滝のように降る雨


「間に合った…!」

マンションの前のコンビニで、朝食用のサンドイッチと牛乳。それに傘を買って高専へ向かった。コンビニから出た頃には、結構気持ちが落ち着いて来ていて、ここが見慣れた場所、―高専の近くであることが分かった。雨は強く降り続いていて、それでも雪でなくて良かったと思った。冬生まれなのに寒さに弱い俺にとっては、雪が降った日には外出なんて絶対に無理だからだ。

なまえのマンションから高専までは徒歩10分程度だった。昨日も通った道を辿って校舎へ入り、事務室へ向かう。途中、伊地知さんを見かけたけれど声を掛けることは出来なかった。いつも通り忙しそうだったからという理由もあるけど、何より顔を合わせる勇気がなかったのだ。だから俺はそのまま事務室に駆け込み、自分のデスクで朝食を取った。パンを齧りながらパソコンを立ち上げてメールチェックをする。特に急ぎの仕事はなかったけれど、今日中に片付けたい仕事がいくつかあったため、それらを処理して時間を潰した。


「おはようございまーす」
「…おはようございます…」

元気いっぱいに出勤してきたのはなまえだった。その後ろから釘崎と虎杖も出勤してきた。虎杖も釘崎も遅刻ギリギリなのに、余裕ぶっているのは昔から変わらない。なまえは普段通りといった様子で周りに声を掛けながら席に着く。そして、辺りをキョロキョロと見回した後、こちらに向かって歩いて来た。なまえは俺の前で立ち止まり、スッと腕を差し出した。その白い腕には見覚えがある。さっき、見た。ベッドの中の人の腕だ。

「伏黒さん、これ忘れてましたよ」
「……俺のじゃない」
「伏黒さんのでしょ?他の人に聞いてみます?伏黒さんのだよね?って」
「お、俺のだから聞くな、バカ」

差し出された手の中の物を受け取ろうとするが、なまえは渡そうとはしない。


「置いていかれるとは思いませんでした」
「…悪い」
「昨日はあんなに優しかったのになぁ」

俺の手のひらに、俺がなまえの家に忘れていった腕時計を置いたなまえは、耳元でそう囁いた。昨日飲みすぎたせいもあって、胃がキリキリと痛む。そんな痛みを無視して残っていた牛乳を一気に胃の中に流し込んだ。時計を置いてきたことに気付いたのは高専についてからだった。逃げきれない。そんなことは分かっていた。ただ、こうして現実を突きつけられると、余計に逃げ場のない状況に追い込まれていく気がする。

「なーんて冗談ですよ。伏黒さんは何もしてませんから安心してください」
「は?」
「だから、逃げないでくださいね」
「……どういう意味だ?」
「私、伏黒さん狙いなんで」


じゃあそういうことで!と言って自分の席に戻っていくなまえの後姿を呆然と眺めていたら、後ろから肩を思い切り叩かれた。振り返るとそこにはニヤリとした表情を浮かべた釘崎がいた。
釘崎曰く、この業界ではよくある話らしい。呪術師は呪術師同士でくっつくことが多いという。だから別に驚くような事ではないと言われた。でも俺は驚いた。だってまさか自分が対象になるなんて思ってなかったからだ。
あの後すぐに始業時間になり、俺は慌てて事務室を出た。それから授業をし、任務をこなしているうちにあっという間に夕方になった。その間ずっとなまえの事を考えていた。まんまと俺はなまえの策略に嵌ってしまったらしい。残念ながら。