廊下まで虎杖達を見送りに出ていたスズと五条は、揃って部屋へと戻って来る。

と、部屋に入った途端目隠しを外した五条は、後ろからスズをギュっと抱きしめた。


「! あ、あの…残ってる仕事…やらない、と。」

「あー…あれ、嘘。」

「えっ。」

「スズに残って欲しかったから言っただけ。…怒った?」

「いえ、全然怒ってはないですけど……先生、不安になる夢でも見ましたか?」

「! …何で?」

「何か、起きてから少し元気ないかな…と思って。」

「…スズは俺のこと何でも分かるね。」

「分かりますよ。どんだけ一緒にいると思ってるんですか。」

「…そうだよな。」

「…大丈夫?もう少し休みましょうか。ねっ?」


優しくそう言うと、スズは自分の肩に乗っている師匠の頭をポンポンと撫でた。

彼女の優しい声と手の感触に五条は堪らなくなる。

そして一旦スズを解放すると、彼はすぐにその体を反転させて自分と向き合う形にした。

突然の動きにキョトンとしながら師匠のことを見上げるスズ。

そんな彼女の髪に触れながら、五条は穏やかな微笑みを向けていた。


「スズさ、俺に優し過ぎない?」

「そんなことないですよ!ふ、普通です…!」

「ふ〜ん…じゃあ何で下向いちゃうの?」

「む、向いてません…!下に…ゴミが、あったから、見ただけです…!」

「(ふっ。誤魔化し方下手だな〜)え〜…ゴミより俺の方見てよ。」


照れ臭くなって下を向いたスズの顔を、五条はからかうように覗き込む。

自分の言葉に応えるようにチラッと視線を上げた想い人は、彼にとってどうしようもなく愛しい存在で…

我慢できなくなった五条は、スズの手を引いて自分の元へ抱き寄せた。


「(あーヤバいな…行動が抑えられなくなってきてる。)」

「先生…?ど、どしたの?」

「ん?スズのこと好き過ぎておかしくなりそうなの。」

「!」

「…な〜んてね。」


自分の感情を抑え込むように殊更楽しそうな声でそう言った五条は、すっかり赤い顔をしているスズの鼻をつまんだ。

いつものように痛がり鼻を押さえるスズに笑みを向けながら、彼はソファへと移動し腰を下ろす。

そして近くにいた彼女の手を引いて自分の足の間に立たせると、五条は低く落ち着いた声で話しかけた。


「なぁ。」

「は、はい!」

「もっかい頭撫でて?」

「えっ!?」

「俺オマエに撫でられんの好きなんだ。」


何度か五条の頭を撫でたことのあるスズだったが、求められた上でやるとなるといつもと感覚が違う。

おまけに御三家の当主であり、自分の師匠でもある人物なのだから、いろいろな意味でドキドキするのは当然だ。

だが師匠からのお願いとあれば、断れるはずもなく…

スズはうるさくなる心臓に気づかないフリをしながら、五条のキレイな銀髪の上に優しく手を置いた。

遠慮がちに少し手を動かせば、五条は気持ち良さそうにスッと目を閉じる。

男性とは思えない美しいその表情は、スズが思わず見惚れてしまう程だった。

と、その体勢で不意に五条が言葉を発する。


「今日、墓参り行こうと思ってんだ。」

「! リンさんと夏油さんの?」

「うん。でね、それにスズもついてきて欲しい。」

「いいんですか?私が一緒に行って…」

「もちろん。…来てくれる?」


目を開け、真っすぐにスズを見つめながらそう言う五条。

彼の幼馴染である森下リンのことも、スズは以前に話を聞いて知っていた。

自分と同じ陰陽師ということで勝手に親近感を持っていた彼女は、五条からの申し出に嬉しそうに"はい!"と返すのだった。


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-side 五条-

裏山の階段から外れて小さな脇道に入ると、数分もしないうちに少し開けたような丘に出る。

山から出っ張ったようになっている地形のお陰で見晴らしが良く、ここからは高専全体が見渡せる。

そこにリンと傑の墓があった。

持って来た花を供え手を合わせているスズをチラッと見てから、俺も静かに目を閉じた。



リン、見てるか?今俺の隣にいるのが、オマエの言ってた"未来の陰陽師"だぞ。

紹介すんの遅くなって悪い。ちょっとバタバタしてて来れなかった。

あとオマエから相談されてた陰陽師を強くする方法、ちゃんと見つけたから報告しとく。

今コイツ…スズの体の中には、俺の呪力をベースにした負の力が蓄えられてる。

俺ら呪術師と同じ負の呪力があれば強さは格段に上がる。

実際スズは自分の身をちゃんと守れてるし、1人で任務にも行けてる。

陰陽師はもう弱い存在じゃねぇから安心しろ。

まぁ仮に何かあっても、コイツは俺が必ず守るから大丈夫。

そっちは退屈だろうから、オマエもスズのこと見守っててやって。


傑、リンの隣で寝てる気分はどうだ?

俺がこの場所に墓作ってやったんだから感謝しろよ。

…あの日、オマエに言われたよな。

女を好きになったことがない奴に言われたくない…って。

じゃあ今なら言ってもいいのか?

……俺にもできたよ、頭おかしくなるぐらい好きな女が。

ずっと傍にいたくて、触れたくて、少しも離したくなくて…

オマエにとって、リンがそういう存在だったんだろ?

だから好きな女を失った時のオマエの気持ちが、今なら分かる気がする。

スズが死んだら、俺もきっとどうにかなると思うから。

でもそれでも、非術師殺して術師だけの世界を作るっていう考えは間違ってる。

リンにオマエの考え伝えとくから、そっちでしっかり怒られとけ。



どのぐらいそうしてたのか分かんねぇけど、目を開けたら横でスズが不思議そうな顔で俺を見つめてた。

その顔すら愛しくて、周り誰もいねぇし、今ならキスしてもいいかな…とか思ってたら、スズから不意に話しかけられた。


「随分長く手合わせてましたね。」

「あー…まぁ久しぶりだったし、いろいろ報告することもあったからな。」

「そうでしたか。私もリンさんに報告しましたよ!」

「へぇ〜何て?」

「私も同じ陰陽師で、悟先生にいろいろ教えてもらってます!って。」

「そっか。悟先生に告白されました〜は言わなかったの?」

「い、言ってないですよ…!」


"何言ってるんですか、もう!"

顔を赤くしながらそう言って、スズは墓を後にして来た道を戻って行く。

その背中を追いかけようと踏み出した足を止めて、もう一度2つの墓を振り返る。


「…またスズと一緒に来るから、それまでそっちも仲良くしてろよ。」

「悟先生ー!置いてっちゃいますよー?」

「え〜やだ〜おんぶして〜」

「出来るわけないでしょ!こんな階段で!」


その言い方がリンにそっくりで、思わず吹き出しそうになる。

…そういえば、前に傑が言ってたな。


"一生の中で、そういう存在に出会えるのは幸せなことだ。それが君の前には2人現れた。羨ましいことにね。"


あれって…リンとスズのことだったのか。

だとしたら確かに、俺は恵まれてるな。

そんなことを思いながら、階段の途中で待ってたスズと合流した俺は高専へと戻った。

この後しばらく墓参りに来れなくなるなんて、微塵も思わずに…



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