直哉くんは女心がわからない


禪院直哉は所作が美しい。

由緒正しき禪院家の人間の中でも飛びぬけて美しいと思う。特に歩く姿が。その代わり、性格に難がある。関白宣言を絵に描いたような、古き悪しき封建時代のような考えを持っている。簡単に言えば、女性蔑視。顔がいいので女は寄ってくるが、長くは続かない。美人は三日で飽きるというが、それと同じだろう。直哉の顔のよさだけに惹かれた女は、直哉に近づけば近づくほど嫌悪感を露わにして去っていった。


「直哉、ほっぺどうしたの?」
「身の程知らずの女にやられた」

春のある日曜日、直哉が頬を赤くして帰ってきた。見るからに誰かに叩かれたであろう跡を、茶化すように問いかければ、また直哉の悪い癖が露見する。キッチンに行き、冷凍庫から小さなアイスノンを取り出した。ポケットの中から取り出したハンカチにそれを包み、直哉に渡す。食堂の椅子に座った直哉は、頬を冷やしながら大きく息を吐いた。


「今度はなんて言って振られたの?」
「振られたんと違うし」
「うんうん、なんて言って叩かれたの?」
「知らん」
「当ててあげようか?」
「は?」
「俺の隣を歩くな、じゃない?」


頬を冷やしている手を動かすほどの動揺を見せる直哉。目を見開いて、まるで「なんでわかったんだ?」とでも言いたげな表情を見せる。まだ気づいてなかったんだ、と半ば諦めながら、直哉の目の前の席に座る。後ろを歩くことを強制されて喜ぶ人間がこの時代に居ると思っているのか。それを疑問に思わない直哉に疑問しかない。



「なまえは俺の隣歩かんやろ」
「そりゃあ付き合い長いですから」
「だったら出来ない女が悪いやろ。俺に見合ってない」
「うーん、そうきたか」


どう言ったらいいのかうまく言葉が浮かばず、テーブルの上に置きっぱなしにしていたマグカップを手に取る。淹れたばかりだったコーヒーはぬるくなってしまっていたけど、喉を潤すだけならこれで充分だった。


「なら私が明日から直哉の隣歩き始めたらどうする?」
「どうするって、どうもせんやろ」
「女は3歩下がって歩くものなんでしょ?」
「なまえやったらええよ、別に。……ん?」


一言でいうなれば複雑。直哉はすっきりしないといった顔をしていた。私は私で、「なまえならいい」って言って貰えたことがちょっと嬉しかった。

これは私の予想でしかないんだけど、直哉はきっと彼女のことを好きでもなんでもなくて、ちょうどいいって気持ちで付き合ってたんじゃないかな。だから、自分より下だと思っている人間が隣を歩くことが耐えられない。すっごくすごーく拡大解釈するなら、私は直哉に認めて貰えてるってことなんじゃないかな。直哉の考えは直哉にしかわからないけど。


「全然わからん」

直哉が椅子の背もたれに身体を預けて天井を見た。頬の腫れが引くまでもう少し考えた方がいいよ。ひねくれものの私は、直哉にそんな言葉を告げた。これに懲りて直哉が当分彼女を作りませんように。本当の本音は、心の底に忍ばせたまま。