ずっとともっとと


「七海さん何しに来たんですか」
「私を呼んだのはあなたでしょう?」
「そうですけど」
「上がってもいいですか?」
「お好きにどうぞ」

「今日来れる?」なんて連絡久しぶりに貰って、仕事も急いで片付けて愛しい恋人の元をようやく訪れたと思ったらこの仕打ち。「おかえり」とか「待ってたよ」なんて甘い言葉なんて元々期待してなかったですが、これはさすがにひどいでしょう。

恋愛と言うのは甘くてふわふわした綿菓子みたいなものだと思っていたのは、高校生の頃まで。初めて付き合った人と付き合って別れてを経験して、誰かと付き合うということは誰かを傷つける覚悟をするということだと気づいた。それは男でも女でも変わらない。

なるべく相手を傷つけないように、言葉は悪いけど少しの我慢が必要。相手を煽てて気分を良くさせてあげるほうが、言い争うより楽。そうなってしまったのは、自分が年を取ってしまったからなのだろうか。

部屋の隅に荷物を置いて、ソファの真ん中にドカッと鎮座するなまえに近づく。あからさまに不機嫌。でも、めんどくさいより先に何かあったのか、なんて思ってしまう私はきっと自分が思っているよりもなまえに溺れている。


「なにかありましたか?」
「べつに」
「ちゃんと聞きますから。もう少し端に寄ってください」

唇尖らせながらもなまえさんは私の座る場所を作るためにソファの真ん中からちょっと移動してくれる。が、移動してすぐ、目の前のビールを一口飲んだ。今日はそれすら不服らしい。
ガラスのローテーブルの上に散乱したビールの空き缶見れば、何かあったのは明らか。この様子だときっと簡単には口を割らないでしょうが。


「話したいことあるのでは?」
「七海さんが勝手に来ただけでしょ?」
「勝手にというのは言いがかりですね。それなら私は帰ったほうがいいのでは?」
「別に帰んなくてもいいけど」

口をもごもごさせて言葉を濁すなまえ。普段は私と張り合うほどお酒が強いのに珍しい。
ビールの空き缶が1、2、3、…6本。


「酔ってますね?」
「…酔ってない」
「じゃあ怒ってますか?」
「怒ってない」
「私はどうしたらいいですか?」
「一緒に居て欲しい」
「すみません、もう一回お願いします?」

消え入りそうにポツリとなまえが発した言葉は予想外で、思わず聞き返してしまった。もしかすると、これは怒っているのではなくいじけているのでは?

そう考えれば、心当たりがないわけじゃない。
最近、仕事が忙しくて電話はおろか、LINEも既読スルーしちゃうことが多くて。それを申し訳ないと思ったから、今日はこうして頑張って来たのですが。


「寂しかったんですか?」
「言わない。七海さんのバカ」
「そんなバカが好きなんでしょう?あなたは」
「好きじゃないもん」

会話を遮るようにビールを口に含むなまえ。
そのビールがテーブルの上にトン、と音を立てて置かれたのを確認して、そっと抱き寄せた。
「なにするの」と口では強がって見せるけど、抵抗しないところを見ると私の考えは的外れではない。


「仲直りしましょうか」
「別にケンカしてないよ」
「寂しかったならそう言って欲しかったですね」
「…七海さんうるさい」

仲直りのキスはどちらからなんて分からないほど同じタイミングだった。
なまえの口からビールのホップの香りが移って、苦いはずなのに甘さに酔いそうになった。

「会いたかった、」とキスの合間に零すなまえ。
そうやってまた私の心を乱す。私ばかりが乱されても癪なので、今日はこれから私の腕の中で乱れて貰いましょう。心の赴くままに。