気配が大きすぎるモノ…

息をひそめているモノ…

既に呪霊に取り込まれているモノ…

取り込まれた呪霊の中で力を抑えていた宿儺の指が、6月の虎杖の受肉をキッカケに呪力を解放した。

スズと伏黒の前に現れた特級呪霊は、見た目は同じだが、その実力は少年院の時よりも数段強くなっていた。





第51話 起首雷同 ー肆ー





2人が次なる戦いのために呼吸を整えていると、目の前の呪霊が突如2つに分裂した。

驚き、一瞬の迷いが出たスズと伏黒に対し、2体になった呪霊はそれぞれ攻撃を仕掛ける。

構えていた武器を折られ、額から血を流す伏黒は、すぐに横にいたスズの方へ視線を向けた。

だがそこに彼女の姿はなかった。

直後に聞こえてくる何かが壁にぶつかるような音…


「スズ…?おい、スズ!!」


呪霊からなるべく目を離さずに、伏黒は彼女の名前を呼びながら音のした方を見やる。

そこにはもう1体の呪霊によって壁に押さえつけられているスズの姿があった。

自分の身を顧みずこちらへ向かってこようとする同期に、スズは苦しみながらも声をあげる。


「ゲホッ…私は大、丈夫…!!」

「どこがだよ!!」

「それよりも聞いて…!この2体の、呪霊…呪力が…半分ずつに、なってる…!!」

「! 半分…」

「2人で1体とやるより…1対1でやった方が、いい!だから、恵も…目の前の、呪霊を倒して…!!」


そう叫ぶとスズは呪力を込めた蹴りで呪霊を吹き飛ばし、すぐにその後を追った。

同期の逞しさに少し口角を上げた伏黒は、自分の担当である呪霊と向き合う。

だが呪力が半分とはいえ、その強さは凄まじく押され気味の伏黒。

式神の"鵺"を呼び出した彼が顔を上げた時には、呪霊がすぐ目の前に迫っていた…


------
----
--


「はーい、また僕の勝ちー」

「…」


時は、京都校との交流会が終わってから少し経った頃。

五条家の敷地内にある室内練習場に、当主とその弟子・伏黒の姿があった。

かれこれ1時間以上も稽古をしているが、未だ弟子の勝利はない。

座り込んでいる伏黒を見つめていた五条は、外の廊下から感じるもう1つの呪力に対して声をかけた。


「スズ〜入ってきていいよ〜」

「少し休憩した方がいいと思って来たんですけど…お邪魔じゃないです?」

「全然。おいで。」


優しい笑みを見せる五条にそう言われ、スズは飲み物を乗せたお盆を持って入って来る。

スポーツドリンクが入ったボトルを師匠と伏黒に渡したスズは、そそくさと部屋を出て行こうとするが…

突然腰に回された五条の手によってそれを阻まれてしまった。

驚きながら自分の顔を見上げてくるスズに笑顔を向けると、五条はドリンクを飲みながら伏黒に対して声をかける。


「にしても珍しいよね、恵が僕に稽古頼むなんて。悠仁に追い越されて焦った?」

「まぁ背に腹は代えられませんから。」

「そんなに嫌?僕に頼るの。スズはめちゃくちゃ頼ってくれるのに〜ね?」

「あ、はい…お恥ずかしながら。」

「それでいいんだよ。恵はさぁ、実力も潜在能力ポテンシャルも悠仁と遜色ないと思ってんだよね。

 後は意識の問題だと思うよ。恵、本気の出し方知らないでしょ。」

「先生、言い方…!」

「は?俺が本気でやってないって言うんですか。」

「やってないんじゃなくて、できてないんだよ。例えばさぁ、この前の野球…なんで送りバントしたの。」


不意に出てきた野球の話題に、弟子コンビは呆けたような顔になる。

五条はスズが持っていたお盆にボトルを置くと、野球の話題を続けながら伏黒と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「自分がアウトになっても野薔薇の塁を進めたかった?それはご立派。

 でも悠仁や僕なら常にホームランを狙う。もちろん、ここにいるスズもね。

 バントが悪いって言ってんじゃないよ。野球は団体競技…それぞれに役割があるからね。でも呪術師はあくまで個人競技。」

「他の術師との連携は大事でしょ。」

「まぁね。でも周りに味方が何人いようと…死ぬときは独りだよ。」

「(! 悟先生、珍しく真剣な顔してる…)」

「君は自他を過小評価した材料でしか組み立てができない。少し未来の強くなった自分を想像できない。

 君の奥の手のせいかな…最悪自分が死ねば全て解決できると思ってる。それじゃ僕どころか七海にもなれないよ。

 "死んで勝つ"と"死んでも勝つ"は…全然違うよ、恵。本気でやれ。もっと欲張れ。」


------
----
--


五条の言葉に背中を押されるようにして、伏黒の意識は覚醒した。

呪霊にやられ気を失っていた彼は、頭から流れる血を拭うこともせず、自身の奥の手を出そうとする。

だが次の瞬間…


「やめだ。」

「??」

「影の奥行きを全て吐き出す…具体的なアウトラインは後回し。呪力を練ったそばから押し出していけ。」


開き直ったような表情を見せた伏黒は、ブツブツと何かを呟いた。

五条や宿儺に言われたことが頭の中を駆け巡る。

自由に、そして限界を超えた未来の自分を想像した時…彼は1つ階段を上がった。


「やってやるよ!!…領域展開 "嵌合暗翳庭かんごうあんえいてい"!!」



- 164 -

*前次#


ページ:

第0章 目次へ

第1章 目次へ

第2章 目次へ

第3章 目次へ

第4章 目次へ

第5章 目次へ

第6章 目次へ

章選択画面へ

home