浅瀬で溺れる人魚姫


「なまえはバカなのかな?」

手にしていたグラスをテーブルに置いた傑は私を心底馬鹿にしたような表情をして私を見た。傑にも悟にも硝子にもずっとバカと言われて、言われなれているとは言え、バカと言われると正直辛い。


「だって、」
「はいまた言い訳」
「言い訳だけど聞いてくれてもいいじゃん」
「私に言い訳してどうするんだい」
「そうだけど〜」


愚痴くらい聞いてくれても、いいじゃない。ため息を零せば、優しい傑の手が私の頭の上に乗っていた。いつもそうだ、私は選ぶ男を間違える。浮気性の男に引っかかったのは、これで何度目だろう。浮気性でも、自分が本命であったならまだ救いようがある。私はいつも浮気相手の方。なんでなのかな?


「なまえ、飲みすぎ」
「飲みたいときは飲むべきって硝子が言ってた」
「硝子となまえは違うだろう?」
「なに?心配してくれてるの?」
「そりゃあね。酔ったなまえを運ぶのは私だから案じているよ、自分を」
「ひっどい」


私が落ち込んでるのにいつもと変わらず茶化してくる傑の態度に、さっきより角度をつけて酒を胃に流し込んだ。隣に座っている傑はかっこつけて、ロックアイスをカラカラと鳴らすだけだから余計にイラついた。


「こういう時くらい優しい言葉を掛けてよ」
「彼女にしか優しくできないんだ」
「フェミニストじゃないの?」
「誰彼構わず優しくなんてしないよ」
「どんな風に優しくするの?」
「急に呼び出されても駆けつけたり、ヤケ酒に付き合ったり、愚痴聞いたりかな?」


まるで告白されているかのような言葉に、思わず傑の顔を見た。傑は、いつもと変わらないすまし顔でグラスを傾けていた。これは私の反応を楽しんでいる顔だ、と思った。だから反射的に「そうやって女の子口説いてるんだね」と嫌味を口にした。


「女性を口説いたことは一度しかないよ」
「へぇ、傑にもそんな風に思う人が居たんだ」
「ちなみに今だけど」
「……わたしのこと揶揄って遊んでるでしょ?」
「どうかな。どう思う?」
「厭味ったらしい男だなと思うよ」


私の返事を聞いた傑は「なるほど」と言って自分の顎を撫でながら考え込んだ。と思ったら、バーカウンターに置かれたナッツに手を伸ばし、それを口に放り込んだ。私も次に口にするべき言葉が見つけられず、同様にナッツに手を伸ばした。二人のもぐもぐとナッツを噛み続ける姿はシュールだ。だけど、どちらも言葉は発しなかった。


「なまえが歩けるうちに帰ろうか」
「…うん」
「次はいい男を選びなよ」
「ちょっと!」


傑がバーテンダーにチェックを依頼する。私は、トイレに向かう。トイレの鏡に映る自分の顔が赤く見えて、飲みすぎたせいだと理由をつけた。

多分、次も私はいい男を選べそうにない。