直哉くんの不機嫌の理由


「あーなまえこんなところにおったんか」
「へ?」
「探しとったんや。暇か?暇やな」
「なに?なに?なに?」
「いいから着いてこいや」


任務から戻って、一緒に任務に行っていた先輩術師と報告書の話をしていたというのに、突然現れた直哉は有無を言わせず私をその場から連れ出した。「また後で連絡します」と先輩に声を掛ければ、がんばって、と口パクで先輩が言った。


「どこに行くの?」
「どこやろなぁ」
「なにするの?」
「なんやろなぁ」
「直哉、」
「なんや」
「なんか怒ってる?」


私の元に直哉が来た時から感じていた違和感。それは直哉が機嫌が悪い時のそれ。不機嫌の理由はいくつかある。禪院家がらみの話のとき。関東の高専がらみの話のとき。ただ天気が悪いとき。今日の不機嫌の理由はなんだろう。今日の朝は、特別普通だったし、東京の高専で直哉が不機嫌になりそうな話は別に耳に届いていない。幸い今日は晴天。つまり、原因は消去法で禪院家がらみってことになる。


「お家のことでなんかあった?」
「別になんもない」
「そう?お兄さんとか、直毘人さんとか、」
「あいつらとなんかあったんか?」
「いや私が直哉にそれを聞いてる」
「だから別になんもないて」
「そう。そっか」


長年の勘というのもあてにならないものだな。と、目的地すら告げてくれない直哉の後をついていく。不機嫌の理由はわからない。きっと数日後にはいつも通りに戻るからあんまり気にしてもしょうがないって分かってる。それでも気になっちゃうのは幼馴染の性なんだろうな。



「で、どこまで行くの」
「知らんわ、西か東か北か南や」
「…直哉、ほんとどうしたの?」
「……あいつがお前んこと狙うって言うとった」
「あいつ?」
「さっきなまえが一緒におったアホ面」
「アホ面って先輩なんだけど」
「アホ面はアホ面やろ…」


まるで変なことを言っているのは私の方だ、とでも言いたげに直哉はひらりと手のひらを宙に舞わせて笑う。私に用事があったわけじゃなくて、私をあの場から連れ出したかっただけなんだな。だったら最初からそう言ってくれればいいのに。直哉は本当に素直じゃない。


「なまえは乳がちょっとでかいだけやのに、そんなんで騙されたらアホ面がかわいそうやろ」
「なーおーやー!」
「ほんまのことやろ」


反撃のために直哉の肩を叩こうとするけど、それはあっさりかわされてしまって、私の手は空を切る。憎らしさを込めて「私も早く彼氏作ろう」と言えば、「そんなかわいそうな人間いらんやろ」とバカにしたように直哉が笑う。私たちの関係はずっとこんなんだ。いつになったら次の一歩踏み出せるんだろうな。ちょっと気が重い。そんなことを思った、ある晴れた日の出来事だった。