木曜日には髪を乾かして


「なまえ、お風呂あがったよ〜」

上半身裸のまま髪を拭きながら、リビングに戻ってくるの悟。私の恋人。だらしない、いいかげん、でもかわいい、私の彼氏。ただいまって帰ってきたと同時にお風呂に入ってしまった悟に一人ぼっちにされた私は暇を持て余して、テレビを見ながら一人晩酌中だった。


「なまえ、すきだよ」
「うん、ありがとう」

ぬれた髪のまま私に横から抱きついて、甘い言葉を吐き出す悟。どうやったら女が喜ぶかっていうことを分かってる。もう慣れて一緒に住みだした頃ほどドキドキしなくなった。慣れってすごい。
濡れた髪が首筋に少し触れて冷たい。けど、今はそれよりも今見ているドラマの続きが気になってしまう。それを感じ取った悟は、ドライヤーを手に「髪乾かして?」と首を傾ける。


「自分でやんなよ〜」
「いいじゃん、ケチって呼ぶよ?」
「ケチはやだな」
「じゃあ頭やって?」
「…わかった」


視線はテレビのまま、ドライヤーの線をコンセントに差す。ソファに座る悟の後ろに回ってドライヤーのスイッチをオンにする。早く終わらせたくてパワーはマックス。が、そのせいで逆にテレビの音はドライヤーの音にかき消されてしまってあまり聞こえない。視線はテレビのまま、なんとなくこんなこと言ってるんだろうなって想定して、悟の髪をわしゃわしゃと乾かす。細くて柔らかい猫っけはすぐに乾くはずだ。


「優しくない〜」
「え〜髪乾かしてあげるだけ優しくない?」
「そうじゃなくて」


悟の髪を乾かすために忙しなく動いている私の手を掴んで悟が振り向く。「俺だけ見てて、ってこと」とまじめな顔を見せる。悟はいつもそうだ。ふざけていたと思ったら、次の瞬間にはオトコの顔を覗かせる。一瞬で変わってしまう空気に耐えかねて、「私、悟しか見てない」って言ったら、「じゃあ消すよ」ってまた前を向いてテレビを消す。

あ、やられた。そう思った時にはもう遅い。こうして私は今日も悟の手のひらで転がされてしまった。今日だけじゃない。明日も、明後日も、半年後も一年後も。きっと、ずっと。