五条とスズが線路に降り立った途端、2人が降りてきた吹き抜けの部分が無数の木の枝で覆われる。
ただでさえ地下鉄ということで閉鎖的だった空間が、外が全く見えなくなったことで、より圧迫感を感じるようになった。
そのことに不安を覚えながら、スズは静かに上を見上げるのだった。
第68話 渋谷事変 ー弐ー
「んなことしなくたって逃げないよ。僕が逃げたら、オマエらここの人間全員殺すだろ?お?だから来てやったんですけど。」
「あの2人何喋ってんだ?」
「いや、5人だろ。」
「(全員見えてる人もいるんだ…)」
「逃げたら…か。回答は…」
「えっ」「ちょっ!」
「逃げずとも、だ。」
単眼の呪霊・漏瑚がそう言うと同時に、ホームに溢れていた人々が次々に線路側へなだれ込んで来る。
その人だかりに押されてよろけるスズを、五条は優しく支えた。
「平気?」
「はい。ありがとうございます…!」
「うん。…下がって、死ぬよ。」
「先生、乱暴にしちゃダメです…!上の人達は大丈夫かな。塞がれてて全然見えない…」
「(そうか…さっき出口塞いだのは、向こう側に人間がいるか分からなくするためのブラインドみたいなもんか。)
確かにこれじゃ、あの枝下手に壊せないね。…スズ、ここにいる人間のこと頼める?」
「もちろんです。…行ってらっしゃい。気をつけて。」
「ありがと。サクッと行ってくるね。」
いつもと変わらない笑顔をスズに向けると、五条は人混みを避けながら戦闘態勢に入る。
一方、間違いなく巻き込まれる位置に転がって来た人間をどうにかしなければと、スズはすぐに策を考え始めた。
この場を乗り切るには、昔から一緒にいる式神達の力が必要不可欠だった。
樹木神のクグノチ、水の神・ワダツミ、大地神のツヌグイ、火の神・カグツチ、鍛冶の神・天津麻羅。
5人の式神を一気に呼び出すと、スズはそれぞれに指示を出す。
「クグノチと天津麻羅は、上の方の空間に足場を作って欲しい。地面だけじゃもう人が立てるスペースがないから…!」
『は〜い。忙しくなりそうですね〜』
『分かりました。やってみますね。』
「ツヌグイとワダツミは、その足場にここにいる人達を運んでくれる?」
『あいよ!任せときな!』
『了解。人間に私達の姿は見えないから騒ぐだろうけど、無視でいいわね?』
「いい!今は命が最優先!」
『なぁ、俺は?』
「私が治療してる間、傍で守ってて欲しい。先生の無限のお陰で攻撃は当たらなくなってるけど、少しでも治療に専念したいんだ。」
『おっしゃ、任せろ!俺が必ず守る!』
「うん!皆、ありがと。お願いね!」
主の言葉に、5人の式神達は笑顔で返事をしてからそれぞれの仕事に向かう。
クグノチと天津麻羅が作った木と金属の足場に、ワダツミとツヌグイが人間達を運んでいく。
突然体が浮いたり、足場ができたりと驚き騒ぐ人間達だったが、安全な方に事が進んでいることに気づくと少しずつ落ち着きを取り戻していった。
その間にスズは呪霊達にむやみやたらに傷つけられた人々を、正の力と領域展開で治していた…のだが。
さすがに頭や顔を真っ二つにされたような人は助けることができない。
それを目の当たりにして、スズの体は硬直してしまう。
『スズ!大丈夫か!?しっかりしろって!』
「う、うん…」
『おい、悟!!スズが…!』
カグツチに呼ばれ振り返った五条は、両手を握り締め動けなくなっている想い人の姿を目にする。
すぐにスズの傍に来ると、彼女の頭をそっと抱き寄せて耳元で話しかけた。
「スズ、全員は無理だ。そこは割り切れ。」
「で、でも…!」
「でもじゃない。言うこと聞いて。じゃないとオマエの精神が先にやられる。」
「……はい。」
「ん、いい子。」
"少しでも異変があったら、今みたいにすぐ呼んで。"
笑顔でスズの頭を撫でた五条は、最後にカグツチにそう言って戦いに戻っていった。
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