"開門"という言葉を合図に、四角い物体に亀裂が入る。
そして嫌な音を立てて割れたかと思えば、その中心に大きな目玉が現れた。
目玉と真正面から向き合い、魅入られたように数秒間それと見つめ合う五条…
「悟先生!!」
「!」
スズの声で我に返った五条は、彼女の手を引き、その場から駆け出そうとする。
が、次に聞こえてきた声で、2人の足は面白いぐらいピタっと止まってしまった。
「や、悟。」
「は?」
「久しいね。スズも、元気にしてたかな?」
「え、嘘…」
目の前に現れたのは、去年五条が自らの手で殺した親友・夏油傑だった。
だから彼が生きてるわけがない。
偽物?変身の術式?
そのいずれも六眼によって否定され、残されたのは"本物"という選択肢だけだった。
足を止め、目の前の人物を判断し、青い春の思い出が蘇るまで、ほんの僅かな時間しか経っていない。
しかし獄門彊にとってはそれで十分だった。
五条悟の体は、獄門彊によっていとも簡単に拘束された。
「…っ!!(やられた!!)」
「先生…!!」
「だめじゃないか、悟。戦闘中に考えごとなんて。」
「(呪力が感じられない。体に力も入らん。……詰みか。)」
「…先生の名前、気安く呼ばないで!」
「(! スズ…)だってさ。誰だよオマエ。」
「夏油傑だよ。忘れたのかい?スズも。悲しいね。」
「コイツの名前も気安く呼ぶな。…肉体も呪力も、この六眼に映る情報は、オマエを夏油傑だと言っている。
だが俺の魂がそれを否定してんだよ!さっさと答えろ!!オマエは誰だ!!」
「2人揃ってキッショ。なんで分かるんだよ。」
言いながら、目の前の男はおでこに縫われた糸を外していく。
糸が取り払われると、男の頭はまるで蓋のようにパカッと開いた。
あまりに衝撃的な光景に、スズと五条は同じように顔を引きつらせる。
「そういう術式でね。脳を入れ替えれば肉体を転々とできるんだ。勿論、肉体に刻まれた術式も使えるよ。
夏油の呪霊操術とこの状況が欲しくてね。君さぁ、夏油傑の遺体の処理を家入硝子にさせなかったろ。
変な所で気をつかうね。おかげで楽にこの肉体が手に入った。」
「酷い…先生と硝子さんがどんな気持ちで…!」
「あー泣かせるつもりはなかったんだけどな。心配しなくても封印はその内解くさ。
100年…いや1000年後かな。君、強すぎるんだよ。私の目的に邪魔なの。」
「ハッ。忘れたのか?僕に殺される前、その体は誰にボコられた?」
「乙骨憂太か。私はあの子にそこまで魅力を感じないね。無条件の術式模倣、底なしの呪力…
どちらも最愛の人の魂を抑留する縛りで成り立っていたに過ぎない。残念だけど、乙骨憂太は君にはなれないよ。
おやすみ、五条悟。新しい世界でまた会おう。」
そう言って笑顔を見せる夏油らしき男に、五条もまた少し口角を上げて話しかける。
男の体に眠る本物の親友に語りかけるように…
「僕はな。オマエはそろそろ起きろよ。いつまでいい様にされてんだ、傑。」
「!」
五条が名前を呼ぶと同時に、男の右手が自分の首を絞めるように動く。
それは奥底に眠る夏油の意志が呼び覚まされたようだった。
自分に起こった出来事を声をあげて笑いながら楽しむ、夏油の姿をした謎の男。
いち早く無量空処から復帰した真人と楽しそうに会話をする男へ、五条は改めて声をかけた。
「おい、ちょっと席外せ。」
「ん?どういうことだ。」
「スズと話したいからどっか行ってろってことだよ。」
「…まぁいいだろう。」
「え、いいの?夏油。」
「構わないよ。どうせ動けないしね。」
真人と連れ立ってその場を離れる夏油を見やると、五条はさっきから傍で涙を流している想い人の名前を呼ぶ。
抱き締めることも、涙を拭いてあげることもできないという現実にツラくなりながらも、彼は穏やかな表情を見せるのだった。
「おいで、スズ。」
「うぅっ…悟先生…」
「今涙拭いてやれねぇから、そんなに泣くな。」
「先生、ごめんなさい…私、全然先生のこと守れてない…!」
「…スズ、もうちょいこっち来て。」
「?」
五条の言葉に、スズは涙を拭いながらまた1歩距離を縮める。
"いつもならこのまま抱き締められるのに…"と悔やみながら、五条はスズの頭にコツンと自身の頭をくっつける。
突然の急接近に、スズの涙は瞬間的に止まった。
少し落ち着きを取り戻した少女に、五条は優しく微笑みかける。
「…俺は、オマエと出会ってからずっと守られてるよ。」
「! 守られてたら、今こんなことになってません…!」
「俺が言ってんのはそういうことじゃなくて…スズは俺の精神的な支えなの。
オマエが隣で笑って、俺のワガママに付き合いながら一緒にいてくれることが、どれだけ俺の助けになってるか分かってねーだろ。
俺がどんだけ助けて守っても、そんなんじゃ返しきれねーぐらい、スズには守ってもらってんの。」
「先生…」
「……好きだよ、スズ。」
「! こ、こんな時に、何言って…!」
「もっかい告白させてって言ったでしょ。」
「い、言った…けど…!」
「ふっ。顔真っ赤。…交流会の時だったかな?俺が言ったこと覚えてる?」
「言ったこと…?」
「うん。…俺はスズがいれば、誰にも何にも負けたりしない。」
「!」
「(アイツら戻って来そうだな…ここらが限界か。)だから…すぐ戻るよ。」
穏やかにそう言って微笑んだ五条は、スズの頬に1つキスを落とした。
自分の唇が触れた箇所を手で押さえる赤い顔の想い人に、五条は満足そうな表情を見せる。
だが次の瞬間…
「閉門。」
無情にも聞こえてきたその言葉で、五条を拘束していた獄門彊は音を立てて閉じられた。
スズの目の前には、さっきまで穏やかに微笑んでいた師匠の姿はなく…
ただ四角い物体が転がっているだけだった。
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最初はお兄ちゃんのような存在で…
"うわっ、オマエ汚ねっ!鼻水つくだろ!"
"当たり前だろ、オマエ居候なんだから。"
それが自分を鍛え導いてくれる、師匠兼担任の先生になって…
"でも前よりだいぶ動けるようになったじゃん。"
"そっか…よく頑張ったな。偉かった。"
"俺は、スズは絶対領域展開できるって思ってる。"
かと思えば、子供みたいに甘えたりワガママを言うこともあって…
"…この後の俺の面倒は誰が見んだよ。"
"え〜やだ〜おんぶして〜"
"…今日ここ泊まっていい?"
そんな彼からの突然の告白…
"……俺、スズが好き。"
いつだって自分を守ってくれて、どこまでも頼りになる絶対的な存在だった。
"もう大丈夫だよ。俺がついてるでしょ?"
"どこも行かねぇよ。俺がオマエのこと置いてどっか行くわけねぇだろ。"
「…そう言ってくれてたじゃん。悟先生…」
五条とのたくさんの想い出がフラッシュバックして、スズはその場に崩れ落ちた。
いつものように茶化して涙を止めてくれる彼はいない。
さっきまでの喧騒が嘘のような静寂の中、ホームにはスズの嗚咽だけが響いていた。
to be continued...
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