治療に当たっていたスズの耳に届いた、バシュッという大きな音。

見上げた空に、もうあの重苦しい"帳"はなくなっていた。

"良かった…"と少し笑みを見せたスズだったが次の瞬間、その体がフワッと宙に浮きあがる。


「うわっ!」

「スズ!?ちょっと…って、アイツか。」


突如聞こえたスズの叫び声に反応した家入だったが、彼女が飛んで行った方向を見れば、そこには自分の同期の姿があった。

治療の方はひと段落しそうだし、彼に任せておけば心配はないだろうと判断し、家入はそのままスズを見送った。


「…あの子も厄介な奴に好かれたもんだわ。ドンマイ、スズ。」





第45話 規格外





空に舞い上がったスズは数秒後、大きく温かな感触に背後から包まれるようにして動きを止めた。

自分の腰に回っている長くキレイな手、優しく香る柔軟剤の匂い、そして何より空に人を呼び寄せる破天荒な行動…

このすべてに該当する人物を、スズは1人しか知らなかった。


「悟先生…!!」

「お待たせ。」


背後から抱きしめられたまま顔を上げれば、目隠しを外した状態の五条が穏やかな笑みをこちらに向けていた。

そのまま体を反転させ彼と向き合うと、スズは何かに耐えるように下を向いて深く呼吸をする。

そんな様子を不思議そうに見つめていた五条が何か声をかけようとしたタイミングで、スズが不意に彼の服の裾を掴んだ。


「(! スズがこういうことするの珍しいな…!)ん?どうした?」

「…」


想い人の積極的な行動に嬉しくなり、ゆっくりと優しく問いかける五条。

だがスズは何も答えず、ただただ俯いたまま…

その時、五条は服越しに伝わる小さな震えに気づく。

スズの心境を表すようにカタカタと震える手をサッと取ると、彼は大きな手で包み込むように握った。


「…そんなに怖かった?」

「! ……少し、だけ。」


驚くスズの顔を覗き込みながら声をかけると、彼女は少し視線を外しながらそう答えた。

本当は体に震えが出るぐらい不安なのに、それを隠そうと頑張る姿に五条は堪らなくなる。

そして空いている方の手で頭を撫でながら、再び声をかけた。


「もう大丈夫だよ。俺がついてるでしょ?」

「……うぅっ…」

「! スズ、何で泣いてんだよ。俺、何か言ったか?」

「違うんです、すみません…!あの、先生の顔見たら…安心して……だ、大丈夫です!すぐ止まるので…!」


下を向き、深呼吸をし、歯を食いしばって抑え込んでいたマイナスの感情が、信頼する師匠からの一言で溢れ出した。

滅多に弱い部分を見せないスズの涙は、五条ですらほとんど見たことがなかった。

だからこそ、言葉とは裏腹に涙が止まらない彼女をどうにか安心させたくて…

五条は握っていた手を引いて、スズを強く抱きしめた。


「うわっ…!」

「スズ。」

「は、はい…!」

「…チューしていい?」

「えっ!?」

「ふっ。よしっ…涙止まったな。」


自分からの一言に驚きピタっと涙が止まったスズを穏やかな表情で見つめながら、五条は流れていた彼女の涙を拭った。

その行為にまたドキドキして動揺する想い人を再び抱き寄せ、頭を優しく撫でる。


「治療全般任されて不安だったよな。治しきれないかも…って思った?」

「! …みんなすごく重症で、初めて見る症状もあったし…呪力が足りるかも分からなくて…」

「そっか…よく頑張ったな。偉かった。俺の呪力分けるから、ゆっくり呼吸して?」

「はい……先生。」

「ん?」

「もう少しだけ…このままでいいですか?すぐ復活するので…!」

「! いいに決まってんじゃん。落ち着くまでいくらでもこうしてるから、俺に体預けてろ。」


珍しくスズの方から抱きついてくることに、こんな状況ながら五条は喜びを隠し切れない。

小さい頃から自分の任務に連れて行って場数を踏ませ、最近は1人でも出来ることが増えてきたスズ。

元々のしっかりした性格もあって、もうすっかり一人前になったと、五条は心のどこかで思っていた。

でも今自分の腕の中にいる彼女はまだまだ未熟で、不安や恐怖に負けないよう必死に頑張っている。

その特殊な呪力と高い治癒能力のために、スズは常に目に見えないプレッシャーを感じているのだ。


「(…大丈夫だよ、スズ。何があっても、俺が絶対守るからな。)」


秘めたる想いは口に出さず、代わりにスズの小柄な体を今まで以上に強く抱きしめるのだった。



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