五里霧中を彷徨う


5回目のなまえのレンタル。待ち合わせ場所は浅草にした。
前回はなまえの好きな場所に行ったから、今回は俺の行きたいところに連れていくとメッセージを送ったけど、本音は別のところにあった。サイトのなまえのプロフページに『寺社巡りが趣味』って書いてあったからだ。浅草と言えば浅草寺だろ。
人がごちゃごちゃ集まる場所には呪霊が生まれやすい。そして、正負の感情が入り乱れる寺社においてはその確率も格段に上がる。当然いつもはそういった場所は避ける。けど、わざわざなまえと会うのにそういう場所を選ぶってことは、俺は相当なまえに好意を持ってるらしい。


待ち合わせの駅で、なまえを見つけて二人並んで人波に紛れて前へ進む。目的地は浅草寺。ただ、今回はなまえにほんの少しわがままを言って欲しくて、意地悪をすることにした。自分でもひねくれてるなって思ったけど、なまえと一緒に居てもなまえの本音つーかありのままのなまえみたいのが見えてこないから、俺なりに考えてそうすることに決めた。


雷門を潜って、浅草寺までは一本道だ。浅草寺へ真っ直ぐ向かう人が多い中、俺は足を止めて、路肩の店を覗き込む。


「なにか食べるの?」
「まぁな」
「悟くん、意外と甘いもの好きだよね」
「いっつも色々考えてるから脳に餌やってんだよ」
「へぇ。いつも何考えてるの?」
「……知らね」


なまえのこと、と言いかけて、つい最近まで、俺の頭の中のほとんどを占めていたのは傑だったことを思い出す。なまえを傑の代わりにしているつもりも、なまえが傑の代わりになるわけでもない。それなら俺はなまえに何を求めているんだろう?指先が冷えていく感じがして動けないで居たら、なまえが「悟?大丈夫?」と言いながら俺の手を握った。冷えていた指先にじんわりと熱が滲む。考えるのを止めることは逃げだろうか?きっとなまえはそうは思わないだろう。


「なまえは?食う?」
「食う食う」
「女が食うとか言うな」

握られた手を握り返して、二人分の団子を注文する。なのに数十秒後すぐに、団子の代金を払うためにその手を離さないといけなくなってクッソって気持ちになった。なまえが一本、俺が三本。両手が塞がって、しばらく手が繋げない。そんな時間すらもどかしい。


「ねぇ、悟」
「なんだよ」
「なんで浅草なのかなぁって聞いていい?」
「…買い食いしたかったから」


もぐもぐと団子を口に頬張りながら、二人並んで歩く。なまえの求めている正解がなんであるかはわからなかった。ただ、素直になれない自分が居て、そんな俺にもなまえは「私が寺社巡り好きだから連れてきてくれたのかと思っちゃった」と恥ずかしそうに微笑んだ。「そうだよ」の一言が言えない俺は「んなわけねぇだろ」と悪態をつく。


「だよね〜。恥ずかしい!」
「おい、なまえ」
「ね、悟、次は何食べる?」

言いすぎてしまった、そう思って、「浅草寺行こう」と言おうとした。そんな俺の浅はかな願いに気づくことなく、なまえは本来の目的だと思っている「買い食い」の次の目的地を目指して歩を進める。たった一言でいい、その言葉が俺には言えなかった。


「次は、」と言いかけたが、なまえが「浅草寺行こう」って言ってくれるものと思っていたのでノープランだった。まだ残っている団子片手に「なまえは?」と問う。「ん〜私は〜」と考えながらキョロキョロと辺りを見回す姿すらかわいい。手を伸ばして、肩抱いて、俺のもんだって主張して歩きたい。そんな欲望が己の中で渦巻く。


「じゃあ、あれは?あげまんじゅう!」
「お前がいいならそれでいい」
「もう〜悟が食べたくて来たんじゃないの?」
「別に。俺は甘けりゃ何でもいい」
「そうなの?じゃああげまんじゅうね!」


そう言って、なまえは俺の腕をあっさりと掴んで歩き出す。いつもより少し早く。傑が居た頃にはこうやって腕を組んでくる女をうっとおしいとしか思わなかった。俺、少しは成長したか?傑に問いかけたいけれど、もう傑はどこに居るかすら分からない。



「なまえ、あげまんじゅう食ったら浅草寺行こうぜ」
「いいの?」
「いいもなにも浅草来て行かない方が変だろ」
「悟、変な人じゃん」
「うるせ〜〜!んなこと言ってると行かねー」
「ごめん、ごめんって」


ケラケラと笑いながらなまえが俺の腕を引いて前を歩く。
結局今日も俺の負けだ。もう負けでいいから、負けを認めるから、もっとなまえのこと教えてくれよ。客としてじゃなく、一人の異性として扱ってくれよ。そんな願いが晴れた空に溶けていった。