シェル=シール

 -無彩スタのレリオス-

第02話 03
*前しおり次#

 本来なら今の時刻で、人通りのない大通りはないも同然だ。
 それなのに、通行しているのは警備型パトローナーばかりで、アンドロイドどころか人の姿も見かけない。
 その警備型も探索眼サーチアイと呼ばれる熱感知の赤外線視野を展開しているではないか。
 ――
 ――――小さな裏通りから猫が出てきた。
 刹那、一条の光が鋭く煌いたかと思うと猫から赤い蕾が生まれ、地面に花を咲かせた。

「思った以上に上の監視がきつくなってますねぇ……」
「ええ、じゃあどうやって領主のところまで行くの?」
 狼狽しかけたウィシアに、ルフは多少考える仕草をする。
「一応僕もこの街の住人として登録されているですから、滅多やたらに攻撃は――」
「今の警戒態勢だとおそらく第一級。住民が外に出る事はないから攻撃されるぞ」
 考え込んでいたルフの表情が石のようになった。ただでさえ薄暗い配管のような場所でしっかりとその様子を見たウィシアとしては、気持ちが分からないでもない。
「ボク……これでもここの住人ですよ!? アブルさんにこき使われてたかわいげのないヴィオスじゃないですか!」
「確かにないな。父親にこき使われていたのかは知らないが」
 適当に受け流し、インブンの工房の地下に広がる練習場の一つから、いつの間に仕立ててあったのかレリオスの服を手に入れていた。
 黒のショートジャケットは七分で、袖口はボタンを外してたくし上げ、邪魔にならないようにしている。下に着ている白のシャツも同じくらいの長さだ。
 基本的に動きに支障が出ないよう、細身のレリオスですら丁度いいサイズと取れる服は、ゆったりしているとはとても言い難いが――きっと密偵として活動するには丁度いいのだろう。
「それにしたって、アブルさんセンスよかったんですねぇ……本人の服選びはずぼらでしたが」
「父が作ったのか……?」
 正確にはインブンさんでしょうね。ルフは配管を選びながら奥へと進んでいく。薄暗い中反響するルフの声は、どう考えたって幼いとしか取れない。
「でも、デザインは絶対アブルさんですよ。インブンさんが今時のファッションを知ってるはずがありませんし」
「こもってそうだもんね、インブンさん」
 レリオスも否定はしない。現に街中でインブンが歩いている姿など全く想像ができないのだから。
 いくつも枝分かれした道のどこかに、必ず配管の座標が記されたプレートがある。
 『ST-AD374』……『ST-AD373』……。
 北へ北へと進んでいる事は誰にでも分かる。都市ごとに割り振られた水道管の中でも、この地域は老朽化のために使用されていないのだ。途中で堰き止められた水路を見つけ、さらに奥へと進む。と
「……来ますね」
 ウィシアも頷いている。レリオスはしばらくじっと耳を澄ませたが、特には聞こえてこない。
「〈魔石〉反応あり。展開術式は……束縛の宴ヴァンディ・ソング≠フ可能性七四パーセント。実行対象……今のところ不明」
 ウィシアが暗闇の中、視界を電子的なものへと切り替えて推測を報告する。
「使用登録都市スタ、製造都市スタの警備型及び魔術戦闘型マギスティックウェポナー各一体。……どっちも機械みたいだね。あたしと同じ疑似生命型ホムンクルスじゃないみたい」
 ルフは思わず感心する。
「疑似生命型って、そんな事も分かるんですねぇ」
「うーん、ほかのアンドロイドの機能も搭載されてるだけだったりもするから、分からないかなぁ」
「先手を打つか?」
 レリオスは弾丸の予備を移動させつつ、レリオスは後ろに尋ねる。ルフはにやりと笑った。
「いえいえ、ちょっと遊んでいてもらいましょう」
 せき止められた水路をちらりと見やり、猫が出すような威嚇の声を響かせる少年。途端にネズミたちが騒ぎ始め、同時に蛇までもが通路に湧き出した。思わず悲鳴を上げそうになるウィシアの口を塞いだレリオスは、ルフのやりたい事が分かってすぐさま通路の脇へと移動する。
 猫の姿に変化したヴィオスは、跳躍すると蛇たちを自分たちの進行方向へと急き立てる。ネズミたちが混乱して逃げまどうのは、この辺にまで野良猫が入ってくる事が少ないからなのかもしれない。が、ウィシアが既に気を失いそうになっているのはいささか迷惑だ。
 案の定、警備型も魔術戦闘型も、ルフが追い立てたネズミたちに反応して掃討しに来たようだ。ある程度動物を追い立てたルフはすぐさま取って引き返してくる。元の姿に戻って肩をすくめた彼は、服の乱れを戻して笑いを押し殺す。
「相変わらずここのアンドロイドは型が古いですねぇ。野良ネズミや蛇に反応するのはここぐらいですよ」
 つまりここでも何度かいたずらをしていたらしい。レリオスは首を振った。
「この通路もじきに追手が来るだろう。いいのか、陽動だとすぐにばれるぞ」
「もちろん、ばれて構いませんよ。警護が固まれば、相手は緊張して穴ができやすくなりますから」
 ここ何年も戦の経験がないだけでなく、人々はアンドロイド任せの生活を送ってきた。それはつまり、意思のあるアンドロイドでもない限り、命令には単直に動くのだ。
 とはいえ……。
「……抜け道は知ってるの? 一筋縄じゃ通れないんじゃない?」
 相手に感情がなければなおの事、警備を固められればまずい場所だってあるわけで。ウィシアの問いに、ルフは胸をそらして威張る。
「だから水路を使うんですよ。閉ざしたはずの水路が復活したら、それだけで堰き止め作業にも来なければいけませんしね。混乱をさらに煽る事ができますし、動物たちも急な環境の変化に戸惑うってものです。……まあ、生き物であればの話ですけど」
 機械には機械で、ちゃんと手は打ちますよ。ルフの言葉に、ウィシアはやや表情を暗くした。
 
