午前9時の失態


朝からなんだか調子が悪いと思ってはいた。
けど、今日早く帰ればきっと大丈夫と信じて出勤した。が、それは過信だったようで、出勤して一時間、ダルさは加速していくばかりだった。けれど、呪術界は年中人手不足。私が休んだことにより生まれる影響を考えたらやらざる負えない。私は無理矢理体を起こしてパソコンに向かった。

「あ、悟。ちょっと時間いい?」
「ん?なに?」
「この前の任務のここなんだけど」
「あ〜これね…」


いつもならすぐに返事をしてくれる悟に反応がない。どうしたのかと思い顔を上げると、いつもつけているアイマスクを上に上げて私をじっと見ていた。体調がよくないことがバレないようにあからさまに視線を逸らした。


「…なまえ、僕に言わなきゃいけないことあるよね?」
「えーあったかな。ないと思うけど」
「あるよね」
「……ちょっと具合悪いだけだよ?」
「だーめ。今すぐ帰って寝て。残務は僕がやっておくから」
「大丈夫。だって悟に頼んだら伊地知くんに放りそうだし」
「信用して?」


真剣な目つきで見つめられて、「わかった」と言ってしまった。ここで意地を張っても仕方がないと思ったからだ。私のおでこに手のひらを乗せた悟が「熱は?」と問いかける。「大丈夫」と答えても「なまえすぐに無理するからなぁ」と全く信用してない様子。


「やっぱり僕が送っていくよ」
「大丈夫だって」
「なまえ、家に一人で居たら家事とかやるでしょ?」
「……」
「ほら否定できない」
「でも、悟も仕事あるし…」
「今のままだと任務に行ってもなまえが気になって集中できないよ?」
「……わかった」


こういう時の悟は絶対に引いてくれない。頑固。私がそんな悟の性格を分かってるのと同じように悟も私のことを良く分かっている。こういうのを持ちつ持たれつって言うんだろうか。ただ付き合いが長いだけじゃない、私と悟だけの特別な関係。それが実感出来てちょっとだけ嬉しかったりする。


「あー五条さんここに居たんですね」

悟が私を抱えあげようとしたその時、伊地知くんが現れた。どうやら任務が迫っているようだ。私の腰に添えた手に力を込めて、悟は私を自分の方へ抱き寄せた。どうやらこのまま任務に向かう気はなさそうだ。それを察した伊地知くんがぎょっとした顔をして悟を見た。


「悟、私、硝子のところで休んでるから」
「え〜」
「硝子と一緒なら安心でしょ?」
「五条さん、そろそろ時間が」
「「伊地知うるさい。黙れ」
「ひぃっ!す、すみません!」
「なまえごめん。少しだけ行ってくるね」
「うん。いってらっしゃい」

私はそう言って悟を見送った。ふぅ、と一息ついたところで、いつから見ていたのか硝子が現れて「なまえも大変だな」と肩に手を置いた。大変だなんて思ったことは一度もないから、硝子の言っている言葉の意図が理解できなくてきょとんとしてしまった。


「わからないならそれでいいんだ。医務室行くんだろう?」
「ごめんね、ベッド空いてる?」
「なまえのためならいつでも空ける」
「ふふ、硝子大好き」
「五条が聞いたら暴れ出しそうなセリフだな」
「あ、それは分かる」

硝子と笑いながら私はパソコンの電源を切った。普段は半日掛かる任務を悟が一時間で終わらせて帰ってきたのはまた別のお話。