午前11時の来訪者


「あ〜なまえちゃんやん。久しぶりやな」

高専の中を歩いていたら、禪院直哉くんが少し離れた場所から手を振っていた。ぺこりと頭を下げてやり過ごそうと歩調を早める。しかし、直哉くんは術式を使って私の目の前に立ちふさがった。


「逃げることないやん〜」
「そういうつもりではなくて、少し急いでいたので…」
「それって俺より大事な用事なん?」

直哉くんが私の方へと一歩歩み寄って、じゃり、と地面の砂利が音を立てた。ぴりっと背筋に電気が走る。私はこの人がどうしても苦手だ。

…というのも、初対面の直哉くんは私のことを快く思っていなかったらしく、「こっち見んなブス」と言われたのが最大の要因。そして、その直哉くんが私の彼氏が悟だと知って、態度が180度変わったのが第二の要因。悟と付き合っていることを知ってからの直哉くんは、私に優しい言葉を投げかけてはくれるものの、その視線にはどこか棘がある様に私には感じられて、だから、私はどうしても直哉くんへの苦手意識を払しょくできないまま5年以上の時が過ぎていた。


「こちらにいらしてたんですね」
「そうやねん、どうしてもって呼び出されてなぁ」
「これから任務ですか?」
「いーや、もう終わった」
「さすがですね」
「ほんでな?めっちゃ暇やんか?俺」
「……そうなんですか?」
「そうなんよ。で、もうすぐ昼やろ?」
「そうですね」
「せやから一緒に飯でもどうかな?思うて」
「え?」


待って待って待って。どうして私が?という疑問符ばかりが頭に浮かぶ。次点で上手に断る方法を模索する私の脳内。答えが導き出来ない。それもそうだ、相手は私より格上の人間なのだから。しかも、今は悟がいないこの状況で、直哉くんと一緒にいるところを見られてしまったらまずいのではないか。そんな考えが頭の中を支配していく。どうしよう、どうやって断ろう。必死になって頭を働かせるも、直哉くんはそんなことはお構いなしといった様子で続ける。

返答に困っていると、無言は了承であると判断したであろう直哉くんに「ほな行こか」と腕を掴まれた。あ、と思った時には既に遅くて、そのまま引っ張られるように歩き出した。抵抗するも虚しく、ずるずると引きずられて行く。ああ、どうしよう。このままでは直哉くんと食事に行く羽目になってしまう。


と、そこに「何してんの?」と私の腰に腕を回され抱えられた。悟だ。悟の姿を目視した瞬間、直哉くんは私を掴んでいた腕を離した。


「悟くんやないか」
「で?なまえに何の用?」
「そないな怖い顔せんといて。少し話してただけやから」


さっきまで私を掴んでいた手を肩の高さらへんまで掲げて、直哉くんは減らりと笑って見せた。直哉くんが諦めてくれたこと、それに何より悟の顔が見れてホッとした。悟が来てくれなかったら、私は味のしないご飯を食べることになっていただろう。悟はは私の顔を覗き込んで「大丈夫だった?」と聞くものだから、こくりと小さくうなずく。


「ほなな。また連絡するわ」
「二度と来なくていいけどね」

直哉くんの捨て台詞に嫌味を返した悟は、私を抱えなおしてもう一度「大丈夫?」と言葉を口にした。悟の首にぎゅうっとしがみ付いて「大丈夫だけど大丈夫じゃなかった」と言えば、悟が小さく笑った気配がした。
「とりあえず移動しよっか」
「うん」
「僕が抱っこしていくよ」
「え、ちょっと、それは恥ずかしいんだけど……」
「じゃあ自分で歩く?」
「もう少しだけこうしてたい」
「じゃあ人気のないところ行こうか」

悟は私を抱えたまま建物の裏へと向かう。そして、誰も来ない日陰で私たちはキスをした。