 
「この国は〈天恵の魔石ヘブレス〉の恩恵を存分に受けていると思われがちですが、残念ながら受けているのはこのスタだけなんですよ」
 堰を決壊させて道を進みながら、ルフは突然話し始める。
「ジェイド国は〈魔石〉によって国土のほとんどを灼熱の大地と化してしまいました。それが落ち着くまで、誰も本国に手を出せなかったといいます。
 その中でも早々に〈魔石〉の恩恵を受けたのが、ボクらヴィオスの先祖や魔術肯定派の者たちでした。〈隕石ユパク〉が落ちてくるまでは、誰も魔術なんて使えなかったんですがね」
 誰でも知っているはずの物語。今さら話し始めるルフの意図が分からず、しかしレリオスは聞いていた。
「ジェイド国を復興させたのはそんな魔術肯定派の一派です。彼らは最初、確かに互いの研究に協力して取り組んでいましたが――魔術を志す者のさがなんでしょうか。互いに自分の研究を見せまいとし始めたんですよ」
 そうして内分裂を起こしていったジェイド国は、〈隕石ユパク〉の落下地点周辺に都市をそれぞれ築き、領土を形成したのだそうだ。
「現在でもジェイド国の皇帝は魔術師が実力争いで成り上がる国家です。土地の乾きだって天恵魔術ユパク・ヘブルでいくらでもどうにかなると考えた結果が、国土の荒廃ですよ。〈隕石〉そのものから魔力を引き出すなんて、まだまだどの時代にもできる事じゃないのに」
 獣から突然変異によって誕生した者の子孫は、悔しそうに奥歯を噛みしめる。
「ウィシアは精霊がいると知っていますよね。この世界シェル=シールには昔からいるんですよ。人間たちは便利なものばかり求めてきたせいで、精霊たちが死んでいっているのに気付かなかったんです」
 力の奢り。
 今までこの星を支配してきたもの、地上の王者たるものたちの慣わしを無視して、自らの英知を築き上げてきた人間。
 ヴィオスは確かに彼らと手を組んだ。
 けれど、いまだに獣人たちの中には人間を嫌い続ける者もいるのだ。
「ディード・スィリーもその一人といえます。このスタだけはほかの領土と違って世襲制かつ実力主義でしたね。領主が亡くなった際、その子供たちの中でも実力が一番高い者が領主としての頂点に君臨する」
「ああ。今の領主は確か十一代目だったはずだ」
「彼の外交は知っていますか?」
 そう聞かれて、レリオスは首を振った。
「いや、養育所では習っていないな」
「戦争ですよ」
 レリオスは思わず足を止める。
 何だろう。自分ではない何かが、体を動かすまいとしているようで。
「ほとんどが戦争に加担したものです。それによって物資の取引を行い、恩を売りつけて食料などを受け取っています。ジェイド国の主な領土は今、このスタともう三つ。スタ以外は全て戦争をしていて、主要領土以外の領主はいずれかに加担。ほぼ三つ巴の状態になっているんですよ」
 獣のように大きい、縦長の瞳孔を自分に向けてくるヴィオス。レリオスは足が動かない事に戸惑いを隠せなくなる。
