散りばめられた嘘と星


高専の教師の仕事は教育だけではない。教師一年目のなまえもそれは例外ではなかった。教師としての仕事を終えても、こうして職員室で報告書を纏めている。多少めんどくさいとは思うこともあるけれど、それを苦痛だと思ったことはなかった。
けれど、教育に関しては違う。
なまえの受け持ちの生徒は、ゴールデンエイジと呼ばれるほどの出来のいい子たちばかりだった。出来のいいと言えば聞こえはいいが、それは呪術師としてのことで、生徒としては難ありの生徒ばかりだった。


「せんせー、まだ仕事してんの?」

職員室のドアを開けたのは、受け持ちの生徒の一人の五条悟だった。彼が一番扱いが難しいのにな、と思いながらなまえは立ち上がった。五条悟は名家の生まれであり、実力も自分よりある。受け持ちの生徒の三人の中で一番扱いがめんどくさい…もとい、扱いづらい生徒の筆頭だった。


「どうしたの?」
「電気点いてたから」
「もう帰るところだよ」
「マジで〜〜?」


無遠慮に職員室の中に五条悟は入り込んだ。テスト期間ではないと言っても、職員室内には生徒に見られてはいけないものもある。なので、帰るところだとお茶を濁したのに、となまえは胸中穏やかではない。ツカツカと歩みを進めた五条は、なまえの席の椅子に座った。デスクの上に置かれた資料を手に取り、「全然終わってないじゃん」と食べていたチュッパチャップスを手に笑った。


「別に今日終わらせなきゃいけないわけじゃないし」


ただの言い訳だった。一刻も早く五条を職員室の外に出したい。二人でいるところを見られるのも、その場所が職員室内だということもなまえにとっては気がかりでしかなかった。五条の手から資料を奪い、鞄にしまい込む。ノートパソコンの電源をオフにする。新任教師にはどれもこれも懸念材料にしかなり得なかった。


「そんな避けなくてもいいじゃん」
「避けてるわけじゃないよ」
「なら少し俺と話そうよ」
「職員室の外でいいなら」


許諾してしまったことが間違いだったとなまえが気づいたのは、職員室を閉め帰り道に差し掛かった頃だった。五条は食べ終わったチュッパチャップスの棒を手持ち無沙汰に持ちながら、なまえの横を歩いていた。一年生にして、その身長はなまえより高い。廊下の灯りが作り出す大きさの違う二つの影を眺めながらただ歩いた。


「話って何?」

校外へ出ても五条は黙ったままだったので、なまえから用件を問いかけることにした。あと数メートル進めば結界の外に出てしまう。こんな時間に生徒を、それも五条を外に出したとなれば職員会議の議題になるだろう。歩む足を止め、五条を見た。秋の少し乾燥した風が五条の前髪を浚う。


「俺がせんせーのこと好きなの知ってる?」
「知らないよ」
「それをお知らせしに来たんだけど?」
「そう」


なまえは平常を装ったつもりでいた。声のトーンも表情も変えない、サラっと流してなかったことにしたかった。内心は心臓がバクバクと音を立てているというのに。


「他になんかねーの?」
「私が教師であなたが生徒である以上、なにもないよ」
「すげぇムカつくわ」

ドンと音を立てて五条がなまえの後ろにある木を蹴った。これにはなまえも少したじろいで背後の木の場所に追い詰められた。後ろに木、前に五条と逃げ場はない。なぁなぁにやり過ごそうという気持ちがなまえの中から消えていく。


「五条くん」
「あ?」
「先生からかったらダメだよ」

しかし、なまえの口から出てくるのは未だに否定の言葉だった。明らかに怪訝そうな感情を顔に出した五条はなまえの胸倉を掴んだ。そして、反対の手で顎を持ち上げ、強制的に口づけを施す。舌先で唇を割って咥内に押し入る。なまえは五条の胸を押して抵抗を試みるが無意味だった。学生とはいえ、相手は男。


「っん、」

息継ぎすら許さないとでも言いたげに、深いキスが続いた。ぬるりと咥内を這いまわる舌は不快どころか気持ちいい。いつしか抵抗のために五条の胸を押し返していたなまえの手から力が抜けていた。
一体どのくらいそうしていたのだろう。ようやく解放された唇は呼吸を整えるために空気を吸って吐いてを繰り返すしかできなかった。


「子供だと思ってバカにすんなよ」

そう言って五条は掴んでいた名前の胸倉から手を離した。その場にへたり込んでしまいそうになりながら、木に凭れ掛かることで辛うじてなまえは立てていた。口元は二人の唾液で濡れていた。

秋の風が二人の間に吹いた。月明かりに浮かぶ五条の顔は満足そうに見えた。

リクエストは、高専五条さんと先生でした。
リクエストありがとうございました!