午後7時の泣き虫


珍しく僕よりなまえが遅く帰ってきた日、無言で荷物を放り投げたなまえはソファに座る僕の上に跨って抱きついてきた。いつもならお願いしなきゃしてくれない動作になにかあったんだろうなと咄嗟にその体を抱きしめた。

こういうことはたまにある。
前回は任務に一般人を巻き込んでしまった時、その前はなんだったけな。とにかく理由は自分じゃなく他人を傷つけた時がほとんどだった。何も話さず無言で僕に抱き着いたなまえが口を開いてくれるのを僕はひたすら待つしかない。背中を撫でて、ただ待つ。


「…悟、」
「うん?」
「今日の任務で山田さんと一緒だったんだけど、」
「うん」
「山田さんの片手が呪霊に食べられちゃって、」
「うん」
「わたし、なにもできなくて、」
「うん」
「血がすごく出たの」
「……うん」
「こういう時硝子だったら腕を治せるのにとか、悟ならやられる前に呪霊倒せるのにとか考えてて、そしたら私ってすごく無力で、何もできない、誰も助けられないって、」
「…………」
「わたし、呪術師向いてないのかなあ」
「そんなことないよ」


他に言葉を見つけられず。言葉の代わりに頭を撫でるとなまえ は僕の肩口に顔を埋めたまま首を振った。こんなことで泣かせてしまうなんて情けない。でも、呪術師をやっていれば自分が傷つくことも他人が傷つくことも、助けられない命があるのも当然で。避けられるものなら避けて通りたい道ではあるけれど、全ての人を救うのも無理で怪我をせずに任務をこなすことも無理。被害をどれだけ最小限に済ませるのかが大事、だとは思う。僕はそう割り切れるけど、優しいなまえは割り切れない。
それが彼女のいいところで、悪いところだ。
なまえ だって別に弱くはない。むしろ強い方だと思う。ただ、同期が僕や硝子、それと傑なことでどうしても低評価をつけられやすいことは確かで、それがなまえの劣等感と重なって気持ちをマイナス方面に傾けてしまうんだ。だから、僕がいる。なまえがこれ以上苦しまないように、少しでも笑えるように、隣にいる。


「…なまえご飯食べよう?」
「悟が作ったの…?」
「デパ地下で買ったヤツだよ、ごめんね」
「ううん、嬉しい」


一緒にご飯を食べよう。一緒にお風呂に入ろう。そして、お互いの髪を乾かし合って、撮り溜めておいた番組を見よう。そして、アイスを食べて、一緒に歯磨きをして、一緒に眠ろう。日常を取り戻して、なまえがまた笑えるように。だって、僕はなまえが大好きだから。