時が6秒止まった


任務終わりの表参道、歩道の向かい側になまえを見つけた。
知らない男と一緒に居て、相手から封筒を受け取り一言二言会話を交わして別れる。なまえの客が自分だけだと思っていたわけじゃない。それでも、自分以外の人間を相手にしているなまえを見るのは初めてだった。思わず固まって、動けなくなった。気分はまるで彼女が浮気している所を目撃した男の気分。なまえは俺の彼女ではない。俺もなまえの彼氏ではない。金銭の授受によって成り立っている、俺はなまえにとってはただの客のひとりにしか過ぎないということを思い知らされた。


「五条さん?」

動かない俺を不信に思った恵が俺の服を引っ張った。我に返って、「なんだよ」と表情を取り繕った。


「いえ別に」
「もうすぐ迎えの車来るからお前はそれに乗って帰れ」
「五条さんは?」
「俺、俺は、一人で帰る」
「そうですか」

そう言って恵は俺を見上げていた顔を下げて前を向いて背負っていたリュックをぎゅっと握った。悪い、と声を掛けて頭に手を置く。今日は、こいつを連れ立っての初めての任務だった。育てると決めたのは自分で、優先するべきも後進の育成だ。俺の感情は今は心の中に留めておかなきゃいけない。


「津美紀への土産でも見に行くか」
「うん」
「なにが好きなんだよ、お前の姉ちゃん」
「あまいもの」
「範囲広すぎんだろ」
「いちご」
「あーはいはい、そっちか」

恵との会話を終えて、なまえが居た場所に視線を戻す。そこにはもうなまえの姿はなかった。忘れようと恵と一緒に片っ端から甘いものを買いあさった。チョコにクレープに生クリームたっぷりのメロンパン。それとスムージーにチーズケーキとプリン。こうやってなまえのことも金で解決できりゃーいいのに。その考え自体がそもそも間違っているのに。


▼▼▼


恵を自宅に送り届けて高専に戻った。疲れ切っているのに、津美紀に「こんなに食べられません」と突っ返されたケーキを手に硝子の部屋へ向かった。


「ひどい顔してるな五条」

人が土産を届けに来たっていうのに、硝子の第一声は相変わらず冷たかった。「はぁ?いつも通りだけど?」と言えば、「そうか?じゃあ、一緒に食うか?」と言って部屋の中へ招き入れてくれた。相変わらず本や服が散らばった乱雑な部屋に通され、ギリギリ空いている場所に腰を下ろす。備え付けのミニ冷蔵庫から取り出された水を渡されて、受け取って一口飲んだ。


「で?」
「でってなんだよ」
「ここんとこ元気そうだったじゃないか」
「まぁ、そうかもな」
「なにがあったんだ?」

誰かに気持ちを吐露したら楽になるなんて思わなかった。けど、硝子なら同じ女なら、少しはなまえの気持ちを分かるかもしれないとなまえとの出会いから今までを端折って説明した。


「で?」
「だから、なんで感想それなんだよ」
「五条のほしい答えが私には分からん」
「……なまえが俺のことどう思ってるかとか」
「そんなこと私が知るはずもなかろう」
「なら、俺のこと特別に思ってるかとか」
「それもわからんな」
「……もういい」

貰ったペットボトルを手に立ち上がる。硝子はそんな俺を引き留めることはしなかった。ただ「相手がどう思ってるかより五条がどうしたいかが大事なんじゃないか?」と呟いた。そして、「アドバイスして欲しいなら次から甘いものより酒にしてくれ」と言ってきた。


「もう相談なんかしねーから」
「それが一番だ」

振り返らず硝子の部屋を後にした。

現状、俺となまえの関係はただのレンタル彼女とその客。あと何回の時を重ねたらなまえの深いところに入れるんだろうとか、出会い方が違っていたらなんて考えるのはもうやめた。


部屋に戻ってパソコンを開く。
6回目になるともう予約も手慣れてくる。なまえのスケジュールを見て、○がついている日を選択して予約ボタンを押す。次はどこに行こうか。何をしようか。そんなことを考えながら。