「ちょっと、宿儺…!ど、どこ触ってんの!!」

「久しぶりなんだ、少しぐらい良いだろ。」

「よ、良くない!こんなとこで…!」

「! それもそうだな。…よし、俺の生得領域に行くぞ。」

「行きません!何言ってんの!」


そう言って立ち上がったスズは、座ったまま自分を見上げてくる宿儺の顔を両手で挟む。

怒っているはずなのだが、直前の諸々のせいで恥ずかしさが表情に出ており、宿儺には全く効いていない。

それどころか想い人に触られていることで、宿儺の顔には笑みさえ浮かんでいた。


「(あの木下スズという女…ここまでの存在だったのか…!)」


先程自分が触れた時は手首を持っていかれたのに…と、漏瑚は驚きを隠せない。

自分に死の恐怖を与えてきた相手に対して、対等に会話を続けるスズという少女の存在が、漏瑚にはとても大きく見えるのだった。





第75話 渋谷事変 ー玖ー





"下からの眺めも良いものだな"

そんな言葉を投げかけながら、相変わらず楽しそうにしていた宿儺だったが、その表情が不意に曇る。

というのも、スズの表情が急に不安そうなものに変わったからだ。

宿儺とのドタバタで忘れていた呪霊の存在が、再び彼女に恐怖を与えていた。


「…行くぞ、スズ。」

「へ?あ、ちょ、宿儺…!」


スッと立ち上がった宿儺はスズの方へ少し笑みを見せてから、その手を引いて歩き出す。

前を見据えた王の顔は、1ミリの笑顔もない冷酷な目をしていた。


「(息…!息息息息!!息していいんだよね!?殺されないよね!?つーか、あの女何なの!?何であんな普通に…!)」

「…頭が高いな。」


漏瑚と女子高生2人の前に立った宿儺は、前髪をかき上げながら静かにそう告げる。

その瞬間一方は膝をつき、もう一方では土下座に近い形になった。

どちらもそうしようと思ってしたのではなく、王の圧倒的オーラで体が勝手に動いたという感じであった。


「片膝で足りると思ったか?実るほどなんとやらだ。オマエはスズにも手を出していたしな…余程頭が軽いとみえる。」


気づいた時には、漏瑚の頭頂部が斬撃により失われていた。

ドクドクと血を流す彼を前に、宿儺は更に言葉を続ける。


「ガキ共、まずはオマエらだ。俺に何か話があるのだろう。指一本分くらいは聞いてやる。言ってみろ。」

「……下に、額に縫い目のある袈裟の男がいます。そいつを殺して下さい。」

「夏油様を解放して下さい。」

「(やっぱりアイツは夏油さんじゃなかった。あの姿で悟先生の前に現れるなんて…許せない。)」

「私達はもう1本の指の在り処を知っています。そいつを殺してくれれば、それをお教えします。だから…どうか…」

「面を上げろ。」


その言葉に揃って顔を上げる2人の女子。

だがフッと笑みを見せたかと思えば次の瞬間、宿儺は黒髪の女子高生を抹殺した。

相棒が必死に呼びかけるのに構わず、王は何食わぬ顔で言葉を続ける。


「たかだか指の1、2本で俺に指図できると思ったか?」

「美々子!!美々子!!」

「不愉快だ。いいか?俺に何か意見を言えるのは、ここにいるスズだけだ。よく覚えておけ。」

「宿儺…」


自分の名を呼ぶ想い人に、チラと視線を向ける宿儺。

そんな彼に対し、残された相棒が自身の術式であるスマホを構える。

"死ね!"と言われても尚、彼の笑みが消えることはなく、スズを背に庇いながらもう1人の女子も瞬殺するのだった。


「フム。携帯…いや、写真機の方か。大方被写体の状態をどうこうするものだったのだろう。つまらん。」

「宿儺やめて!!呪霊以外、もう殺さないで…!」

「コイツらはオマエの味方ではないだろ。それでも駄目なのか?」

「ダメ!相手が誰であれ、悠仁の体には殺したっていう記憶が残るでしょ?それが嫌なの…」

「…オマエのその顔は苦手だと言ったはずだ。分かったから、機嫌を直せ。」


宿儺はそう言いながら、ツラそうに俯くスズの顔を両手で優しく包み込む。

少し顔を上げれば、いじけたような表情の王と目が合った。

それから小さく頷いたスズを見た宿儺は、安心したように一度ギュっと彼女を抱き締めた。

そして再び表情を戻し、今度は単眼呪霊・漏瑚と向き合うのだった。



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