祝言の日より不在にしていた煉獄様が任務から帰還された。

落ち着きを取り戻した千寿郎さんと共に間もなく帰ってくるであろう夫を出迎えるため玄関へ向かう。すると計ったかのように玄関の戸が引かれ、その向こうから煉獄様が姿を現した。

「お帰りなさいませ。お怪我はございませんか」

「よもや!二人で出迎えてくれるとは!これ以上に嬉しいことはないな!」

見たところ怪我はなさそうでほっと胸を撫で下ろした。煉獄様は任務から帰ったとは思えないほどの快活な笑い声を上げた。緊急招集で向かわれた任務であったので心配していたのだが、お元気そうでなによりだ。
煉獄様に頭を撫でられた千寿郎さんがとても嬉しそうに頬を緩める。その光景に在りし日の兄の姿を思い出した。兄も任務から戻ると必ず私の頭を撫でてくれた。

「朝餉の準備も整っておりますが、先に湯浴みをなさいますか」

「腹が減っているので朝餉も捨て難いが、先に湯をもらうとしよう」

「はい。ではすぐにお召し物を用意してお持ちします」

今日はこのまま任務に出られることもないだろう。朝餉をとられたあとはお休みになられるはずだ。洗濯しておいた寝間着を取りにいこうと腰を上げると、それを煉獄様に制止された。

「湯浴みの前に君に少し話があるんだ。一緒に来てはくれないだろうか」



連れていかれた先は煉獄様の自室だった。部屋の前で戸惑いを見せる私の背中を彼は優しく押した。次いで部屋に入った煉獄様は後ろ手で障子を閉めると羽織を脱ぎ始めた。鮮やかな炎の紋様があしらわれている羽織は代々煉獄家に引き継がれているものだそうで、とてもよく彼に似合っていた。羽織を脱がれる姿につい見惚れてしまったが、ハッと我に返り、その羽織を彼から受け取る。煉獄様は日輪刀を刀掛けに置かれると、こちらにおいでと私に手招きした。それに従い、彼の前に腰を下ろす。

「俺が留守だった間、何事もなかったか。弟の千寿郎とは仲良くなれそうか」

「千寿郎さんにはとても良くして頂いております。煉獄様が仰ったように本当に優しい方ですね」

「そうだろう!千寿郎はとても良い子だからな!」

今朝も一緒に朝餉を作ったことを告げると煉獄様は一層朝餉が楽しみだと仰った。加えて、さつま芋の味噌汁を準備したことを伝えるとそれはもうお喜びな様子である。可愛らしい煉獄様の姿に思わず頬が緩んだ。

「そうだ!君は俺のことを煉獄様と呼んでいるが、君も煉獄だろう!」

「そ、うなのですが…」

さすが鋭いところと突いてこられる。この五日間、私自身もこの件については大変に悩んだ。千寿郎さんにも相談を持ち掛けたくらいである。しかし祝言を挙げた日以来、お会いしていない煉獄様のことを下の名前でお呼びする勇気はなく、妻となった今も私は彼のことを煉獄様と呼んでいるのである。本当におかしな話である。

「俺も君のことは名前と呼ばせてもらうことにしよう。だから名前も俺のことは下の名で呼んではくれないだろうか」

「お名前でお呼びしても良いのでしょうか」

「名前は俺の妻となったのだぞ!駄目なわけあるまい」

まさか下の名を知らないということはないだろうな!と彼は笑ったが、勿論存じ上げている。彼の名前は煉獄杏寿郎様。
そして、私の名は煉獄名前、になったのだ。

「では、杏寿郎さんと…」

そう言うと杏寿郎さんは満足気に頷いた。

そういえば、杏寿郎さんは私に話があると言って自室へ連れてこられた。話というのはこの件だったのだろうか。そうならばそろそろ私は朝餉の準備へ戻らねばならない。もうそろそろ槇寿郎様へ朝餉をお持ちする時刻なのだ。

「あの、そろそろ槇寿郎様の…父上の朝餉をお持ちしなくてはいけませんので向こうへ戻ってもよろしいでしょうか」

「ん?ああ!ちょっと待ってくれ!本題はここからだ!」

ごそごそと懐から何かを取り出そうとしている杏寿郎さんの姿に首を傾げる。目当てのものを取り出した彼はどこか得意気に私に一枚の封筒を手渡した。受け取ったものの開けてしまっていいのだろうかと杏寿郎さんへ視線を投げかける。すると杏寿郎さんは強く頷いた。
慎重に封を切る。一体なにが入っているというのだろうか。折り畳まれた一枚の上等そうな和紙を引きだし、ゆっくりと開けてみるとそこには汽車の切符が同封されていた。

「簡単な情報収集なのだが、また遠方へ任務に向かうことに決まってな。折角なので俺と名前の二人で新婚旅行がてらどうだ、と親方様より頂いたのだ!」

「そんな!情報収集とはいえ、有事の際私では足手まといになります!」

「心配は無用だ!俺がいる!」

思ってもみなかった親方様からのお心遣いに驚きと焦りが隠せない。杏寿郎さんと任務だなんてとてもじゃないが、同行できる自信がないのだ。簡単な情報収集とはいえ、もし何か不測の事態に遭遇してしまった際に同行している隊士が私では対処しきれないだろう。親方様のお心遣いには頭が上がらないが、私には荷が重すぎる。なんとか同行する隊士を変更してもらえないかと親方様へお願いに上がらなければ。

「炎柱である杏寿郎さんがとてもお強いことは重々承知です。しかしやはり私が同行することはできません」

「俺は君とこの任務に向かいたい」

「ですから私では…」

「なにかあった時は俺が守ることを約束しよう。君のことも、市民のことも、すべて」

先ほどまで柔らかい雰囲気を纏っていた杏寿郎さんが嘘であったかのように彼は纏っていたそれをがらりと変えた。その表情は炎柱・煉獄杏寿郎のものだった。曇りなき眼でこちらを見据える杏寿郎さんに思わず口を噤んでしまう。
そうしてこれ以上の反論は無駄であることを察した私は覚悟を決めて、杏寿郎さんと共に任務に向かうことを伝えた。すると彼はまた屈託のない笑顔を浮かべて、大きく頷いたのであった。