直哉くんは心配性


「直哉、週末実家に帰る?」
「なんでや?」
「直哉のお父さんから呼び出されたんだけど、なんかあるのかな?って」
「どうせ春の茶会やろ」
「あぁ、なるほど。で、直哉は?」
「俺は呼ばれてへんけど」
「来ないの?」
「わざわざ行かんて」


昔から直哉のお父さん、直毘人さんはわたしに甘い。甘い、というか、他人だから優しいと言った方が正しいと思う。身内に厳しいのは当然。特に息子である直哉には厳しい。愛情故なのだと、傍から見ていれば分かるけれど、二人とも良く喋るくせに大事なことは話さないからお互いの気持ちが交差してしまっている。そんな二人を見ていると、私の中でおせっかいの血がむくむくと膨らむのだ。



「直哉も行こうよ」
「いやや、めんどい」
「甚爾さん来るかもよ」
「あの人は来ないやろ」
「直哉が居てくれると私知らない人ばっかりで居心地が悪いし」
「ふーん」


直哉の中の優先順位ははっきりしている。一に自分、二に自分、三四がなくて、五に甚爾さん。私の話の時より、甚爾さんの名前をだした時の反応がいいのから、分かってしまう。綺麗に整った爪を用もないのに眺めている直哉の頭の中には、きっと甚爾さんが浮かんでいるのだろう。甚爾さんはかっこいいし、強い。けど、少しくらい私のこと考えてくれてもいいじゃないの。


「なまえ、」
「なによ」
「さっきからえらい御託並べとるけど、純粋にお前が俺に来てほしいって言うなら一緒に行ってやってもええねんで?」
「…そんなの大前提であるに決まってるじゃん。私が直哉の家とはいえお茶会に行く意味考えてよ」


直哉が私を見てくれない。そんな苛立ちから少し語尾が強くなってしまった。私がここまで声を荒げることが珍しいからか、直哉は面食らったような表情をしていて感情を言葉に乗せてしまったことが恥ずかしくなった。すると、直哉は私の背中をポンと叩いた。落ち着けと言わんばかりに。


「ほんなら行くわ」
「最初から行くって言ってくれればよかったじゃん」
「俺呼ばれてへんのやで?わかっとる?」
「ならなんで行ってくれる気なったの?」
「俺がおらんかったら失敗したなまえのフォロー誰がすんねん」
「さいってい!」


直哉の頬めがけて右手を振りかざす。反射神経で直哉に適うはずもなく、私の右手首はあっけなく直哉に捕まってしまう。その行為に逆にイラついて、今度は反対側の手を掲げた。が、それもまた直哉の手によって止められてしまう。悔しい。


「なまえ、エロ親父の誘いにホイホイ乗ったらあかんのやで?」
「直毘人さんはエロ親父じゃないもん」
「ほんならこうやって両手首掴まれても逃げられるんか?相手は酔っ払いちゅーても男やぞ?」


ぐいっと自身の力を見せつける様に直哉が私の手首を押し返す。押し返そうと試みるまでもない。物理的にわたしは直哉には適わない。直哉に適わないということは、直毘人さんにだってもちろん適わない。自分の無力さもそうだけど、直哉の意志をくみ取れなかった自分が不甲斐ない。


「ごめんね、直哉」
「謝ってほしいんと違うわ」
「…お世話になります?」
「しゃーないな。幼馴染のよしみやで?」


ケラっと笑って直哉が私の手首を開放する。手形が残るほどの強さではなかったものの、直哉の手が離れてもじんわりと手の感触が残っている。手首を擦りながら、直哉がどれだけ私のことを心配してくれていたのかを私は図らずとも知らされることとなった。