同僚はただの同僚であって友達ではない
暫しの静寂。そして。
「…ハッ、まあ良いぜ。どうせ一度死んだ身だ」
少しばかり諦観交じりのそれにどういう意味だろうと首を傾げれば、アイリッシュの目からハイライトが消えた。
「紐なしバンジーを東都タワーからやったんだよ。あれは絶対死んだと思ったというかもう既に死んでるだろ俺」
「重症だな」
あの高さから落ちたことが余程堪えたのだろう。どういう経緯でそうなったかは知らないが、どうせ河南に連れられて落下したに違いない。
一度死んだ身。とすればこの先何をやろうが自由ということだ。
「ありがとうアイリッシュ」
「礼はまだ早えぞ。目的を達成しないことにはな」
相変わらずシビアな人間だ。だがそういう人間が味方についてくれるのは心強い。
「話は終わったか?」
「あ、河南。ごめんごめん、ほったらかしにしてたね」
「そういやこの嬢ちゃんは一体何なんだ?」
げんなりした感情がどこかあるその声に河南は眉をひそめた。
「なんだ貴様、まだ飛び降りたことを根に持っているのか。モテんぞ」
「根に持つに決まってんだろ!俺はテメェに殺されかけたんだぞ!!」
「そんなつもりはない!ファミレスに行く為にちょっと飛び降りただけだ!本当に気の小さい男だな」
「……オイ、俺がおかしいんじゃないよな?こいつがおかしいんだよな?」
「大丈夫、アイリッシュは何も悪くない」
あっさり河南の調子に巻き込まれる彼を宥めながら諸伏は河南との出会いを簡単にだが説明した。アイリッシュは全てを聞き終えた直後は半信半疑で彼女に目を向けたが、やがて自らの身に起こった出来事を回想して無理やり納得したようだった。
「まあ常識的に考えてタワーから落下してピンピンしてるような奴なんてこの世のモンじゃねえと言われたほうが腑に落ちるか…」
「何気に辛辣だな」
「この嬢ちゃん……河南っつったか?勿論河南は戦闘員としてカウントして良いんだよな?」
「フン、当然だ。泥舟に乗った気分でいるといい」
「沈むじゃねえか」
会話を聞く限り相性は悪くなさそうだ。今後彼女に振り回されるのは確実だろうが、ひとまず安心してよさそうである。
その日は夜も更けているということで、さっさと床につくことにした。
さて、翌朝のことである。ドタンバタンガシャンという騒がしい音に諸伏は飛び起きた。
「なっ何だ!?」
寝室のドアを開けてリビングに入り込むと、河南とアイリッシュが派手に組手をしていた。よく見ると壁がへこんでいるし窓も割れている。「何やってんだよ!?!?」思わず大声を上げると二人が眉をひそめて諸伏に目を向けた。
「うるさいぞヒロミツ、こんな朝っぱらから」
「近所迷惑だぞ」
「お前らが言うな!!!」
やれやれと言わんばかりの表情の二人に思わずつっこむが、彼らは諸伏を仕方のない奴だなと言いながら顔を見合わせてる。想像よりもずっと仲が良さそうだ。だというのに何故戦っているのだろうか。
「…で、どうしてこんなことに?喧嘩か?」
恐々と訊ねる諸伏とは裏腹に、アイリッシュはあっけらかんとした態度でそれを否定した。
「いやコイツが実際どのくらい強いのか体感したくてな。タワーの時から感じてたが本当にとんでもねえ奴だ。笑っちまうぜ」
「貴様もこの世界の人間にして筋が良い。今後も体を動かすのに付き合ってやっても良いぞ」
「やめて戦闘狂組!!!俺と家が保たないから!!!」
戦闘面で変にストイックな性質が余計な方向に働いてしまったのだろう。アイリッシュと河南に変なシンパシーが芽生えている。完全に藪蛇事案だ。今すぐ家出したい気分である。起きたばかりなのにこんなに疲れたのは初めてだ。がっくりと肩を落として「…取り敢えず朝飯作るから静かにしてくんない?」と言ったことにより少なくとも河南の動きを抑えることに成功した。
簡単に朝食を準備して皆で食卓につく。アイリッシュは食べてくれるだろうかと心配になる。彼は少し思案げに眉を寄せたものの、特に何も言わずオムレツに口をつけ始めた。諸伏も河南もどちらかと言えば和食派だが、今日はアイリッシュがいるため洋食を準備したのだ。食べてくれてなによりである。