さっきの場所からだいぶ離れられたことに安堵し、スズはスピードを緩める。
だがふーっと息を吐いた瞬間…背後から来た何者かに肩を抱かれた。
恐る恐る顔を横に向ければ、そこには先程置き去りにしたはずの人物がこちらにニヤリと笑みを向けていた。
第73話 渋谷事変 ー漆ー
「ひっ…!な、何ですか!」
「何ですかじゃねぇだろ。人に名前聞いといて、自分は名乗らねぇのか?」
「うっ…あ、えと…木下スズ、と申します」
「へ〜ちょうど1人で退屈してたんだよ。オマエと話してると飽きねぇから相手しろ」
「えっ!?嫌です!」
「オマエに拒否権はねぇ。あとさっきの空間もっかい作れ」
「何でですか!禪院さんどこも「名字で呼ぶな」
「え。じゃ、じゃあ…甚爾、さん」
「ん。で、何だよ」
「だから!甚爾さん、どこもケガしてないでしょ!?あの空間は治療のための場所なんです!」
「じゃあそこら辺にいる奴ら治療しろよ」
「さっきからそうしてます!!」
"邪魔しないでくださいね!"
最後にそう言ってから、スズはまた辺りに正の領域を展開し、治療を再開した。
しばらくお気に入りの空間でのんびりと寝転がっていた甚爾だったが、せっかく見つけたおもちゃがずっと自分に対して背を向けていることに不満そうで…
音も気配もなくスズに近づくと、座っている彼女に背後から抱きついた。
「えっ!?ちょっと、と、甚爾さん!?」
「何無視してんだよ。相手しろって言っただろ」
「治癒の力を使う時はもの凄い集中力が必要なんです!話しかけないで下さい!」
「じゃあ抱き締めてんのはいいんだな」
「へ?」
「この空間より、オマエにくっついてる方が気持ちいい」
そう言うと甚爾は腰に回していた手に力を込めて、更にスズを自分の方へ引き寄せた。
だが彼の行動は引き寄せるだけに止まらず、スズのお腹辺りを撫でたりつまんだりしてくる。
「ちょ、ちょっと…!何か、触り方が…い、いやらしいです!!」
「へ〜どこらへんが?つーか、オマエが俺を意識し過ぎなんだろ」
「そんなことないです!……もう!!」
「おっ、やっとこっち向いた」
ついに恥ずかしさに耐えきれなくなったスズは、体を反転させ少し後ろへ顔を向ける。
彼女の眼前には、余裕の笑みを見せる甚爾の楽しそうな顔があった。
間近で見たその顔は思いのほか整っていて、スズはつい見入ってしまう。
「…何だ、キス待ちか?」
「ま、待ってません…!そういうのは、す、好きな人と…してください!」
「! ふ〜ん…」
スズの言葉にまた楽しそうな笑みを見せると、甚爾はぽけ〜っと自分の顔を見つめていた彼女の体を軽く動かした。
そして不意の動きにワタワタする彼女と正面から向かい合い、再び腰に手を回す。
恥ずかしさで視線が落ち着かないスズをさらに抱き寄せれば、彼女は手を突っ張り棒のようにして何とか距離を取ろうとする。
「その手どけて、もっとこっち寄って来いよ」
「いえ!け、結構です…!」
「遠慮すんなって」
「してません!は、離れて!」
「(力弱っ。コイツ、こんな細っちぃ腕で俺に抵抗できるって本気で思ってんのか?)オマエ、バカだろ」
「え、急にシンプルな悪口ですか?」
「ふっ。でも嫌いじゃねぇ」
そう言って突っ張り棒代わりだった手を簡単に外すと、甚爾は存外優しくスズを抱き締めた。
お風呂に入っているかのように"あ〜気持ちいい"と言葉を漏らしながら、彼女に全体重を預ける。
身近にいる大人組の五条や宿儺とはまた違う雰囲気にやられ、スズは落ち着かない状態でされるがままになっていた。
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