-side 虎杖-

俺はあの日、高専の皆と離れることを選んだ。

あれだけのことをしといて、何食わぬ顔で皆と一緒にいるなんて許されることじゃない。

すっかり廃墟みたいになった市民ホールの階段に座りながら、俺は浮かんでくる仲間の顔を振り払った。

そんな俺の傍には今、兄貴だと言い張る脹相がいる。


「悠仁、ケガの具合はどうだ。」

「黒閃をくらったとこ以外は、まぁ平気。多分宿儺の影響だ。アイツの力が大きくなってるのを感じる。」

「悠仁、俺に気を遣うな。高専に戻っていいんだぞ。俺も焼相達の亡骸を回収したいしな。」

「つかってねぇよ。俺が戻りたいかどうかの問題じゃねぇんだ。宿儺が伏黒を使って何か企んでる。

 それに俺は人をいっぱい殺した。俺はもう皆と一緒にはいられない。脹相こそいいのか?俺はオマエの弟も殺したんだぞ。」

「いい。アレは事故だ。壊相も血塗も、俺の立場なら同じようにしたはずだ。赦す赦さないじゃない。兄弟とはそういうものだ。」

「……行こう。今はとにかく呪霊を減らさないと。スズのことも早く見つけ「悠仁!!」


東京中で増殖し続けている大量の呪霊を狩るため、俺と脹相はここ何日かひたすら戦いに明け暮れている。

今日もまたその続きをしようと立ち上がったタイミングだった。

あの日からずっと探してる会いたかった人が、突然目の前に現れたのは…


「スズ…!」

「良かった…無事だったんだね。」


スズはそう言っていつもの優しい笑顔を見せると、ゆっくりこっちに向かって来る。

会えて嬉しい。でもどんな顔で会えばいい?

元気そうで安心した。けど、また何もできなかった。

今すぐ駆け寄って抱き締めたい。触れる資格なんかないのに…

スズの顔を見たら、そんな想いが次々に溢れてくる。

捨て去ろうって決めたあの想いも、全然抑えらんねー…


「悠仁?どうした?」


全然返事をしない俺を不思議に思ったんだろう。

心配そうな声でそう言いながら駆け寄って来てくれるスズ。

俺の目の前に立つと、"どこか痛い?それとも具合悪いの?"って優しく声をかけてくれる。

でも今口を開いたら止まらなくなりそうで…俺はまた何も言えなかった。

そしたら今までよりももっとあったかい声で"大丈夫だよ"って言いながら、俯く俺の手を握ってくれる。


突き放せ!

振りほどけ!


どんなにそう言い聞かせても、握られてる俺の手は1ミリも動かなかった。

気持ちとは裏腹にスズの手を握り返した俺は、少し顔を上げる。

最後にスズと向かい合ったのはいつだっけ。

すごく久しぶりな気がする。

変わらない優しい笑顔と、手から伝わるあったかい体温を意識した瞬間…もうダメだった。

俺は握ってた手を引いて、スズを強く抱き締めた。


「…俺、スズにこんな風に心配してもらえるような奴じゃないんだ。いろんなもの奪ってばっかりで、優しくしてもらう資格なんかない。」

「悠仁…?」

「だから何度も…何度も何度も忘れようと思った。スズのこと考えないようにしようって思った……でもダメでさ。

 ふとした時に浮かぶのはいつもスズの笑顔で、スズがくれた言葉が俺を支えてくれた。……もう俺の中、スズでいっぱいなんだ。」


そう言った俺の顔は、きっと情けなかったと思う。

言ってる内容も未練たらしいっつーか、女々しいっつーか…カッコ悪すぎる。

もう少しマシな言い方で言い直そうって考えてたら、突然体を離したスズに鼻をつままれた。


「いてっ…!」

「…悠仁は何でもかんでも1人で決めつけ過ぎ。心配するのも優しくするのも私の自由でしょ。」

「そう、かもしれないけど…でも俺にはそんな資格「それ必要?」

「!」

「資格がないから、悠仁のこと心配しちゃいけないの?…そんなの嫌だよ。

 目の前で悠仁がツラそうにしてたら、どうにかして力になりたい。そう思うのはそんなに悪いこと?」

「…ううん、悪いことじゃない。すげー嬉しい。」

「じゃあ心配させて?支えになってたって聞いて、私すごく嬉しかったんだから。」


"これからもっと私でいっぱいにしちゃおーっと!"

冗談っぽくそう言った後に照れ臭そうにするスズが、もうどうしようもなく可愛くて…

一番伝えたい言葉を我慢してるのがバカらしくなってくる。

俺はスズの腕を掴んで目線を合わせると、今の気持ちを素直に伝えた。


「俺やっぱスズのこと大好き。」

「えっ…」

「返事なんかいらないから、ずっとスズのこと好きでいていい?」

「……は、はい!」

「ははっ。何で敬語?顔も真っ赤だし。」

「悠仁が…!いきなり、そういうこと言うからでしょ…!」


慌てて顔を隠そうとするスズをもう一度抱き寄せる。

スズを守るためなら、俺はどんなことだってする。

それが、今まで俺が受けてきた恩を返す唯一の方法だと思うから。

生まれた決意を自分に刻み込むように、俺はスズを抱き締める力を強くした。



to be continued...



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