重面の声で背後を振り返ったスズは、こちらに向かって再び腕を振り上げる魔虚羅と目が合う。
いや、合った気がする…と言った方が正しいだろう。
目の位置は分からずとも、確かに自分達の方を見ていることは分かった。
体も呪力も限界間近のスズにとって、これ以上ない程の危険な状況だった。
第77話 渋谷事変 ー拾壱ー
そんな中でも重面を守るように、スズは今の立ち位置を動くことはなかった。
大切な同期の命は、自分ではなく重面の生死によって左右されてしまうから…
もの凄い風圧と共に振り下ろされる腕に思わず目を瞑ったスズは、来たる衝撃と訪れる死を覚悟した。
「スズ、無事か?」
「!」
名前を呼ばれ目を開けたスズは、自分が宿儺に抱えられ、伏黒が倒れている辺りまで避難していることを知った。
もう片方の手で掴んでいた例の呪詛師をポイと放り投げてから、宿儺はそっとスズを地面に座らせる。
そして彼女の体がボロボロであることを瞬時に見抜くと、反転術式を使いながら呆れたように声をかけた。
「全く…少し離れただけでこれだ。」
「…」
「何かあればすぐに呼べと言っただろ。」
「…」
「こんな状態になって、一体どういうつも「す…くな…」
「…っ!」
しばらく言葉を発していなかったスズが、不意に王の名前を呼んだ。
その声はか細く、目には不安の色が濃い。
声も体も震え、自分を頼ってくる今の彼女の姿は、宿儺の目にどうしようもなく愛おしく映った。
すぐに反転術式の手を止めた宿儺は、反射的にスズのことを抱き寄せた。
「どうした?怖かったのか?」
「…すく、な…」
「もう大丈夫だ、俺がいるだろう。」
「すくなぁ…」
「…あまりその声で俺の名を呼ぶな。……抑えられなくなる。」
自分を落ち着かせるように、スズの体を今一度ギュッと抱きしめる宿儺。
それからポンポンと優しく背中を叩いてやると、想い人はようやく正常な状態へと戻った。
まだ少し不安そうな表情を見せながらお礼を言ったスズは、現状を手早く伝え始める。
伏黒が魔虚羅を呼び出したこと。
重面と共に調伏の儀を始め、伏黒は現在仮死状態であること。
重面が死んだ時点で、伏黒の死が確定してしまうことを…
「どうしたらこの調伏の儀を終わらせられるか分からなくて…とりあえずそこの呪詛師を守らなきゃって…」
「そうか、よく持ちこたえたな。あとは俺に任せておけ。」
「えっ…」
「伏黒恵にはまだ生きていてもらう必要がある。そのためには異分子の俺がこの式神を倒し、調伏の儀をなかったことにする。」
「じゃあ私も「駄目だ。」
「へ?」
「オマエはそこで傷を治していろ。俺の呪力を大量に入れておいたから、もう回復の術式が使えるはずだ。」
「確かに使えそうだけど…宿儺にだけそんな危険な「約束を忘れたのか?」
「約束…?」
「傷を負わせない、1人にしない……何があっても必ずオマエを守る。」
「宿儺…でも…!」
「でもじゃない。王の命令は絶対だ。言うことを聞かないと、今すぐ口吸いして抱き潰すぞ?」
「! は、はい…」
スズの返事に満足そうな笑みを見せると、呪いの王は魔虚羅との戦闘に向け構えを取った。
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