両開きの扉を開けて一歩踏み入れば、そこには外見からは想像もできない光景が広がっていた。
本来あるべき位置に天井はなく、どこまでも上に伸びている異空間。
そして空間内には、多数の太いパイプがあり得ないところから生えており、異様さを増幅させている。
「? どうなってんだ!?2階建ての寮の中だよなココ。」
「おおお落ち着け!メゾネットよ!」
「…違ぇよ。呪力による生得領域の展開…こんな大きなものは初めて見た…!」
「確かに大きいね…術式はついてないみたいだけど。」
「ああ。」
任務に慣れているスズと伏黒は、小声でそんなやり取りを交わす。
だが次の瞬間、2人は弾かれたように後ろを振り返った。
その動きにつられて虎杖と釘崎も顔を向ければ、そこには入ってきた扉の欠片も見当たらなかった。
「ドアがなくなってる!!」
「なんで!?今ここから入ってきたわよね!?」
「2人とも踊ってないで落ち着いて…!」
「いけるか?」
スズがおのぼりペアを落ち着かせてる間に、伏黒は自身の式神である玉犬に確認をする。
それからこちらの様子を伺っているスズに目配せをして、1つ大きく頷いた。
「大丈夫だ。コイツが出入口の匂いを覚えてる。」
「わしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!」
「ジャーキーよ!ありったけのジャーキーを持ってきて!!」
「緊張感!!」
「白がいてくれて良かったよ。ありがとね、恵。」
「おう。」
「やっぱ頼りになるな、伏黒は。オマエのおかげで人が助かるし、俺も助けられる。」
「……進もう。」
虎杖の言葉に少し間を空けてから言葉を発した伏黒を気にかけつつ、スズは歩き出す。
そして辿り着いた無機質なコンクリートの部屋で、彼女達に課せられた任務の半分が達せられた。
その部屋には、元が人間だったとは思えないような遺体が3体転がっていたのだった。
「惨い…」
「3人…でいいんだよな。」
「そうだね…」
釘崎、伏黒、スズがそれぞれ言葉を発する中、虎杖は唯一顔が判別できる遺体に向かって近づく。
胸元の名札を確認すれば、そこには先ほど見た母親が発していた息子の名前が書かれていた。
隣で五芒星を切りながら、3人のために祈りを捧げているスズの動きが止まるのを待って、虎杖は話し始める。
「この遺体持って帰る。」
「え。」
「あの人の子供だ。顔はそんなにやられてない。」
「でもっ…!」
「遺体もなしで"死にました"じゃ納得できねぇだろ。」
「悠仁、気持ちは分かるけどちょっと待って…」
そう言って虎杖の行動に口を出そうとしたスズの肩を押さえて、伏黒が前に出る。
そして彼の首元をぐいっと引っ張り上げると、厳しい表情のまま口を開いた。
「あと2人の生死を確認しなきゃならん。その遺体は置いてけ。」
「振り返れば来た道がなくなってる。後で戻る余裕はねぇだろ。」
「"後にしろ"じゃねぇ、"置いてけ"つったんだ。ただでさえ助ける気のない人間を、死体になってまで救う気は俺にはない。」
「どういう意味だ。」
伏黒の言葉に怒りを覚えた虎杖が、張り合うように相手の胸倉を掴み返した。
呪術師には現場の情報が事前に伝えられる…
その情報の中には、今虎杖が気にかけている人物が2度目の無免許運転で人をはねているとあった。
そんな人間を救う気はないと、伏黒は言っているのだ。
と、男子2人が一触即発の雰囲気を醸し出している中、スズは不意に体に異変を感じる。
風邪を引いた時のような寒気、さらに自身の体質である強い呪力に引っ張られる感覚…
虎杖達のことももちろん気にかかるが、それよりもこの感覚を探る方が先だと判断し、スズはゆっくりと辺りを歩き回る。
「…スズ?どうしたの急に。」
「なんか変な感じがして…ちょっと探ってみようかと。」
「そう。気をつけてよ?」
「うん、ありがと!」
野薔薇にそう告げると、スズは集中して辺りに目を配る。
呪力を隠しているのか、いまいち正確な場所を掴めない。
見張りの玉犬もまだ何も感じていないようで、大人しく待機していた。
"気のせいか…"と思い始めた彼女の耳に、突然耳なじみのある大きな声が聞こえてくる…!
「オマエは大勢の人間を助け、正しい死に導くことに拘ってるな。だが自分が助けた人間が将来人を殺したらどうする。」
「じゃあなんで俺は助けたんだよ!!」
「…」
「いい加減にしろ!!スズが集中して調査してくれてるのにあんた達は…!時と場所をわきま…」
「野薔薇!?」「釘…崎?」
釘崎の言葉は最後まで届かなかった。
彼女の姿は、突如地面に現れた影のようなものの中に飲み込まれてしまったから…
声を上げる間もなく飲み込まれた釘崎。
それは紛れもなく呪いの仕業であった。
すぐさま見張り役の玉犬の方を向くスズと伏黒の目に映ったのは、壁にめり込み息絶えている式神の姿だった。
しかし悲劇はこれだけでは終わらない…
玉犬の方へ向かおうと一歩踏み出したスズの身に、目にも止まらぬスピードで呪力が飛んできたのだ。
全くの不意打ちだったため受け身も、呪力によるクッションもできず、もろに喰らった彼女はそのまま壁に激突し、意識を失った。
「スズ!!…虎杖!!スズ連れて逃げるぞ!釘崎を探すのはそれからだ!!」
伏黒がそう叫んだ瞬間、彼らのすぐ真横に特級呪霊が姿を現した。
こんなに近くに来るまで、その存在を一切感じさせない…
圧倒的な力の差に、虎杖も伏黒も指先一本動かせずにいた。
それでも何とか反撃しようと虎杖が呪具を振りかざしたものの、その左手は無残にも吹っ飛ばされた。
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一方、影に飲み込まれた釘崎は、1人真っ暗な空間に立っていた。
「ちょっと…!どこよここ…真っ暗で何も見え…(呪いの気配!!何…この数!!)」
無数の呪いに囲まれた彼女もまた、限りなく危険な状況に陥っていた。
to be continued...
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