「他の国もそうですが、結局領主の力があまりにも強くなりすぎたんです。実力争いで保たれているジェイド国ですが、もうほかの国々と同じように、都市国家として分裂するのは目前でしょう。それもディードの思い通りといえるかもしれませんがね。
 少なくとも、ディードの今の枷は国王です。些細過ぎる枷である事に代わりはありませんが、それでも地位的な枷はいつの時代でも強いものですよ、皮肉にも」
 分からなかった。
 どうして自分の足は動かないのか。
 どうして、ルフはこんな事を伝えるのか。
 そんな事を言った所で、俺は結局スタの――
「そんなディードの同行をいち早く探り出したのが、ボクら『猫の目キャッツアイ』と義勇団ブレイバルでした。当時下っ端だったボクを捕まえて、アブルさんがこき使うようになったのも同じ時期ですよ。当時の義勇団の長はリグル老――インブンさんの伯父様でしてね。『猫の目』と義勇団で共闘して、スタを救う事はできないかと持ちかけてくださったのも、リグル老だったんですよ」
 ただ、リグル老は主導者なだけに、捕まった下っ端の義勇団がうっかり情報を漏らしてしまったのだという。
 当然、リグル老は処刑された。その数日後、自分たちが知るスタの改革が行われたのだ。
「リグル老は義勇団初代の指導者であり、四十数年に渡ってボクらと戦いを共にすると誓ってくれた盟友でした。
 ――最後まで、あの人はボクらですら憧れでしたよ。裏切りではなく、そうするしかなかった事もあると、逆上していたボクらを宥めてくれたんですからね」
 普段見せないような、混じりけのない自慢げな笑顔。それだけ信用していたのだろう。
 ルフはその最期を、間近で見ていたのだという。
 下っ端を助け出すために、間近で見ざるをえなかったのだ。
 今でもその光景は、その想いは、彼のひねくれた言動に隠れてダイヤモンドよりも硬い石を紡いでいるのだろうか。
「――辛い?」
 ウィシアの顔は、優しくて、淋しそうで、哀しそうで、愛おしそうで。
 ルフはやや驚いて目を見開き、照れたようにはにかんだ。
「いやぁ、もうそう言える年は卒業しちゃいましたからねぇ。それにお嬢さん、その言葉は隣のひ弱で臆病な彼氏に向けて言ってあげるもの――いやちょレリオスここで向けたらボク叫んじゃいますよ自覚してるの分かったから拳銃止めて!?」
「サイレンサーをあらかじめ装着し忘れたのは父のミスだな。ポーチと一緒にあった拳銃を持ってきているから」
「こうなる事まで予想してたんですかアブルさぁぁぁぁぁぁんっ!」
 小さな声で絶叫するルフ。ウィシアは思わず笑いを堪える始末。
 かく言うレリオスも、二人が笑っている傍で、ほんの僅かに笑顔になっていた。


ルビ対応 2020/10/09



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