朝三暮四にはなりたくない


前回、なんとなく微妙な空気のまま別れてしまったせいで、なまえを呼び出すのを躊躇う日々が続いた。前までと変わらない、任務をこなして、味気ない飯を食って、眠れないのにベッドに横になる日々。それが2週間続いたところで、硝子に「大丈夫か?」と聞かれてようやく鏡の中に映る自分の顔がひどいことに気づいた。そして、意識的にか無意識にかは分からないままなまえを呼び出した。次の待ち合わせ場所は、品川にした。


△△△


待ち合わせ場所に現れたなまえは、前回のことなんかなかったかのように変わらない態度を見せた。任務終わりだった俺は制服姿のままだったけど、なまえは何も詮索してこなかった。前まではそれが心地いいと思っていたのに、今はなんで聞かねぇんだよって苛立ちのほうが勝っていた。

とりあえず、で入ったエキナカのカフェで、「お前好きなもんとか行きたいところとかねぇの?」と問いかける。注文したカフェオレを一口飲んだなまえは、「そうだなぁ」と考え込んで、「本当にどこでもいい?」と俺の目を見た。


「別に暇つぶしだしどこでもいい」
「ならせっかく品川来たし水族館がいい。サメ、好きなの」
「サメ?あぁ、あの口も身体もでかいやつ?」
「違うよ、それはジンベイザメ。品川に居るのは違う種類のやつ」
「ふーん」


記憶の中にある水族館は沖縄の水族館で、でっけぇ水槽の中にでっけぇサメが2匹居て。俺の楽しい記憶には全部傑が居たってことを思い知らされる。海も校内も、空港も駅も。行動範囲もそうじゃない場所も、なんだかんだで傑と結びつけてしまう。どこで道を間違えたんだろう。どこで傑は違う道に進んでしまったんだろう。同じ景色を見ていたと思っていたのに。


「悟くん…?」
「悪い、ちょっと考え事してた」
「もう、私と一緒に居るのに他のこと考えないで!」
「はぁ??」
「私は別にそんなこと思わないけど、普通の女の子は気にするから気をつけたほうがいいよ」


なまえらしくない言葉だと思ったら、一般論だったらしい。ホッとしてなまえの顔を見る。マイナスに働いている俺の思考とは関係なくニコニコ笑っていた。あーよかったって思って自分の思考の浅はかさにがっかりした。


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水族館が暗くてよかったと思った。
少し薄暗い館内で、なまえと手を繋いで歩けるから。休日の水族館はほどよく混んでいて、カップルと家族連れで溢れていた。俺と手を繋いだなまえは、ほどよく歩を進める。魚になんかこれっぽっちも興味はない。ただ、隣でなまえがうるさく魚の説明をしてくれるから、自分も少し魚が詳しくなったような気持ちになって楽しいって思ってしまったんだ。


しばらくしてイルカショーの会場に着いた。「良く見えたほうがいいだろ」と理由をつけてなまえを連れてセンター最前列へ座った。


「ここ濡れるんじゃないの?」
「平気平気」
「本当に?」
「俺が言うんだから平気」
「じゃあ信じよ〜っと」


半信半疑っぽいのになまえは口先では信じると言ってくれた。イルカショーが始まって、なまえにバレないように腰に手を回した。当然水しぶきは遠慮なく飛んでくる。けれど、俺もなまえも無傷。なまえは何度も「え?なんで?」ってキャッキャしながらイルカショーを楽しんでいた。俺が一緒に居んのになまえのこと濡らすわけねーじゃん。無下限呪術の使い手だからな、俺。

ショーが終わっても、なまえはイルカのことよりも濡れなかったことのほうに興味があったみたいで、俺に何度も「なんで?」「すごいね?」って言ってきた。理由は教えてやんなかった。褒められてるのには慣れてるはずなのに、なまえに褒められるのは特別な気がした。すげぇ嬉しくて、少しくすぐったい。


「あ、悟、サメのキーホルダー買いたい」
「それは俺に買えってこと?」
「違うよ〜!面白い体験させて貰ったからお礼がしたいと思ったの」
「ならコレにしようぜ」


そう言って俺が手にしたのはチンアナゴのキーホルダー。お揃いで買うなら、やっぱり特別がいい。なまえがサメより俺を好きになればいいのに。だから、なまえが一番興味なさそうだったチンアナゴを選んだ。意図して。


「悟はそれがいいの?」
「これがいい」
「じゃあそれにしよっか」
「…俺が買う」


チンアナゴを2つ、サメを2つ、合計4つのキーホルダーを持ってレジに向かう。「サメも買ってくれるの?」って後ろからついてくるなまえが俺に問いかけた。「気が向いたから」と答えたけど、やっぱりなまえに喜んで欲しいからっていうのが正直な気持ち。


「そういえば誰かにこうしてプレゼントすんの初めてだわ」
「嬉しい。ありがとう、悟」

会計が終わったキーホルダーを渡せばそれを受け取って嬉しそうになまえがはにかんだ。じんわりと心があったかくなる。なまえが俺の彼女になればいいのに、そう思った1日だった。