部屋を飛び出した虎杖と東堂に明るい笑顔を向けているスズ。
そんな彼女に少し不機嫌そうな視線を送る伏黒と、その2人を楽しそうに見つめている釘崎。
そしてパッと顔を輝かせた釘崎は、次なる行動を起こす。
「伏黒〜私、ちょっと飲み物買ってくるわ!」
「あぁ。」
「たぶん20分は帰ってこないと思うから!」
「? …分かった。」
「……今度高級ディナー奢りなさいよ。」
ベッドの上で体を起こしている伏黒に小声でそう声をかけた釘崎は、ニヤニヤしながらスズの方を指さした。
少し考えて彼女の意図を汲み取った伏黒は、一気に動揺の表情を見せる。
"おい、釘崎!"という言葉をサラッと無視して、同期の女子は意気揚々と部屋を後にした。
「アハハ!もう見えなくなっちゃった。…あれ、野薔薇は?」
「あ、えーっと…飲み物買い行った。」
「え〜私のも買ってきてくれるかな…?恵は頼んだの?」
「いや、頼んでない。」
「自分のだけ買いに行ったんかい!まぁそれでこそ野薔薇か。恵、窓閉める?」
「お、おぅ。」
"体冷えちゃうもんね〜"
そう言いながら窓を閉め、スズは自分がさっきまで座っていた席へと戻って来た。
彼女の席は、伏黒から見て右斜め前に置かれている。
隣に座っていた釘崎がいない今、2人の間には少しだけ距離があった。
それが何となく寂しくて、伏黒は声をかけようとするのだが…
「…スズ。」
「ん?」
「あのさ…あー…っと…その…」
「恵?どうした…あっ。」
いつもの伏黒らしくない態度を不思議に思いつつも、スズは彼の表情の変化を読み取る。
五条ほどではないにせよ、スズもまた伏黒とはそれなりに長い付き合いだ。
彼の変な所で不器用な性格もちゃんと把握していた。
今目の前の同期が訴えていることを汲み取り、スズは1つ隣の席…さっきまで釘崎が座っていた席へと場所を移す。
彼女の突然の行動に、伏黒は目を見開いて驚きの表情を見せた。
「!」
「あれ、近くに来てっていうことじゃなかった…?ご、ごめん!間違った!」
「間違ってない!そう…言おうとしてた。…何で分かったんだ?」
「恵は寂しい時とか、誰かに傍にいて欲しい時にそういう顔するから!何年一緒にいると思ってんの〜?」
「! そっか。」
元気な笑顔で言われた言葉に、伏黒の頬も思わず緩む。
虎杖や釘崎が高専に来てから、こうしてゆっくり2人で話す機会が減ってしまっていた。
だからこそ不意にやってきたこの機会は、伏黒にとってありがたいもので…!
釘崎へのディナー代はしょうがないと心の中で苦笑しつつ、穏やかに話し始めるのだった。
「…何かスズとゆっくり話すの久しぶりだよな。」
「そういえばそうだね。悠仁と野薔薇が入って来てから今日まで、すごいバタバタしてた気がするもん。」
「ふっ、確かにな。……本当は交流会前に言おうと思ってたんだけどさ。」
「うん。」
「…無事で良かった。」
「! 恵…」
「スズが先生と一緒に出てきた時、最初夢かと思って…でも触れたらちゃんとあったかいし、俺の言葉に反応もする。
そんなの当たり前のことなんだけど、何かめちゃくちゃ安心して…帰ってきたんだなって思った。」
一言一言を噛みしめるように話す伏黒の表情はとても優しくて、醸し出す雰囲気も温かいものだった。
さっきまでとは違う意味で"らしくない"同期の姿に、スズは途端にドキドキし始める。
そしてそれを悟られないよう、わざとからかうような口調で言葉を返した。
「へ〜恵君はそんなに心配してくれてたんだ〜」
「…目の前で倒れられたら、そりゃ心配するに決まってんだろ。」
「! …ごめん。怒った?」
「? 怒ってねーよ。」
「嘘だ!怒ってる!前もその顔見たことあるし!」
「は?いつだよ。」
「…私が式神練習でよそ見してた時。」
「まずよそ見すんなよ。ってかそん時も今も、別に怒ってるわけじゃねーよ。オマエのこと心配してただけ。」
「本当…?」
「本当。…俺の顔が嘘ついてるように見えるか?」
「……見えない。」
少し口角を上げながら顔を覗き込んでくる伏黒は、どこか五条を思わせるような色気があり、スズは一気に顔が熱くなる。
その顔を見られないように俯きながら小さくお礼を言えば、伏黒は笑顔でスズの頭をワシャワシャと撫でた。
それからしばらく、2人はお互いがいなかった時のことを報告し合った。
こんなことがあった、あんなことをしたと、話は尽きることがなくて…
気づけば、釘崎が言っていた時間まで残り数分というところまで来ていた。
「(そろそろ釘崎が戻ってくる頃か…?)」
「恵、大丈夫?少し疲れたかな…ごめんね、話し過ぎちゃった。」
「…スズ。」
「ん?」
「もうすぐ釘崎が戻ってくると思うから…その前に一瞬だけいいか?」
「え、あ、うん!何?」
急に真剣な顔になったかと思えば、静かにそう言ってスズを見つめる伏黒。
と、次の瞬間…
少しベッドから体を乗り出してスズに近づくと、その体をギュっと抱きしめた。
「め、恵…?」
「…もうどこにも行くなよな。」
「! …うん、約束する。」
「絶対だぞ。」
「らじゃ!」
そう言い合うと、スズと伏黒は揃って笑顔を見せた。
途中で合流したのか2人分の足音が近づいてくる中で、スズは改めて伏黒の体調を気遣う。
少し顔色が悪い彼を静かにベッドに寝かせると、そっと額の汗を拭きながら声をかける。
「やっぱりピザ重かった?」
「平気…って言いたいとこだけど、あれは病人への手土産じゃねーだろ。」
「ふふっ。だよね。」
「…今までのやり取りさ、アイツらには言うなよ?」
「何で?」
「何でって…何つーか、その……俺とスズだけのモノにしたい、から。」
「! わ、分かった…!」
どちらからともなく顔が赤くなっていくスズと伏黒。
この数分後、ノックもなしに入ってきた釘崎と虎杖に散々からかわれる2人なのだった。
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