもあたし、天恵魔術ユパク・へブルだけじゃないんだよ。
 人々を縛るどころか、これじゃアンドロイドと本当に変わらないじゃない。それなのに自分たちから行動しない街の人たちにも怒りたいよ。でも、そうさせるようにした原因は領主様なんでしょ? だから抗議しに行くの」
「助かりますですよ! ――っと。お嬢さん、レリオス。少し距離置いてくださいです。ちょっと上の音を聞いてくるですよ」
 ルフが猫に変身して階段へと駆けていく。レリオスとウィシアはいぶかしみながらも部屋の最奥へと移動して――わずかに聞こえてきた上の喧騒に、少女のみ息を呑んで、青年から口を押さえられる。
 すぐに喧騒は聞こえなくなり、ルフが悔しそうに戻ってきた。
「予想通りですね……お嬢さんの事がばれたみたいです。今回ばかりは領主の監視が厳しかったから仕方がないとはいえ……インブンさんが連れて行かれました。あ、お嬢さんは悪くないですよ? むしろここに来なければ危なかったのですから」
 アンドロイドの目が潤んでいる事に気付いて、ルフは慌てて宥める。
「と、ところで、レリオスに持たされていた〈魔石〉は何か分かりましたか?」
「あ、う、うん。戒めの刻印ヴェティンギア≠ェ刻まれてたよ。あ、それとね……シェイントの結法則エディア・エリア≠フ魔力線もあるの」
「え、ええっ!? ま、まずいですよそれ、壊してっ!」
「だめだ、壊すな!」
 次から次に指令を出されて、ウィシアは思わずぽかんとする。
「え、えっと……?」
「魔力線は〈魔石〉同士の魔力を増幅させあう磁界だって分かってるじゃないですか! 位置を特定されるの目に見えてるのに、何で壊さないですか!」
「逆にここで壊せば俺に何かあったとばれるだろう。第一それは俺の家の結法則≠強める〈魔石〉と聞いているんだぞ」
「それ、変だよ」
 ウィシアは首を振る。
「それなら家に入った途端にシェイントの結法則≠ェ崩れて、天恵魔術が構成されないでしょ。それに戒めの刻印≠刻む意味も分からないし」
「その、戒めの刻印≠チて何なんだ?」
 レリオスの言葉にルフは気まずそうな顔をする。
「刻んだ刻印を通じて、相手に制限をかけるのですよ。大掛かりなものほど、術者にも負担がかかるのですが――ディードも考えますね。魔力を保つのに、魔力を引き寄せる〈天恵の魔石ヘブレス〉を使ってしまえば、自分から魔力を与えずとも術を保てます。言わずもがな、ですよ。それ、レリオスの感情か記憶、もしくはその両方を封じてる可能性があるです」
「――なら、逆にここで壊さない方が良いだろ。インブン爺が連れて行かれた上に、ここに俺たちが居ないと思われたなら、ここから延びる義勇団ブレイバルの隠し通路も筒抜けになるのは時間の」
「もうばれてるですよ。〈魔石〉の位置はさっきも言ったとおり、結法則≠フ魔力線を辿れば位置を看破するなんて楽勝です。いっそここで混乱させるために使ってやる方が楽ってもんですね……レリオス、天恵魔術は使えますか?」
「……あ、ああ。少しなら」
 なら話は早いと、ルフは満足げに頷く。殺気を込めて石を睨みつける彼を見、ウィシアは慌てて止める。
「待って、レリオスの言うとおりだよ! これ壊しちゃだめ!」
「な、何でですか?」
「刻まれてる刻印≠ヘ分からないけど、分からないからこそ壊しちゃだめだよ! 戒めの刻印≠ヘやろうとすれば――あっ!?」
 ルフが〈魔石〉を奪ったかと思うと、近くの隠し通路を開けてその中へと放り込んだ。そして通路を閉じてしまう。
「じゃあ、こうしちゃえば早いですよ。〈魔石〉は使用者を選びません。持ち主の手から放れたさっきの時点で爆破しなかったんだから、距離による刻印≠ヘ使われていませんよ。街から出る以外のは、ですが」
 少なくともこうしておけばあいつらの目をごまかせますし、さっきお嬢さんが魔力線を見破ったんですからほかの場所も分かるはずです。ルフは早く捲くし立てると同時に、ウィシアとレリオスを交互に見てきた。
「そこをまず当たってみましょう。レリオスも当然ついてくるですよ」
「……分かった」
 もう監視の目から狙われている以上、処分されるまでのタイムリミットが延長されるか、短縮されるか。
 それくらいなら――行くしかないのだろう。


ルビ対応 2020/10/09



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