Day.2


「おはよー!傑誰か待ってるの?」

朝、身支度を整えて高専の寮の玄関に行けば、傑が立っていた。誰かを待っている様子だったので、声を掛ければ「なまえだよ」と自分の名前が返って来てびっくりした。咄嗟に髪を整えて、「お待たせ」と取り繕うと、傑はわざとらしいな、と笑った。


「フリだけなのにごめんね」
「私がやりたくてしてるだけだから気にしないで。それよりあれから連絡は?」
「あったあった。ちょっと待ってね」


ポケットから携帯を取り出して、昨日届いたメールを傑に見せる。そして、そのメールの返信も同時に見せた。それから連絡ないことも告げると、ふーんと傑はつまらなそうにして見せた。このままストーカーが大人しくしてくれていることが一番なので、私としては願ったり叶ったりなんだけどなぁ。
いつまでこうして傑と一緒にいられるのかわからない。せっかくだから楽しんでおきたい気もある。
そんなことを考えていると、不意に傑の手が伸びてきて、私の頬に触れた。驚いて顔を上げれば、すぐそこに傑の顔があってどきりとする。思わず顔を逸らすように俯くと、「彼氏から逃げたらダメじゃないか」と頬から顎に手のひらが移動して私の顔を持ち上げた。


「楽しんでる…?」
「まぁそれなりには」
「私も楽しまなきゃもったいないとは思ってるけど、初日からコレは私もストーカーも心臓に悪い…」
「……それは確かにそうだね」

さすがに今日一日ずっとこうしているわけにもいかないし、私は傑と距離を取るために一歩後ずさる。すると、それを見越していたかのように傑も距離を詰めてきた。逃げられないように腰に手を回されて、傑の腕の中に収まるような体勢のまま歩き始めた。こんなことならいっそ本当に付き合っちゃえばいいんじゃないかというくらいの距離感だ。でも、傑はそれを望まない気がする。私もそういう関係を望んでいるわけではない。ただ今この時だけでも楽しい思い出として残せたらいいなと思っているだけで。


「めちゃくちゃ歩きにくいんだけど」
「そう?私は慣れてるからなぁ」
「傑って女の子とそうやっていちゃつくタイプなんだ?」
「相手がそれを望んでくるからね」

少し意地悪を言うと、傑は苦笑いを浮かべた。この男はこういうことをさらっとやってしまうタイプの人間なのだと思った。女の子には困らないだろうし、きっとこれから先も困ることなんてないだろう。望まれたらホイホイ与えてくれる。けど、傑にとって許せないボーダーラインを越えたらさくっと切り捨てる。そんな男だと思う。そしてその境界線がどこかなんてことは、傑自身にしかわからない。だから、急に捨てられた女は傑に縋って、どうして?なんで?となるのだろう。まぁ、私の勝手な想像だけど。そうはなりたくないし、この状態にも慣れたくない。


「ねぇ傑」
「何?」
「私をそこらの女と同じように扱わないでくれる?」
「……どういう意味かな」
「わかんないなら別にいいよ」

そう言って、腰に回された腕を振り払った。
お願いしたのは私だけど、やっぱりこういうのはおかしい。傑にとっては理不尽極まりないだろうけど、こればかりは仕方がない。もしこれで傑が引くのなら、それはそれで仕方のないことだし。


「なまえ、ごめん。私が悪い。調子に乗りすぎた」
「違うよ、ちゃんと擦り合わせてなかったのがよくなかったんだよ……。傑もして欲しくないことあるでしょ?」
「私?私はそうだな……特にないかな?」
「え〜〜なんかあるでしょ?」
「ないよ」
「そうなの?じゃあしたいことは?」
「うーん、あ、強いて言うなら一緒に楽しいを共有したい、かな?」
「そんなことでいいの?」
「うん」

傑は結局本音を話してはくれなかった。恋人のフリをしているとは言っても所詮はただのクラスメートだ。自分の恋愛観なんか語るのも変な話。それにしても、傑が望むものがわからなくて首を傾げる。私が楽しんでいるところを見て満足するらしい。楽しいを共有と言われても、小学生の頃にしていた交換ノートくらいしか思い浮かばなかった。傑の言いたいことはきっとそれじゃないだろうし。

「放課後までの宿題にさせて……!」
「え?なにを?」
「楽しいを共有する方法」
「あぁ、そんなに気にしなくていいよ」
「私がよくないの!」
「なら、こうしないかい?」


そう言った傑が提案してきたのは、『面白いものを見つけたら写メって相手に送る』という単純なもの。「そんなのでいいの?」と聞けば「そんなのがいいんだよ」「一緒に居なくても楽しいを共有できるだろう?」と言って傑が微笑んだ。あーーこういうところがモテるんだろうな。悔しいけど。付き合った人数一人、恋愛偏差値中学生レベルの不甲斐ない私は空を見上げた。