Day.5


「おはよう」

傑が高専の玄関で迎えてくれるようになって数日。
未だむず痒さを感じながらも「おはよう」と声を掛ける。

「今日は少しだけ寒いね」
「そうだね、昨日も雪降ってたし」
「そういえば……」

雪よりも重大事件が起こってしまったので、すっかり忘れていた。
昨日は傑にキスをされて、そのあと気まずくなって、あのあとすぐ傑は帰ってしまったのだ。
頭の中はそのことでいっぱいで、ストーカー野郎のことを考えなくて済んだことはよかった。けれど、どうしても気まずい。初めてってわけでもないけれど、相手は同級生で、彼氏ではないけど彼氏のような真似事をしていて。
どうして私はこんなにも恋愛偏差値が低いんだろう。どんな顔をして傑を見ればいいのか分からない。


「どうかした?」
「ううん、なんでもないよ!」

慌てて取り繕った笑顔はやっぱり変だったみたいだ。傑は怪しむように私を見る。
初めてのキスの時の感想は「あぁ、こんなもんか」だったのに、今はこんなにもドキドキする。傑とのそれは嫌じゃなかったから、余計戸惑っているのかもしれない。


「もしかして気にしてる?」
「べ、べつに」
「そこは何をって答えないとダメだよ、なまえ」
「あ……」
「意識してくれてありがとう」

おどけた様子で傑は言葉を吐き出した。
きっと私の緊張を解そうとしてくれているのだろう。もう、と言って傑の脇腹を肘で小突いたら、「ごめんごめん」と笑いながら謝られた。
いつも余裕があって大人っぽい雰囲気なのに、たまに見せてくる子供っぽさが堪らない。ギャップ萌えっていうんだっけ、こういうの。


「ところでなまえ」
「な、なに?」
「昨日あれから異変とかメールとかは?」
「……ないよ」

ふわふわした気持ちが一瞬にして冷めた気がした。
根本的には何も解決していない。むしろ、少しヒートアップしたような気すらする。稀有ならいいんだけど……。
でも、さすがに部屋の中に入ってこられるのは気分もよくない。
どうしたものかと二人歩きながら思考を巡らせる。

と、そこへ、メールの着信を告げる音が響いた。
硝子かな?とメールを確認すると、それはあのストーカーからで。「次はいつお邪魔しようかな」という本文と、今の二人の姿の写メが添付されていた。咄嗟に辺りを見回す。どこから見ているんだろう。全然気づかなかった。


「なまえ…?」
「傑、これ……」

異変に気付いた傑が私の顔を覗き込んだ。そして携帯を見た瞬間に息を飲む。傑の目つきが一気に鋭くなったのからだ。今まで見てきた中で、一番怒っていたのだ。理不尽なことにも、笑顔で軽くあしらう傑が怒っている姿を、多分、私はこの時始めて見た。思わず後ずさりしてしまうほど怖い目だった。

突如、傑の手のひらから呪霊が姿を現した。
傑の腕にしがみ付いて、「ここ高専だよ!傑ダメ!」と必死に訴える。傑が一瞬私を見た。冷たい目をしていた。ダメだ、私じゃ止められない。そう思った時、「傑!」と遠くから悟の声が聞こえた。悟の声で我に返ったのだろう、傑の呪霊はすぐに消え去った。


「朝っぱらから何してんだよ、お前ら」
「なんでもないよ、ね?傑」
「あぁ」
「ふーん、物騒に見えたけど?」
「ふ、二人の秘密〜!」
「その茶番まだやってたのかよ」
「悟」
「はいはい」


悟はやれやれといった感じで私たちの隣に並ぶ。それから三人で校舎へ向かって歩き始めた。
怖かった。傑が何をするのか、何をしようとしていたのか理解できなくて怖かった。あんな傑は知らない。初めて見る表情だった。
傑は黙って歩いている。何も言わずにただ前を向いて歩いていた。横顔からは感情を読み取ることができなかった。
もし次同じようなことがあったとしたら、その時は傑を止められないかもしれない。そんな思いが頭を過って、私は自分の身体を抱き締めるように腕を掴んだ。