呪いまじりの子守歌


目を瞑っても、ベッドに転がっても、好きな音楽を聴いても、どうにも眠れない夜がある。今日はその日で、スマホで検索して出てきた「牛乳を温めて飲む」という行為を試してみることにした。私の部屋に電子レンジはないから、談話室に備え付けのキッチンまで赴いた。電子レンジに牛乳を入れて、スイッチを入れる。牛乳が温まるまでと、談話室のソファに座って天井を見上げる。


「ツナマヨ?」

目元にタオルが降ってくる。冷たいタオルをどかすと、声の主が見えた。お風呂上りなのだろうか、ふわっとボディソープの香りがしてきた。なんの香りだっけ、これ。確か眠くなるとかリラックスする香りだったような気がする。


「こんな時間にお風呂?」
「しゃけ」
「あー任務だったのか。準一級だもんね、棘は」
「ツナツナ」
「ふふ、労働基準法に当てはまるのかな、呪術師も」


きっともう寝るだけなのだろうに、棘はソファの後ろからぴょんと身軽に背もたれ部分を飛び越えて、私の隣に座った。そのタイミングで電子レンジがピーピーと機械音を鳴らす。せっかく棘が隣に居るのにって思ったら牛乳を取りに行く気にならなかった。


「明日任務なんだぁ」
「明太子、高菜」
「任務、行きたくないなぁ…」


棘にだから話せた弱音だった。前回の任務で、自分の失態のせいで先輩を怪我させてしまった。硝子さんの治療を受けて、結局痕は残らないらしいけど、自分のせいで人が傷つくのが怖くなってしまった。それは、自分が傷つくより怖いということに気づいてしまった。何度か任務を断った。一度、二度は許されたけど、三度目になった今回は、悟に「やる気ある?」と言われてしまった。何のためにここに居るんだって話になるもんね。



「ツナツナ」

ぽんぽんと棘が私の頭を撫でる。まるで小さい子をあやす様に優しく。普段はパンダと悪ふざけばっかりしてるから、ふいに優しくされてしまうと弱い。だって、私は棘が好きだし、棘に怪我させてしまうことが一番怖い。


「こんぶ」
「大丈夫、眠くないだけだから」
「おかか」
「そんなにひどい顔してる?」


自分で自分の頬を触る。冷たい自分の指先の感触がするだけで、どんな様子なのかわかるはずもないのに。冷たい私の指先の上に棘の手のひらが重なる。棘の手は暖かかった。どうしようもなく暖かくて、まるで心に触れられているみたいで泣きそうになった。


「棘のそういうところ好きじゃない」
「おかか」


そう言って、棘は重ねていた手で私の手の甲をつねった。だって、優しくされた分、私は棘を好きになってしまう。私の不安に思ってることなんて、きっと棘にとってはつまらないことで、とっくに乗り越えてきたことなんだろうな。どうして私は弱いんだろう。どうして棘にだけ弱いところ見せられちゃうんだろう。



「あのね、棘、わたし、怖くて眠れないの」
「しゃけ」
「どうしたらいいのかな」

ジッパーが下がる音がして、棘の口元が見えた。え、呪言?「寝ろ」って言われる?ここで?って思ったところで、にっこりと棘が悪戯っ子みたいに笑った。「待って」と制止してみたけれど、ふるふると首を振られただけだった。


「俺のことだけ考えろ」

その言葉が耳に響いた途端に、笑ってしまった。もう私の頭の中なんて棘でいっぱいなのに。ゴホ、と苦しそうにしてる棘のために立ち上がって、電子レンジからぬるくなった牛乳を持ってきて手渡す。牛乳でよかったのかな。牛乳って喉にいいんだっけか。ありがとうの意味の言葉を口にした棘は、牛乳を口に中に流し込んだ。

「棘のこと好きだけどやっぱり好きじゃない」

そういえば憂太と里香ちゃんの時に、悟が言ってたような気がする。「愛ほど歪んだ呪いはない」って。じゃあ、私が少し気持ちが和らいだのも呪いのお陰なのかな。あと少しもう少し、がんばってみようと思えた。棘が居る、この場所で。